16

いよいよ私が独り立ちする日が来た。
データ集めだけならジャージや制服の必要はないと言われたので、私服で体育館に向かった。
試合終了後に監督に挨拶すれば良いらしい。
グレーのコートを羽織って外に出ると寒さが顔に突き刺さった。
いつもはまとめている髪を久しぶりに下した。
気付けば髪が腰まで伸びていた。

早めに目的地に向かって体育館を探した。
観客がちらほらいたから迷わずに済んだ。
体育館に入ってひっそりと座った。
背番号を見ながら対象チームのデータを取った。
帝光までとはいかないけれど、結構強い学校なんじゃないかな。

こうやってただ淡々とデータを取っていると前世のことを思い出す。
そして前世最後のやらかしも。
あの時に戻りたい。
泥酔した私を殴って目を覚ませてやる。
でもあれがあったからこそ今ここにいるんだと考えたら、逆に感謝すべきなのかもしれない。
まあ、とにかく今は目の前のことを頑張るだけだ。










試合の熱気が収まって、観客がほとんどいなくなった所で対象校の選手に近付いた。
初対面の人に話し掛けるのはやっぱり緊張する。
でももう中身はアラサーなんだしそんなことは言ってられないのだ。

「初めまして。帝光でマネージャーをしている菅田澪梨と申します。試合お疲れ様でした」
「帝光はえらい別嬪のマネージャーがおって羨ましいわ」
「はは、ありがとうございます……」

監督を呼んだら物凄い胡散臭い人が出てきた。
胡散臭すぎて苦笑いしか出ない。
中学生でこんなに胡散臭いって、才能だと思う。
この人が選手と兼任だったのか。
だからあんなにも試合が上手くいっていたんだな。

「ワシは今吉翔一や。よろしゅう」
「今吉さんですね。ではまた試合で当たったらよろしくお願いします。」
「ちょお待ち。うちのエースにも挨拶したってぇな」
「ではお言葉に甘えて…」
「はーなーみーやー!」

広い体育館に散らばった人たちの中から一人、こちらに向かってきた。
私はそんなに視力が良い訳ではないが、その顔にはどうも見覚えがあった。
どうしてもそいつから目を離せなかった。
どうやら向こうも私に気付いた様で、目を見開いているのが見えた。

「すいません…私はここで失礼します」

私はそう言い捨てて体育館を走り去った。
急いで靴を履き替えて冷えた空気を掻き分けた。
体力はない方だからすぐに息が上がる。
それでも逃げるように走った。
何で、どうして、ここにあいつが!!


「捕まえた」
「ひッ…」

体力がない私に、バスケをやっているこの男が追い付くのは至極当然のことだった。
腕を引かれて、体が動かなくなる。
振り向くと嫌な笑みを浮かべた男がいた。
顔が整っていてさらにムカつくのだ。

「…私のこと覚えてるんですね」
「当たり前ぇだろ。寂しがり屋の澪梨ちゃん」
「うるさい」
「足の付け根にある三つのホクロは変わってねぇかな?」
「死ね」

この名前も覚えていないような男にあの日、私は抱かれたのだ。
何でこの男がここにいるんだ。
やり直しているのは私だけじゃなくてこいつもなのか。

「俺は花宮真。よく覚えとけ」
「…」

何を言えば良いのかわからず押し黙ってしまう。
こいつだけが私と近い年なのだ。
そう考えると変に親近感も湧きそうになるが、それはないと思いとどまった。
じっと花宮真と睨み合っていたが、隙を突かれて持っていた携帯を奪われた。
ホント自分鈍くさくて泣ける。

「返して」
「…ほら。俺の連絡先登録しといてやったから」
「…」
「ブロックしたら殺す」

てめーが死ね、と思ったが口には出さなかった。
返された携帯には見事に花宮真の連絡先が登録されていた。
適度に従っておかないと、何をされるかわからない。
仕方なく携帯を仕舞って花宮真を見ると相変わらずニヤニヤしていた。

「着替えてくるから待ってろ」
「は?普通に今から帰ります」
「ふざけんな。俺の言うことが聞けねぇのか」
「聞きませんけど何か」
「チッ…」

再び腕を掴まれて、体育館に連れ戻されそうになる。
花宮真は相変わらずニヤニヤして私の両腕を掴んでいた。
私を嘲笑うような顔が至極ムカつくのだ。
渾身の体力を使って抵抗するが、少しずつ体育館が近付いてしまう。
クソぉ…!!
私にもっと力があれば…



「何やってんだよ」

ふと腕に花宮真以外の手が触れた。
声のする方を向くと虹村先輩がいた。
そしてその後ろには征十郎も。
虹村先輩は何故かサングラスをしているし、征十郎は当たり前のように存在しているし意味がわからない。

「は?…え?」
「菅田が心配だったから見に来たんだよ」
「…ありがとうございます?」
「…随分可愛がられてるんだなァ澪梨ちゃんは」

花宮真は良い展開じゃないと思ったのか、ニヤニヤしながら私の腕から手を放した。
頭の回る男だ。
後ろに力を掛けていたから体が後ろに傾いたが、征十郎が支えてくれた。
紳士な征十郎に比べてこの男は…

「後で連絡しろよ」

返事の代わりにビシッと中指を立てると同じように中指を立てられた。
このクソ男め…!
花宮真はそのまま去って行ったので私達も帰ることにした。

「菅田って花宮の知り合いだったのか?」
「…知り合いというか…腐れ縁みたいなやつですかね…」
「知らなかったな」

この言い難い関係をどう表現したらいいのだろう。
それに、正直に話して彼らに軽蔑されてしまうのが嫌だと感じてしまった。

「花宮真の話はもうやめましょう。嫌いなんです。」

そう言うと二人は驚いた顔をした。
私が人前で悪口を言ったことなどこれが初めてだからかもしれない。
そりゃあ周りより長く生きてるから寛容にもなったけれど、嫌いな物は嫌いなのだ。

「それより二人して私のこと監視しに来たんですか?」

強引に花宮真から話題を引きはがした。
二人とも何か言いたそうな感じだったが、そんなのは知らない振りをする。

「監視じゃない。ただ澪梨が心配だったんだ」
「それにしても二人で一緒に来るなんて面白いですね」
「いや、…別だな」
「そうなんですか」

つまり二人は互いに相談なしに私のこと見守りに来たのか…
そう考えると確かに二人は私に対して過保護かもしれない。
私本当はアラサーなのに何か申し訳なくなってきた。

それからマジパに行ってご飯を食べた。
サングラスは変装には向かないと虹村先輩に言うと、顔を赤くしながら言い訳をしてきた。
この人にも可愛いところがあるじゃないか。
勉強の話とか一年生の話とかして、割と楽しかった。
こういう思い出せないような下らないことが青春ってやつなのかもしれない。






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