「…あなたって本当にバカですよね」
「頭の回転は速い方だわ」
「違う…もういい」
「凄い呆れたって顔してる」

当たり前だこの野郎と言いたい所を何とか抑えた私を誰か褒めて欲しい。

匂宮詩澄はあまり怪我をしない隊士として割と有名な人物であった。
今までの鬼との闘いで一番ひどい怪我が骨折ぐらいだ。
それなのに、今回は毒の過剰摂取で運ばれてきた。
鬼の毒と別の鬼の毒を混ぜて摂取してみたらしい。
道端で倒れている所を隊員が慌てて連れてきたのだ。
投与量は自身で調整していたらしいが、二つの毒が何やら変な反応を起こしてしまったらしい。
あまりにも馬鹿らしい理由で当然のように呆れてしまった。

「しのぶ、お茶とってくれです」
「…チッ」
「こわ…」

彼女が運ばれたと聞いてお見舞いに来る人は少なくなかった。
彼女と共に任務についた隊員が彼女の好きな西洋の菓子を持参する姿はよく見かけた。
あの煉獄さんも来ていた。
最初は彼女の容態を心配していたが、運ばれた理由を教えると説教が始まった。
煉獄さんに正論をぶつけられすぎて最後は泣いていた彼女を思い出す。

不死川さんが現れた時には蝶屋敷が騒がしくなった。
彼も何やら手土産を持ってきていたが、運ばれた理由を教えると手土産を彼女の顔面に叩きつけて一言も喋らず去って行った。
投げつけられた包みから潰れたおはぎを取り出して、悲しそうな顔をして食べる彼女を見て笑いをこらえるのに必死だった自分を思い出す。

「……何してるんですか富岡さん」
「いや…」
「匂宮さんが気になるなら入ればいいじゃないですか。いつも匂宮さんが運ばれるたびに玄関に突っ立ってるなんてただの不審者ですよ」
「……すまない、帰る」

富岡義勇はいつもこんな調子だ。
匂宮さんが蝶屋敷に運ばれると、どこからともなく富岡義勇が現れる。
それはここでの名物になりつつある。
しかし本人には会わず、私から彼女の情報だけ聞いて帰るのだ。
どうやら富岡さんは最終選別以降匂宮さんとは会っていないらしい。
何やら確執があるようだが、きっとこの男が口下手すぎるのが原因なんだろう。

「…匂宮さんならあと二、三日で全快ですからご心配なく」
「よかった、」
「いい加減会って行ったらいいものを…」

去って行く富岡さんの背中を見ながら小さく呟いた。
富岡さんがいつまでも避けているせいで匂宮さんとの仲が縮まらないのなら、私が手を引いてやってもいいかもしれない。
その方が面白いのでは…?


屋敷に戻ると匂宮さんと子供たちが折り紙をして遊んでいた。
彼女の赤と黄緑の瞳は子供たちには一見恐ろしく見える。
しかし彼女の人懐っこさ、そして正直な言葉が子供たちの心を開いて行くのだ。

「詩澄さんのそれなあに?」
「紙飛行機っていうの。こうやって飛ばすの」
「すごい!とんだ!」
「誰が一番遠くまで飛ばせるかみんなで競争しましょう」
「いいですね!やりましょう!」

懸命になにかを折って遊ぶ彼女たちを見て、ほっと一息つく。
鬼を殺す使命を背負い、そして何かを失ってきた私達にとってはこんな日常すらも愛おしいのだ。
匂宮さんさんはまだ痙攣している指でそっと紙を撫でていた。
彼女も何か辛く苦しい過去を背負っているのだろうか。
その無邪気な笑みの中に何を隠しているんだろう。

「しのぶ!一緒にやろうよ」

私の視線に気付いたのか、匂宮さんが私を手招きして呼ぶ。
彼女の声に反応して子供たちも私を見た。

「仕方ない…今日だけですよ」

私がそう言うとやったぜ、と匂宮さんが笑った。

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