12

菅田澪梨という女子に興味を持ったのは最初の実力テストからだった。
自分の名前と同じ位置にその名前があって目を引いた。
それから彼女を観察することにした。
マネージャーの仕事の手際の良さが際立っているのに気づいた。
膨大な量の仕事を彼女は完璧にやってのけていたのだ。
しかも大変だということをおくびにも出すことはない。
彼女が女子たちに呼び出されている所を見たのは偶然だった。
すぐに助けようと思ったのだが、彼女の反応を見たくて踏みとどまった。
その判断は正解だった。
彼女は非常に口が立った。
当然のように出てくる言葉に女子たちが一気に怯む様子は見ていて気持ちいいぐらいだ。
しかし彼女が練習終わりの体育館でモップで遊んでいたのには驚いた。
あんなにも大人びた彼女でもこんな子供みたいなことをするのか。
でも不思議と失望なんて感情はなくて、寧ろ新たな発見をした高揚感さえあった。

「うわぁあっ………無理……帰るぅ…うぅ…」
「澪梨、大丈夫だ。俺がいるだろ」
「…うん……赤司君、いる…」
「ああ。安心しろ」

その彼女は今、有り得ないぐらいに号泣していた。
肝試しが苦手そうだということは分かってはいたがここまでとは。
表情が乏しいなんて本当なのか疑うレベルである。
彼女は涙をダラダラと流しながら鼻を啜っていた。
俺の腕に引っ付いて離れる様子はない。
先輩たちの仕掛けに全身全霊でリアクションしている。

「ひぃッ…無理ぃ…ホント無理だから……」

一番最後のペアで本当によかった。
歩くのが遅すぎる。

予想の三倍の時間をかけて俺達はやっとゴールした。
彼女なりに頑張ったんだろう。
涙をボタボタと流しながら俺から手を放して彼女は固まった。
先にゴールしていた桃井が驚いた顔をして飛んできた。

「澪梨?!大丈夫?!」
「生きた…」
「生きてるよ!大丈夫だよ!」

他の一年や二年生も集まって来て彼女を慰めた。
紫原がお菓子を差し出していた。
灰崎は笑い転げていた。
彼女が泣きやんだ頃に脅かし役をしていた三年生が戻って来た。
虹村先輩は笑いながら彼女の涙を拭いていた。


「本当にすいませんでした」

宿に帰ると彼女は深々と頭を下げた。
彼女にしてみればこれは大きな失態なんだろう。

「まさかここまで苦手だとはなぁ!あはははっ!!」
「灰崎君ホント黙って」
「怖ぇえ…」

頭を上げた彼女が灰崎をこれでもかと睨み付けた。
いつの間にこんなに仲良くなっていたんだ。

「特に赤司君には本当にご迷惑をおかけしてすいませんでした…」
「いいんだ。澪梨の貴重な姿も見れたからな」
「はは…忘れて…お願い…」

それから適当に解散して、それぞれの部屋に戻った。
流れで澪梨と呼んでしまったがよかっただろうか。
部屋でも澪梨の話題は絶えなかった。
泣きすぎなのだよ、と緑間が引いていた。
灰崎は笑いすぎて倒れていた。
歯磨きをして明日の準備をして布団に入った。
さっき見た彼女の泣き顔といつもの冷たい顔を思い出して少し笑った。









「おはよう」

いつもより30分程度早く起きて体育館に向かった。
そこには予想通り、澪梨がいた。

「おはよう赤司君」
「よく眠れたか?」
「私が寝るまでさつきが手を握っててくれたからなんとか」
「それはよかった」

彼女が薄く笑う。
白くきめ細かな肌が朝日に当たって眩しい。

「澪梨、と呼んでもいいだろうか」
「いいよ。私も征十郎って呼んだ方がいい?」
「ああ、そうだな」
「急にそんなこと言って、どうしたの?」
「特に理由はない。ただ呼びたくなっただけだ」
「…今日の赤司君は少し変だ」

澪梨の困った顔を見るのは初めてかもしれない。
隙のない女だと思っていたが、案外人間味のある女なのかもしれない。
やはり澪梨は面白い。
放っておくには勿体ない。

「そうかもしれない。まあ昨夜の澪梨に比べたら…」
「お願い忘れて恥ずかしくて消えたい」

その反応を見て思わず笑った。
澪梨が顔を赤くして俺を睨んだ。
それすらも面白いと思ってしまうのだ。








prev next
ALICE+