それが起こってしまった時、私はまだ昏睡状態だった。
まだ伝えていないことがある。
まだ恩返しもしていない。
ただまた会えるだけでよかったのに。
「おはようございます」
「……おはよう、しのぶ」
しのぶは私の横たわるベッドに座って、私の手を握っていた。
しのぶは口元に笑みを蓄えてニコニコと笑って見せる。
私は体を起こしてしのぶと目線を合わせた。
異変に気付いたのは起きてすぐだった。
しのぶの様子、身に纏う雰囲気が変わっていたのだ。
「……話さなくていい」
「……私が蝶屋敷の主人になりました」
「うん、わかった。ありがとね」
「……、あなたが泣いてどうするんですか」
私は悲しかったと思う。
錆兎が死んだ時、私は多分同じような気持ちだった。
当たり前というのはどこにもないのだ。
前世だってそうだ。
理澄だって、そうだった。
死というのはいつも突然訪れてくる。
大切に思うということは脆くて儚くて辛いことなのだ。
「ごめん……そんなつもりじゃないんだけど、情けないね、ごめん」
「仕方ない人ですね、もう少し付き合ってあげますよ」
風が冷たくて、もう冬になったんだと肌が感じていた。
私を抱き締めるしのぶが暖かくて、その熱を嬉しく思った。
死んだらもう何もないのだ。
ただもう、そこにあるだけの有機物でしかない。
泣いたまま、私はまた意識を失っていたようだ。
起きた時にはもう誰もいなくて、布団の温かさだけが私を包んだ。