「今日はよろしく…です」
「こちらこそよろしく頼む」

義勇と数年ぶりに再会したが、何を話せばよいのか分からず当たり障りな挨拶をしてしまった。
義勇は私のことを恨んでいるだろうか?
自分のためだけに二人を置き去りにした私を。

義勇は柱になった。
凄いことだ。
信じられないぐらい過酷な鍛錬を積んで、自分の技を高めてきたんだろう。
錆兎のこと、それから義勇はどうしたのか、そしてその後どうやって生きてきたのか。
聞きたいことがありすぎてどうしればいいのかわからない。
義勇は喋る方ではないから二人で無言のまま目的地まで向かう。

鬼が2匹いると聞いた。
討伐に当たっていた数名の隊士と連絡が付かない。
何でも相手の思考を読むタイプの鬼という情報だけは得ている。

「私が先に行くから義勇は後ろから付いて来て」
「いや俺が行く」
「いいから。柱を守ってやったって自慢させてよ」
「……わかった」

私が引かないと分かると義勇はため息をついた。
思考が読み取られるとは厄介だな。
もう一人の鬼と思考を共有でもしていたら厄介だな。
なんて独り言を呟きながら道を進む。
時折聞こえる義勇の返事が心地よい。

「…出て来な」
「気付いてたんだね」
「気配の隠し方が下手過ぎるから」
「っ!いきなり斬りかかってくるなんて危ないな!」

義勇がよく喋る鬼に斬りかかり、その腕を斬り落とした。
鬼が私達から距離を取ると、近くの影からもう一人の鬼が現れた。

「双子かぁ…そっくりだね」
「似てるだろう。僕は兄さんと二人で一つなんだよ」

刀を握り腕を再生し終えた鬼に向き合った瞬間、頸椎を狙った何かに気付いて咄嗟に身を捻る。
義勇も同じようで、何かを刀で斬ったようだ。

「あーあ、惜しかった…ねえ兄さん」

殺意も何もない無機物が私達には一番の敵だ。
人の意思も悪意も込められていない、人の手から離れて時間の経ったものが一番気付きにくいのだ。

「俺は右の鬼を狩る。左の鬼を頼む」
「オッケー任せて」
「……死ぬなよ」

そう言ったのが聞こえて、思わずその横顔を見た。
死ぬなよ、なんて言葉のなんと押し付けがましいことか。
まだ成人もしていない、まだ殺しをしたことすらない子供には重い言葉だったのかもしれないと、今になって思う。

「当然だ」

にやりと笑って答えてやると義勇が少し口角を上げた。
私達は二手に分かれた鬼を追う。
うるさい鬼は義勇が相手に、一言も喋らない鬼は私が殺す算段だ。

後ろから頸を斬りにかかると、奴は私に手だけを向けて無数の針を生み出して私に襲い掛からせた。
いくつかが刺さってそこから血が流れていた。
針には無数のかえしが付いていて、抜けば大量出血は免れない。
避けることに全力を注げば殆ど落とせたが、私はそういうことが出来ない人間なのだ。
針にぶっ刺さりながらも足は止めないのが私のやり方だ。
刀を握りなおして鬼を追う。
これがただの針だなんて思っちゃいない

「これが思考を読み取る媒体になるってことかな」
「…」
「無言は正解と捉えるよってずっと無言だったね」

思考が読み取られるのは厄介だ。
しかし、あれほどの針を生み出すのには時間がかかるはずだ。
それならば何度も襲い掛かるのが得策だろう。
しかし私の思考を読んでいるのか、太刀筋を綺麗に避けられてしまう。

「あーもう!!」

鬼はその後針を刺してくるようなことはなく唯々逃げるだけ。
義勇がこちらに加勢してこないのを見るとまだもう一人も殺せていないようだ。
しばらく追いかけているとその法則にやっと気が付いた。

「一人じゃ、何も出来ないんだ」

その言葉に鬼の肩がピクリと動いた。
奴はもう一人の鬼から一定の距離以上離れずに動いていたのだ。
つまりもう一人と何かを共有できる距離が決まっているのだ。
その何か、はきっと思考だ。

義勇に手短に概要を伝え、二人でうるさい鬼を殺しにかかった。
義勇が鬼に専念できるように私が盾になり襲い掛かる針を叩き切った。
流石柱というべきか、鬼の首を斬るまでに時間はかからなかった。
もう一人もそこまで手間取らずに殺すことができた。

「感謝する」
「いやーたまたまだよ…こちらこそありがとう」

何を話せばいいのかわからない。
義勇といることができない。
どうすればいいのかわからなくなって顔が引き攣る。

「…じゃあ、」
「待て」
「………無言で引っ張らないで」
「……」

腕を捕まれて引きずられるように蝶屋敷まで連れていかれた。
出血があまりにも多かったらしい。
頭がクラクラしたのはそれが原因か。
体に刺さった無数の針も、カナエさんが上手いとこ引き抜いて直ぐに止血をしてくれた。
治療が一通り終わって全身ミイラのようになった私はベッドにぶち込まれた。
大人しくしなさいとしのぶに念を押された。
しばらくするとベッド脇に治療済みの義勇がやって来た。
怪我は大したこと無さそうだ。

「詩澄は鬼殺には向いていない」
「ん?」
「今すぐ辞めて嫁ぐといい。俺のところでも構わない」
「ちょっと待って。何の話?」

義勇が突然訳の分からないことを言うので戸惑った。
まず鬼殺に向いてない?
それで俺のところにでも嫁ぐといい?
いやいや、日本語が不自由過ぎないか?

「詳しく教えてくれるかな」
「…大分前から考えてはいたんだが、詩澄は戦いの中で自分を粗末にし過ぎる。そのうちろくな死に方をしない。だからどこかに嫁いで幸せに暮らすのがいいんじゃないかと思っていたんだ。俺なら詩澄のことも分かっている」
「……私が弱くて何の役にも立たないから、そこら辺で子供でも作ってのうのうと生きていけってことか」
「…そうだ」

戦闘後のアドレナリンが残っているのか、疲労で沸点が下がっているのか、私はベッドから降りて義勇の胸ぐらを掴んだ。

「何で他人のお前にそんなこと言われなきゃいけない」
「……」
「私がやりたいことは私が決める。私が犠牲になることの何が悪い。義勇は軽傷で済んでやったぜって思っとけばいいじゃん」
「……俺はそうは思えない」
「話すことないし不愉快だから消えてくれる?迷惑なんだけど」
「詩澄には鬼殺隊を辞めてもらう」

手が出ちゃったな、と気付いたのは義勇の頬に握り拳が届いた後だった。
義勇はこちらを見て怒りを顕にした。
素早く胸倉を掴まれ私は抵抗出来なかった。

「俺が詩澄の分まで鬼を殺す!だから辞めてくれと言っている!錆兎のように詩澄を失いたくないんだ!」
「義勇には関係ない!私は今死んでないし、そりゃ柱じゃないけど上手くやれてる!私には殺ししかないのは分かってんでしょ!」
「……頭を冷やせ!」

義勇に頭突きをされて、頭がグラッと揺れた。
頭を冷やすのは義勇の方だろ……

「こんのやろ……やりやがったな…」

私が義勇を殴り、義勇が私に頭突きをする。
そのうち義勇の頭突きを避け、逃げると義勇が追ってきた。
傷が痛むがそれよりも腹が立っていた。
後ろから頭突きをされ、殴ろうとすると避けられた。
そのうち義勇を追いかけて蝶屋敷の中を駆け回った。
包帯は殆ど取れて、最低限のガーゼだけが申し訳程度に付いている。
呼吸を使ってはいるが止血した部分からじわじわと出血していた。

「もうやめろ!」

その大きな声に私も義勇も立ち止まった。
その声の元を辿ると杏寿郎がいた。
顔が明らかに怒っている。
杏寿郎のそばになほちゃんがいるあたり、私達を止めるために呼ばれたんだろう。

「蝶屋敷に薬を貰いに来たらこんなことになっているとはな。匂宮くんは重症なんだろう?寝ていなさい」
「……はい」
「冨岡も、匂宮くんを刺激するような事を言うな。彼女は一歩間違えたら死んでいた程の重症なんだ。それは君が一番分かっているはずだ」
「……」

その後杏寿郎にベッドまで俵抱きで連行されて。
アオイたちに包帯を巻きなおされた。
ごめんね、と言うと大丈夫ですよと返された。
帰ってきたしのぶとカナエにもかなり叱られた。
二人とも真顔で静かに怒っていたので怖かった。
ぼーっとしていたらいつの間にか夜になっていて、窓から星が見えた。
義勇に言われた言葉が頭の中で反芻していた。


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