匂宮詩澄は私よりも少し年下の少女であった。
珍しい色の瞳を持ち、人懐っこい子だ。

彼女と任務に就いたのは一度しかないが、彼女の無鉄砲さに驚いたのを覚えている。
無鉄砲というより、致命傷を負うことを分かっているのに敵に突っ込んでいくのだ。
彼女の異常な身体能力で致命傷は避けてはいるが…
こんな戦い方をしていたのに今までよく死なずに生きてこれたものだ。

下弦の鬼を倒してから、彼女は位が上がり危険度の高い任務が増えた。
それから彼女が蝶屋敷に来ることが増えた。
今までの雑魚鬼の攻撃であれば彼女の身体能力で傷をうけることはなかっただろうが、今はそうもいかないらしい。

縁側で月を見ている彼女を見かけた。
彼女は鬼の爪が貫通した腕の治療のためここにいる。
少しでも傷がずれていれば神経が切れて二度と刀を握ることが出来なくなるところだった。
一緒に任務についていた隊士に聞くと、どうやら彼女は攻撃をあえて腕で受け止めて鬼の頸を斬ったという。

「私もご一緒していいですか?」
「どうぞ」

柱に体を預けてぼうっと彼女は月を見上げていた。
今夜は満月で、月光が庭を薄く照らしている。

「一つ、質問してもいいですか?」
「はいどうぞ」
「何故鬼殺隊に入ろうと思ったんですか?」
「私は色んな得意の中でも殺しが一番得意です。もしこの世界に鬼殺隊が無ければ苦手な勉強をするはめになってたからよかったなって思います」
「…殺しが得意ってどういう意味なんですか?」
「御伽噺ってことで聞いて欲しいのですが、私は前世の記憶があるんです」

彼女は自分の頭を指さして笑った。
前世があるなど、信じたことも聞いたこともない。

「前世で私は殺し屋で、それはそれはすんごい殺し屋だったんです。うちの一族の中で誰よりも殺したっていう自信と自負があるくらいにはね」
「どうして殺し屋になったんですか?」
「そういう一族だったんです。杏寿郎のところみたいに代々、一族で殺し屋を生業としてたのです。弟も殺し屋で、まあ妹は探偵やってた……」
「今までは殺していた存在を今は守ることになったんですね」
「……バカみたいに殺してきた存在を実弥も義勇もみんな必死で守ってる。私はあとどれだけ守れば鬼殺隊員としてスタート地点に立てるんだろうなって」

正直なんの返事も思い浮かばなかった。
彼女がそんな過去を持っていることも、それが今彼女の中に葛藤を生んでいることも。
過去のことなど捨てればいいとは言えない。
前世も含めて彼女を形作っているのだから、私がそんなことを言える立場ではないのだ。

「いやーダメだ!夜に一人だとどうしようもないこと考えて口元が緩くなっちゃう」
「どうしようもないなんてことはありません!」
「え、…そ、そうですか?」
「たくさん、たくさん考えて下さい。多分あなたみたいな人は他にはいないから、沢山考えて自分が納得できる答えを探してください」
「…はい。ありがとうございます」

私が急に大きな声を出したものだから彼女はびっくりしたような顔をした。
でも、私に言えるのはこれくらいだ。
藻掻き苦しみながらも彼女なりの答えを出すことが一番なのだ。
薄く笑ってから踵を返して床に戻る彼女の背中を私は見つめた。

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