「菅田、遅かったな」
「すいません。所用を済ませていました」
「終わったのならいい。今日もマネージャー業頼んだぞ」
「はい」

松岡コーチに謝罪をしてからいつもの業務を行った。
いつものように洗濯や掃除、ドリンクの準備をしてからバスケを見学した。
今日も黒子君は死にそうだった。
今日の練習は夕方までだったからいつもよりは早く帰れた。

今日は黒子くんも居残り練習をしないらしい。
たまには休まないとね。
モップ掛けをし終わると体育館は強い西日に包まれた。
まだ一日が終わらない高揚感を感じてモップに乗って遊ぶことにした。
好きな歌を歌いながらモップを乗り回した。
精神的にはアラサーだが、こういう状況にはテンションが上がってしまうのだ。
恥ずかしいが、仕方ないのだ…


「菅田さん」

強い西日の中から声がした。
眩しすぎてその姿を直視することは難しかったが、声で赤司君だとわかった。

「……合宿の連絡?」
「違うさ。とにかくモップをしまったらどうかな」
「……見たな?」
「菅田さんがモップに乗って歌いながら回ってる所以外は見てないな」
「全部見てるし…」

モップをしまってから荷物を持って声のする方に向かうと、ようやく彼の姿を目視することができた。
あんな馬鹿らしい姿を見られたとは不覚だ…正直に恥ずかしい。
普通に逃げ出したいが、赤司君は何か私に用事があって来たのだからそうする訳にもいかない。

「それで、何の用?」
「一緒に帰らないか?」
「いいよ」

体育館の鍵を閉めて管理室に戻して、赤司君と二人帰路についた。
友人に聞いたところ、赤司君は相当なお坊ちゃんらしい。
赤司財閥とやらの御曹司だそうだ。
そりゃあ相当な苦労を積んでいるに違いない。

「今日は大変だったな」
「いつも通りだったよ?」
「…そうか。それならよかった」
「うん」

赤司君は何か言いたそうだったが、特に何も言ってこなかった。
それよりも期末試験で一位を取ったら何を買ってもらおう。
ボディケア、ヘアケアの用品は大体揃った。
あとは…服かな…?
そんなことを考えていると私を見ていた赤司君がふっと笑った。

「菅田さんでもあんなことをするんだな」
「赤司君が思っているよりも私は子供だよ。失望した?」
「まさか」
「たまには自分らしくないことをしたくもなるんだよ」

そう言うと赤司君は柔らかく微笑んだ。
きっと彼はそんな事すら出来ないのだ。
中学一年生だというのに。
そう考えると彼は少し可哀想なのかもしれない。

それからはやっぱり世間話をした。
何時も上下長袖のジャージで暑くないのかと聞かれた。
それからいい香りのするシャンプーだと褒められた。
勉強はどうしているのかを話したりもした。

「じゃあまた連絡する」
「ありがとう。またね」

駅で赤司君に別れを告げて電車に乗った。
太陽は完全に沈んでしまって、空には月が上っていた。




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