匂宮詩澄という女はおかしな女だった。
私と距離を詰めようとしているのか事あるごとに話し掛けてくるのだ。
綺麗な一輪挿しや元結、紅を事あるごとに彼女は私に寄越した。

彼女はあまりにも無鉄砲で、あまりにも自分の命を軽んじている節がある。
この前の任務で援護に行った時も、私が鬼に毒を刺すのがもう少し遅ければ彼女は死んでいただろう。
その任務で血を流し過ぎ、重症を負った彼女は未だ目を覚まさない。

「詩澄…あなた本当に馬鹿なのね」
「私もそう思うわ」
「ね、姉さん!ビックリした」
「しのぶがここにいるって教えてもらってお邪魔しに来ちゃった」
「……もう仕事に戻るから」
「たまにはゆっくりしよう、ね?」
「…姉さんがそう言うなら…」

窓からそよ風が吹いて、詩澄さんの前髪を揺らした。
綺麗な瞳は瞼の下で何を映し出しているのだろう。

「しのぶが詩澄さんと仲良くしてるみたいで嬉しいわ」
「詩澄が突っかかってくるから仕方なく相手してあげてるだけ」
「ふふ、じゃあ詩澄さんが起きないとつまらないわね」
「…いつもより蝶屋敷が静かでいいと思うけど」

姉さんが詩澄を何かと気にかけているのは知っていた。
理由を聞いたが、秘密だと言われてしまった。
詩澄の顔をぼんやりと見ていると彼女の眉間が細かく動き始めた。

「しのぶ、手を握ってあげて」
「うん…」

布団の中に手を入れ、詩澄の手を握ってやると強く握り返された。
その手は少し震えていた。

「ごめん…理澄…、出夢…ごめん……ごめんね、……ごめんねえ…」

詩澄は涙を流しながら譫言のようにそう呟いた。
姉さんはこれを知っていたのか…

「詩澄さん、目が覚める少し前にいつもこうやって過去を悔いているの」
「人の名前を言っていたようだけど…」
「ご兄弟だと言っていたわ。これをしのぶに教えたのは詩澄さんには秘密にしておいてね。怒られちゃうから」
「…わかった」

しばらくして詩澄の涙は止まり、眉間の皺もなくなった。
彼女に直接聞いたところで今日のことだってはぐらかされてしまうだろう。
いつか詩澄が私に伝えてくれるまで、私は待つことにしよう。
それまでにお互い生きていられるかはわからないけれども。

「じゃあ私は先に行くわ。詩澄さんをよろしくね」

姉さんはそう言って部屋を出て行った。
詩澄の目尻に残った涙を拭いてやると指先が濡れる。
私は握った手を少し強く握りしめた。



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