◎5
「シャンパンでも頼む?」
「アルコールはやめとく。俺凄い酒弱いんだ」
「…じゃあ私だけ飲もうかしら」
紫は慣れた手つきでワインのメニューを広げた。
酔って紫に介抱される訳にはいかない…
「それで、話って何?」
「10年前は、本当に悪かった。紫の一番大事な時期に逃げるみたいに遠くで就職して、本当にすまなかった」
俺は頭を下げて謝った。
今俺が出来ることと言えば、誠意を込めて謝ることぐらいしかできない。
「顔を上げて」
紫はそう言った。
顔を上げると、紫の視線と俺の視線がぶつかった。
「私こそ悪かった。新隆を私の事情に巻き込みすぎた。あなたが死にかけたのも私のせいだ。それに就職だって前々から決まっていたし、私は何とも思ってないの」
「でも紫が、その力を使ってくれただろ。それでずっと意識がなかったんだろうが」
「発端は私。だからそれは私が悪かったの」
紫はワインを飲んだ。
その動作ですら美しいと俺は思うのだ。
「紫の負担になりたくなかった。それに恥ずかしい話、一度逃げ出した俺が紫に会うことは許されないような気がしてお前を探すことなんて出来なかった」
紫の隣に立つことなんて、逃げた俺には許されないと思っていた。
それに俺がいることで紫がやりづらくなってしまうのなら、俺は去るべきだと思っていた。
それでも運命というのは不思議なものである。
俺達は再び出逢った。
「もう謝らないで。私の心が抉られるだけ」
紫は自虐的に笑った。
「私、新隆にもう一度会えてよかった。このまま新隆に会わなかったら、たぶん私心に穴が開いたまま死んでた」
「紫……」
「ありがとう」
紫は綺麗に笑う。
その顔が記憶の中の10年前の紫と重なった。
今の美しい紫と昔の可愛かった頃の紫がリンクしていた。
俺はふと視線を下げて、サーブされたデザートを見つめた。
視界の中に紫のために注がれたワインが映る。
赤いワインの中に泣きそうな顔をしている自分が揺らめいていた。
「これからまた、前みたいに仲良くしてくれるかしら」
「当たり前だろ」
ありがとうと言って紫は笑った。
その笑顔は脳裏に張り付いた昔の紫と同じ笑顔だった。
mae tsugi
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