10
「澪梨ちゃん」
「何?」
練習中、洗濯して干したタオルを畳んでいると灰崎君に名前を呼ばれた。
一体何の用だろう。
私が出来ることはすでにしていると自負しているのだけれど。
「あんたって何かエロくね?」
「言われたことないけどありがとう」
「男はそんなこと普通言わねーよ」
「たしかにそうだね」
逆に言えば灰崎君は普通ではないということなのか。
私が変にエロいと感じられるのは、多分中身がアラサーなせいだ。
中学一年生にあるまじき落ち着きと見た目のギャップといった所だろう。
正直悪い気はしない。
灰崎君は私の隣に腰掛けた。
練習で流したであろう汗の匂いが鼻を擽る。
「いい匂いするな」
「ありがとう。好きな香りなの」
灰崎君は私の髪を一束掬った。
白いタオルからは柔軟剤のいい香りが漂っていた。
「あんたとセックスしたい」
「そうなんだ」
そう言って顔を見ると灰崎君が驚いた顔をしていた。
一体何に驚いているんだろう。
「そうなんだ、って…そりゃねえだろ」
「どうして?」
「恥ずかしがるとか拒否するとかしねーの?」
「灰崎君はそう思ってるんだなって思ったから」
灰崎君が冗談で言ったことだろうが、私は知らないことだったからそう返事をしただけだ。
灰崎君とは仲も良くないしよく知らないから興味も湧かないのだ。
「やっぱあんた面白いな」
灰崎君は笑っていた。
その時物陰から虹村先輩が出てくるのを見た。
もしかして私が灰崎君に絡まれた所から見られていたのだろうか。
「灰崎ー?暇なら練習量増やすぞ?」
「うわっ…いつからいたんだよ?!」
「てめーが菅田に話し掛けた時からだ!!」
灰崎君が虹村先輩にしめられている間にタオルを畳み終えた。
彼は虹村先輩に引きずられて体育館に戻って来た。
畳み終えたタオルを所定の位置に戻して、昼食の準備の手伝いに向かった。
少し体育館を覗くと灰崎君はちゃんとバスケをしていた。
あんなことを言っていてもバスケをしている時はちょっと楽しそうだ。
食堂に向かうとカレー独特の匂いがした。
やっぱ学生の合宿って言ったらカレーだよね。
スプーンと水を用意していく。
こういう単純作業は嫌いじゃない。
ふとスリッパが床と擦れる音が聞こえた。
もう誰か来てしまったのだろうか。
昼食の時間まではまだ10分程余裕があるからまだ準備は完了していないのに。
食堂の扉が開かれた先には虹村先輩がいた。
「まだ準備出来ていなくてすいません」
「あえて早く来たんだよ」
「そうですか」
何のためにだろうか。
まあ育ち盛りの中学生だからお腹が減ったんだろう。
運動した後のカレーはさぞかし美味しく感じるに違いない。
「さっきは灰崎が悪かったな」
「何のことですか?」
「いや、さっき灰崎が菅田に失礼なこと言ってただろ?」
「特に失礼だと感じる発言はなかったのですけれど…」
「は?抱きたいとか言われてただろ」
「女としては嬉しい言葉なんじゃないかと思います…」
虹村先輩はアヒル口のまま固まった。
抱きたいということは私に性的魅力を感じているということだ。
それはまあ褒められた言葉ではないけれど、女という生物としては喜ばしい言葉だとは思うのだ。
前世ではそんな言葉を掛けられる事が少なかったからかもしれないけれど。
「…やっぱ菅田って変わってんのか?」
「そう言われた事は少ないです」
「変わってるな」
「至って普通です」
「んや、おもしれーよ」
虹村先輩はそう言って笑った。
笑顔の似合う人だ。
虹村先輩は私がまだ出来ていない準備の手伝いをしようとしていた。
「先輩は座っていてください。これは私の仕事なので」
「後輩なんだから先輩には頼っとけ」
頭をぐしゃりと撫でられた。
うわ、、普通に照れる。
こんな爽やかなことされたことない。
こんなことされたら恥ずかしくて仕方ない。
顔が熱い。
こんなの反則だ。
「…菅田さん?」
「あ、赤司君」
「止まっていたみたいだけど」
「ごめん、滅茶苦茶ごめん」
赤司君に顔を覗き込まれて正気に戻った。
私、もしかして結構な時間ぼうっとしていたのか。
うわあ本当に恥ずかしい。
アラサーにもなってこんなことで恥ずかしがることが恥ずかしい。
赤司君にまでこんなだらしない顔を見られてしまったのか…
本当に恥ずかしいし逃げ出したい…
それでも食事の準備は残っていたから何とか真顔でやり過ごした。
「澪梨ー!こっちだよ〜!」
さつきが私を呼んでいた。
どうやら一年生と一緒に食べるらしい。
私の隣はさつき、目の前には灰崎君。
灰崎君が私を見てニヤニヤとしていた。
「あんたって虹村さんが好きなの?」
「どうして?」
「頭撫でられて顔真っ赤だったじゃん」
「あんなこと誰にされたって赤くなる」
「変な所で純情なんだな」
「うるさい」
灰崎君が笑っていた。
悔しい。
何で中学一年生にいじられなきゃいけないんだ…
それに反論できない自分に悔しい。
「…え?!そうだったの?!」
「さつきまでやめて…知り合ってすぐの人を好きになる訳ないよ…」
「そ、そうだよね!ビックリしたー…」
何とか誤解を解いたところでいただきますをしてご飯を食べ始めた。
私を見てニヤニヤする灰崎君を睨むと灰崎君は笑みを深めた。
苦手なタイプだ。
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