13

合宿から帰ると私は何故か一軍のマネージャーになっていた。
赤司君、いや征十郎の計らいに違いないのはわかっている。
それにしても男の人を名前で呼ぶなんてイベント、何年ぶりだろうか。
彼を征十郎と呼ぶたびに少し恥ずかしくてむず痒い。

合宿が終わってからは全中と呼ばれる大会に着いて行った。
一年生のみんなが出てたから頑張って応援した。
優勝した時私は有り得ないぐらい喜んでしまったが、他の人はそうでもなかった。
優勝することが当然、みたいな。
征十郎も勝って当然みたいな顔しちゃってさ。
まあ強いから当たり前なんだろうけど、ちょっと寂しかった。

一軍のマネージャーになってしまったから二軍と三軍との関わりは大分薄くなってしまった。
だから黒子君と話すことも大分少なくなってしまった。
その分さつきや一軍の一年生とは距離が近くなった。
特にさつきなんかは、クラスが違うのにわざわざ私のクラスまで来て一緒に弁当を食べている。
元々一緒にお昼を食べていた友達とも仲良くしてくれて私は嬉しい。
可愛い女の子達がきゃあきゃあと話す姿は非常に微笑ましいのだ。

「澪梨って赤司君と付き合ってるの…?」
「は?」

さつきがいきなり意味の分からないことを言うので驚いた。
思わず箸が止まった。

「だって合宿から二人とも名前で呼び合ってるじゃん!」
「赤司君が名前で呼ぶって言うから私も…」
「え?!赤司君からのアプローチ…?」
「なるほど…」

みんな盛り上がっているところ申し訳ないが本当にそういう関係ではない。
いくら赤司君がカッコいいと言っても中学一年生だ。
実年齢アラサーの私からすれば可愛い弟みたいなものだ。
それに第一、赤司君が私を好きになる要素が見つからない。

二学期の中間テストで一位を取れたら脱毛を検討してくれるらしく、私の頭の中はそれでいっぱいだった。
私は20過ぎてから脱毛をしたが、もっと早くすればよかったと後悔していた。
だから二度目の中学生では、中学生のうちにやってしまおうと考えているのだ。
こんなこと普通の中学生はあまり考えないだろう…

「本当に付き合ってるとかはないからね?征十郎に聞いてもいいよ」
「そうなんだ…っていうか澪梨の髪いつもと違う香りがする!」
「いつもと違うヘアオイルに変えたんだ。気付いてくれたの嬉しい!」
「澪梨ってホントいつもいい香りする〜」

さつきが私の髪に顔を埋めていた。
可愛い。
年齢が若いうちから化粧をしていると将来肌が悪くなると聞いたことがある。
だから今は肌と髪のケアを徹底していこうと計画して実行しているのだ。
それが褒められて私は素直に嬉しい。

元一軍マネージャーから反発があると予想していたけれど、実際は全くなかった。
私が一軍のマネージャーをやって気付いたのだが、二軍と三軍の方が一軍のマネージャー業に比べきつかったのだ。
先輩方もそれに気付いたらしく、逆に労りの言葉を頂いた。
自分としては普通にやっていたが、やはり中学生だと一人暮らしの経験もないし大変なのだろう。

「澪梨ってホント手際もいいし絶対いいお嫁さんになる!」
「そこまで言われると照れる…」

照れすぎて顔が熱くなってぼうっとする。
アラサーには中学生のストレートな言葉が刺さるのだ…

「澪梨」
「何?」

征十郎が声を掛けてきた。
何やら深刻な顔をしている。

「今日の放課後、時間はあるか?」
「あるよ」
「今日は部活がないだろう?だから青峰の勉強を教えるのに付き合ってほしい」
「いいよ」
「では頼んだ」
「わかった」

それだけ言って征十郎は帰って行った。
私達を友人たちがじいっと見ていた。
…そんな好奇心満載な目で見ないで…

「大ちゃん、本当にバカだからよろしくね」
「そうなんだ…行くの嫌になってきた…」
「お願い!慈善活動だと思って…!」
「さつきがそう言うなら頑張るよ」

さつきが両手を合わせて頼み込んできたから面白くてちょっと笑った。
しかし今まで青峰君とはあまり話したこともないけれど大丈夫だろうか?
まあ赤司君が私に助けを求める程苦労しているのだから余程頭が悪いらしい。











「青峰君が想像以上にバカで私ビックリ」
「うるせー!」

青峰君はさつきが言う通り、本当にバカだった。
こんな馬鹿には遭遇したことがない。
困ったな、どう教えればいいものか。
これは赤司君でも困る訳だ。

「これは全部決まり事なんだよ」
「決まり事だ…?」
「だから、青峰君は何も考えずに数字入れて計算だけしとけばいいの」
「……まあ、やってみっか」

数学が特に苦労した。
公式に当てはめることに疑問を感じて先に進めないらしい。
大変だ。

「おお…出来てるな」
「俺もやれば出来るな…」
「調子に乗るな。澪梨のおかげだろう」

征十郎がちょっと驚いていた。
きっと彼の人生の中で青峰君のようなバカは初めて出会った部類の人間だろう。
だから彼の扱いに困っていたんだ。
そう思うと、征十郎にはもっと広い世界を見て欲しいと思ってしまうのだ。
完全に老婆心である。

「澪梨、ありがとう」
「大したことしてないよ」
「青峰が一歩進めたのは澪梨のおかげだ」
「…じゃあ、どういたしまして?」

そう言うと征十郎が笑った。
私もつられて少し笑った。
それから三人で帰ることになった。
青峰君がコンビニに行きたいそうなので、征十郎と二人でコンビニ前で待つことにした。
何だか子供のおつかいを待つ親の気持ちだ…

「やる」
「…いいの?」
「今日の礼だ」

青峰君がアイスを差し出してきた。
これは予想してなかったので驚いた。
赤司君と顔を見合わせたあと、ありがとうと伝えた。
青峰君は照れたみたいに顔を背けていた。

「青峰でも人に感謝することは出来るんだな…」
「あたりめーだろ!!」

本当に神妙な顔で征十郎がそう言っていたので思わず笑った。
征十郎が青峰君に振り回されているのを微笑ましく感じるのだ。

「澪梨にまた頼むかもしれないがいいだろうか」
「全然いいよ。二人共面白いから楽しいし」
「…楽しんでもらえたならよかった」

征十郎が少し困った顔で笑った。
青峰君はアイスを食べていた。
征十郎は本当に13歳なのだろうか…
青峰君といると更に大人度が増す。
大人っぽ過ぎる…
アラサーの私がたじろぐよ…

「じゃあ私電車こっちだから。またね」
「ああ、またな」
「じゃあな!今日は助かったぜ」

青峰君の笑顔が眩しすぎる。
直視するのが難しい。
マネージャーをやっていてよかった、と少し思えた。




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