22

それから時は過ぎて、学期末試験が終わりを迎えようとしていた。
相変わらず私は征十郎と話をしていない。
一ヵ月程話さない状況が続くと、それが当たり前のように感じた。
ただ、教室で赤い髪を見ると視界からそれを弾いてしまうのは秘密だ。

「あんた、やっと赤司君に捨てられたんだ」
「…すいません。どちら様でしょうか」

一人で部活に向かっているとすれ違った女子の集団に手を掴まれた。
申し訳ないが相手方の顔を全く覚えていない。

「あたしの名前とかはどうでもいいの」
「そうですか。何か私に用があるんですか?」
「いや、ないよ。でもさ、あんたはやっぱり捨てられたね」
「捨てられた?」
「赤司君に見向きもされなくなって、話し掛けてすらもらえなくなったね」
「まあ、そうですね」

確かに私と征十郎の現状は間違っていない。
でも彼女が何を言いたいのかが分からない。

「あれだけ大口叩いてこのざま!気分はどう?」
「何のことか覚えていませんが、気分は特段変わりないです」
「はっ…何強がってるの。赤司君に構ってもらえてたのに、急に捨てられて悔しいでしょ」
「…私が勝手に征十郎に対しておこがましい事を思ってるという事実を知られたことには酷く後悔しています」
「後悔って……後悔ってなによ!赤司君の一番近くにいて、それで後悔って…どういうことよ!!」

彼女が私の胸倉を掴んだ。
酷く怒っているようだ。
殴られるな、と思った時にはもう遅かった。
頬に熱を感じた。

「…私は、征十郎が楽になれるならいくらでも一緒にいようと思っていました。でも、それは私のエゴだと思ったんです。それを知られてしまったことは、後悔してもしきれない」

彼女が私の胸倉から、かなり乱暴に手を離した。
その勢いで思わずしりもちをついた。
彼女が下を向いたまま歯を食いしばっているのが見えた。
彼女は征十郎のことが好きなんだろう。
だから、その恋心をどうしようもなく持て余しているんだ。

「いい加減にしろ」

後ろから聞きなれた声がした。
振り向くと征十郎がいた。
かなり怒っているようだ。

女の子はひッと小さく悲鳴を上げて去って行った。
残されたのは私と征十郎だけだ。
気まずい…

「遅くなってごめんなさい。すぐ部活行くね」
「…違うだろう」
「何が?」

立ち上がって、お尻の埃を払ってから荷物をまとめた。
征十郎が真っすぐに私を見ていた。
その視線を逸らすことは出来なかった。

「自分の心配をしたらどうだ」
「解決したからしなくてもいいかなと思って」
「俺に頼ってくれはしないのか。俺は澪梨を信頼しているというのに」
「私まで征十郎のこと頼るなんて出来ない。それに…私がどれ程自分勝手な人間だか知られて合わせる顔がないんだよね」
「俺の知らない間に澪梨が危険な目に合ってることの方が困るな。…それに、澪梨といるとそれだけで息抜きになるから澪梨の考えは間違っていないよ」

それは、私がエゴだと思っていたことだった。
それを征十郎が認めているだなんて知りもしなかった。
衝撃だった。

「嘘でしょ」
「本当さ。そうじゃなければ一緒に出かけたり食事をとったりなんかしない」
「…そう、なんだ」

正直出す言葉がなかった。
何て言えばいいのか、分からなかった。
嬉しいというよりかは安心した。
空いていた手を握られて、心が溶かされるのを感じた。

「これからは澪梨も一人で抱え込むな。約束してくれ」
「…出来ない約束はしない主義なの」
「じゃあ善処してくれ」
「わかった」

そう言うと征十郎は笑った。
夕日に照らされて、それはそれは綺麗な笑みだった。
恥ずかしくなったから手を離して、体育館まで一緒に歩いた。
避けていた事を叱られた。
それから、月に一回は必ず一緒に出掛けることを約束させられた。
強引だと思ったが、征十郎なら仕方ないと納得した。



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