黒く長い髪を靡かせて、そいつは色の違う双眼で現れた。
鬼殺隊にしては珍しい細身の洋袴を身に着けて、学帽を被っていた。
にたりと笑った口から鋭い八重歯が覗いていた。

「来るまでに疲れたから甘いもんでも食べて休憩しよう」
「随分とお気楽だなァ」
「ケチケチだな」

口を尖らせて、そいつは店に入って行った。
こんないい加減な奴を一人にさせておく訳にはいかねェ。

「ワッフルにしよ。何にする?」
「…俺はいらねェよ」
「私が美味しそうにワッフルを食べてる前で君が水を啜るだけなんて拷問だよ…可哀想だからなんか奢ってあげる」
「は?!自分で払うわ!」

おはぎとそいつのワッフルを頼んでやった。
何だこいつは、至極うぜェ。

「私は匂宮詩澄。君の名前はなんですか?」
「…不死川実弥だ」
「実弥はおはぎが好きなんだね」
「…」
「おはぎ美味いよね〜。わかるわかる」

ふんふん、と頷きながら匂宮詩澄は一人でしゃべり始めた。
面倒な奴と一緒に任務につかなければいけなくなった。
こいつが死のうが怪我しようが鬼さえ殺せればいい。

「それにしても女性だけを狙うなんて卑怯な鬼だ」
「女は栄養価が高いからだろォな」
「そうなのか。じゃあ私が囮になればいいね」
「…お前、女なのかよォ」
「驚いた?まあ浴衣で夜道を歩けば鬼ホイホイになるだろう。昨夜女性が連れ去られた場所にいることにするよ」

ほい…?
鬼が捕まるという意味か…?

「刀は実弥に預けるから鬼が出たら刀を渡して」
「生身で鬼に挑むんじゃねェ、死ぬぞ」
「じゃあ死なないように努力する」

にやりと匂宮は笑った。








「絶対近くにいて!」
「当たり前ェだろ」
「刀貰えなかったら流石の私も死ぬからね頼む実弥ぃ…」
「うるせェな早く行けェ!」

化粧をし、浴衣に着替えて髪をまとめた匂宮は夜の街に繰り出した。
これならば普通の女に見える。
紅をひいた口が街灯に照らされて鈍く光った。

街に出ると匂宮は男に声を掛けられていた。
適当にあしらっている辺り声を掛けられ慣れているらしい。
その後何故か匂宮は屋台でうどんを食った。
屋台から出た匂宮を睨むと目が合った後俺から勢いよく目を逸らした。

目的地に辿り着いた匂宮を見届けて、待機地点に向かう。
人気のない通りに鬼の餌が一人。
待機地点に着いた頃には匂宮はすでに鬼と接触していた。
鬼が匂宮に襲い掛かろうとしていたのを見て俺は判断を間違えたことを悟った。
思っていたより鬼の接触が早かった。
あいつは多分死ぬ。
俺を見て刀を貰おうと動こうとしたがどうしたか出来ずにいる。
俺が刀をあいつに渡すより鬼の手が匂宮に届く方が早いだろう。

「…おにーさんの方から来てくれるなんて嬉しいねえ!《一喰い》!」

匂宮が浴衣の袖を捲って、その異様に長い手で鬼の脇腹をぶち壊す景色がやけにゆっくりと見えた。
嘘だろ。
なんなんだあいつは。
鬼の体が崩れ、匂宮は俺に駈け寄った。

「ありがと」
「お前ェ何者だ」
「匂宮詩澄だよ。忘れちゃったのか」
「忘れてねェ!」
「あいつ、私の影を踏んだ。影を踏まれて動けなくなった」

いくら夜とはいえ明かりはある。
明かりの位置を把握して、影の出来ない方向から頸を落とせばいい。
鬼の体はすでに回復していて、匂宮に殺気をぶつけた。
匂宮はわざと影が一番長くなる場所に立ち、鬼と向き合った。
気配を消して、鬼の死角に入る。

「貴様…!何をした!」
「教える訳ないでしょう」
「鬼殺の女か…今すぐ食ってやる!」
「私みたいな貧相な女は美味くないだろうよ。まあ、食えるもんなら喰ってみなぁ!」
「後ろの男は稀血だな。女を食った後に食ってやる!」

鬼が匂宮の挑発に乗って匂宮に襲い掛かる。
長い影を踏まれて匂宮は動くことすら出来ない。
鬼の手が匂宮の首を掻っ切るのをすんでの所で避け、匂宮は長い腕の先に握った日輪刀で鬼を輪切りにした。
鬼が一瞬怯んだうちに俺は後ろから鬼の頸を斬った。

「俺が、斬られた…!」

鬼の頸がゴロリと転がり、匂宮を見ていた。

「おー…ありがとう」
「てめェわざと危ないことすんじゃねェ!」
「実弥が動きやすいようにしてあげたんだから感謝してくれてもいいよ」
「うっせ!」

匂宮は鬼の頸を鷲掴み鬼を目線を合わせた。
これではどちらが鬼かわからない。

「あらあら私のこと食べられなかったねえ」
「貴様、何者なんだ…あの力、鬼でもない女が出せるはずがない!」
「私は元殺し屋の匂宮詩澄だよ。よぉく覚えて成仏してね」

鬼の頸は灰になり、跡形もなく消えた。

「お前殺し屋だったのかよォ」
「前世の話だよ?今は現役鬼殺隊です」
「…変な奴だなァお前」
「実弥に言われたくない」

藤の家で休んでから、俺達は別れて別の任務に就くことになった。

「また会えるかわかんないけど、またね」
「おう」
「次はおはぎの美味い店に連れてってね」
「うるせェよ。じゃあな」
「バイバーイ!」

ば…?
匂宮詩澄はそうして俺の前から姿を消した。
騒がしい変な奴だった。
次会う時にはどちらかが死んだ姿になっているかもしれないが、また出会ってしまう予感がした。

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