下弦の鬼と交戦している匂宮詩澄を援護に行けと命令が下ったのは何時間か前のことだ。
到着してみると匂宮詩澄はまあまあな重傷で、これでよく動けているなと感心した。
両の足はきっと折れているし、隊服も破れて酷い有様だ。
頭からダラダラと流れる血が長い髪から滴っていた。

「あとは俺に任せろ!」
「あいつに名前を教えるな!呼ばれて返事をすると札に吸収されるよ」
「厄介だな」
「札にされた他の奴等も投げてくるから斬るなよ。岩を吸収した札は岩をぶつけられたのと同じ怪我を負うからな毒も同じように、だ」
「ああ、派手にいくぜ!」

カードは鬼の手元に繋がっているらしく、投げられた後鬼の手元に大人しく戻っていく。
切れ味は抜群で、札が刺さった地面が抉れていた。
下手に声を出さないように、お互いに無言で地味に闘っていた。
暗闇で札を全て見失わないようにするのは無理だ。
それに札が何を封印しているものか、この速度と視界の悪さでは分からない。

「そろそろ女の方は限界なんじゃない?足折れてるし、出血もかなりしてるはずだけど」
「いやまだ大丈夫だよ。今君を倒す方法を考えてるから待っててね」

札は全部で10枚。
俺にも札は飛んでくるがそれはこちらの動きを封じるためだけのようだ。
鬼はどうやら先に匂宮を殺すつもりらしい。
隊士が封印されているとなれば下手に斬れないから派手に動けない。

「君は今まで殺してきた人間の中で一番、自分を犠牲にする人間だね」
「今まで人間は殺してきたからこれからは人間を救うと決めているの」
「…君も鬼なのか?」
「私は元殺し屋だよ。数えきれないぐらい殺してきたからね、数えきれないぐらい助けてやるってね」
「殺し屋、なんて聞いたことないな。面白いね君」
「何が面白いのか…?自分の存在価値が欲しいだけなんだよ、私は」

匂宮詩澄が一枚札を斬った。
斬られた札が風に舞う。
毒が封印されていたのが見えて、消えた。
それからも匂宮詩澄は時折札を一枚ずつ斬っていった。

「派手筋肉くん!君の爆薬をここら一帯にばら撒いて!」

3枚札を斬った所で言われた通りに爆薬を巻くと辺り一帯が煙に包まれた。
匂宮詩澄はそのまま一気に走り出した。
残りの札が全て隊員だとしたら。
岩や毒や他の効果のある札が来る心配がない。
あとは札を放つ鬼を一気に追い詰めるだけだ。
視界が悪いのはお互い様で、風があるから札の生み出す風すらも読めない。
傷を負いながら、肉を切らせて骨を断つ作戦だ。

勿論俺にも札は飛んでくるがほぼ無傷の俺は寸でのところで致命傷を避けることはできる。
札の出所を突き止めると鬼が驚いた様な顔をした。
何か言おうとしていたが俺がそれを聞くことはなかった。

そのまま両手に握った日輪刀で鬼の頸を掻っ斬った。







「お前ぇは馬鹿だ!絶対にバカだな!もっといいやり方があったろ馬鹿野郎!」
「他に思いつかなかったんだよ」

任務終了後胡蝶カナエに即治療された匂宮詩澄が数日ぶりに目を覚ました。
両足骨折、左前腕骨折、ほとんどの肋骨がひび割れ、出血多量。
もう少し運ばれるのが遅ければ死んでいたと。

「なあ、お前に聞きたいことがある」
「何でも来なさいよ」
「殺し屋だったってのは本当か?」
「前世の話だけどね。天元は忍だったんだよね、同じようなもんだよ」
「…前世だぁ?御伽噺の類か?」
「半分冗談で聞いてもらっていいんだけど、私には鮮明に前世の記憶がある。そこじゃガキの頃から人を殺して…妹は死んだし弟もきっと死んだの。だから、いつかあいつらが生まれる頃に少しでも生きやすい場所を作ってやろうかなって」

包帯だらけの体で匂宮詩澄はそう言った。
前世なんてもんは信じていないが、こいつはハッキリとそう言った。
中々に面白い奴がいたものだ。
しかし、あいつらが生まれる頃にはってどういう意味だ?

「それより見舞いの品はどこ?お腹減っちゃったんだけど」
「図々しい奴だな!」

俺がここまで傷が少ないのもこいつが鬼を挑発し、無鉄砲で顧みずな戦いをしたからだ。
それには感謝しているが、こんな戦い方をしていれば命を落とす日も遠くはないだろう。
持参したカスタプリンを差し出してやると、君は天才だと褒められた。

「嫁に作らせたが気に入ってるみてーだな」
「え、結婚してんの天元…?」
「どういう意味だコラ」
「嫁ってどういう感じなの?」
「…自分より優先したい存在だけどな…って何恥ずかしいこと言わせてんだおめぇ!」
「おこ筋肉くん、落ち着きたまえ」
「変な名前つけんじゃねぇ!」

騒がしくしていたら胡蝶カナエが来て、匂宮に少し安静にするように注意していた。
善良の塊みたいな人間に注意されて、匂宮は素直に大人しくなった。
カスタプリンを口に流し込んで美味いと繰り返す匂宮を胡蝶カナエがニコニコと見守っていた。

「早く復帰しろよ」
「うん」
「じゃあな」
「バイバーイ!」

手を振った匂宮を横目に俺は病室を出た。
今度嫁にカスタプリンの作り方でも聞いてあいつに教えてやろうかと少しだけ思った。

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