東卍の紅一点



集会に行く前に、ケンちゃんがタケミっちに電話をかけはじめた。


『タケミっち。今何してンの?』

『まぁいいや!とにかく多摩川の武蔵神社に来いよ。みんな集まっから』


…別にタケミっちなんか呼ばなくてもいいのに。
ヒナとはお友達になったけど、マイキーとケンちゃんと違って私は別にタケミっちのこと気に入ってるわけじゃない。マイキーはタケミっちのことを“兄貴に似てる”なんて言っていたけれど、私は全くそう思わない。真一郎くんは、もっともっとずっとかっこよくて、真っ直ぐな人だったから。


「紗羅?」
「ん〜」
「なんか機嫌悪い?」
「別にィ」


マイキーにそう言われて、プイッと視線を外すと両手で頬を挟まれて、ぐいっと無理矢理マイキーと視線を合わせられる。


「なんで機嫌悪いの?」
「…悪くない」
「嘘つき。不機嫌だろ」
「嘘じゃないですぅ」
「知ってる?嘘つきは泥棒のはじまりなんだって」
「もう。なんなの、マイキー。しつこい」


そう言ったらしゅんって悲しそうに眉を下げるマイキー。なにその顔…かわいすぎない?
ケンちゃんが私の頬っぺたを挟んでいるマイキーの両手を外して、ケラケラ笑う。


「オマエら集会前になにイチャついてんだ?さっさと行くぞー」
「「イチャついてない」」
「は?なに、ケンカでもしてんの?」
「「ケンカしてない」」


不思議そうに首を傾げるケンちゃんを放置してバブに跨るマイキーの後ろに座ると、ぎゅーっとマイキーのお腹に腕を回して、背中に顔をすりすり擦り寄せる。


「マイキー」
「なあに?」
「真一郎くんは、真一郎くんだよ」


そう言ったら、マイキーは少し驚いたような顔で振り向いて、そして優しい眼差しで私を見つめる。


「紗羅は優しいね」


そんなことない。マイキーの方がずっとずっと優しいよ。照れ臭くて、マイキーのお腹をさっきよりも力強く抱きしめたら、「苦しいよ」なんてマイキーがクスクス笑う。好きだなあって思う。マイキーのことが大好き。なんだか少しだけ、泣きそうになった。





「パーちん」


パーちんを見つけて駆け寄ると、ぎゅーっとその身体を包み込むように抱きしめる。


「…紗羅」
「辛かったね。パーちん」
「…っ、ほんとにつれーのは…俺じゃねえよ…」
「うん。そうだよね。ごめんね、パーちん。」


よしよしパーちんの頭を撫でると、パーちんの肩が少し震えているのに気付いて、はらわたが煮えくり返る思いがした。許せない。絶対に、許せない。いつもみんなでご飯を食べに行った時に、私の嫌いのものを食べてくれて、私の好物をそっとくれるパーちん。ちょっとおバカだけど、仲間想いで優しい私の大好きなパーちん。そんなパーちんの大切な親友を、愛美愛主メビウスは…。怒りでピキピキと青筋が浮かぶ。


「よう。タケミっち。悪ィな、急に呼び出して」


そんな時。タケミっちと何故か一緒にヒナも来ていて、そっとパーちんから離れる。


「オマエ何彼女ヨメなんか連れて来てんだよ」
「スイマセン。こんなになってるなんて思ってなくて」
「あっヒナちゃん。この前はゴメンな。タケミっち試す為とは言え脅かして」
「あっいえ全然大丈夫です!!」
「紗羅。オマエもちゃんとヒナちゃんに謝れよ」
「はー?その話はもう済んだし。てかもうヒナとはお友達だもん」
「は?嘘だろ?」
「本当ですぅ。ね?ヒナ?」
「うんっ。今度2人でランチに行くの楽しみだねっ!」
「え、マジで?おいマイキー。オマエは知ってたのかよ」
「知ってたよ〜ん」
「はあ?俺にも言えよ」
「なんでだよ」
「まーいいや。ヒナちゃん、コイツすげーマイペースだしすぐ眠くなるしその割に短気だしわがままだけど、根は良いヤツだから。これからも仲良くしてやってくれな」
「あっはい!」
「オマエは私の保護者か」
「保護者だよ」
「ハハッ。保護者なんだ」


マイキーとケラケラ笑っていると、ケンちゃんが「オイ!エマ!!」と少し離れた場所にいるエマをコッチに呼ぶ。


「へ?エマ…って」
「ハーイ」
「このコ、タケミっちの彼女ヨメだから、しっかり守っとけ」
「りょ〜か〜い。……あ」


エマがタケミっちと目が合った瞬間、何故かタケミっちが焦った顔をしていて ん? と首を傾げる。


「よっ。いくじなし君♡」


え。この2人ってなんか接点あったっけ?


「誰の事?“いくじなし君”って?」
「オマエ…エマと知り合いなの?」


おー…ヒナとケンちゃんめっちゃ怒ってるじゃーん。こわあーと思いながらマイキーを後ろから抱きしめる。


「“いくじなし君♡”ってどーゆー事ですかぁ?」
「ち…違うんだヒナ!!オレはなんも覚えてなくて…これ本当!!」
「エマの下着姿見たくせに逃げたーいくじなし」
「へーそんな事があったんですねー」
「あったのかなーーー?んーーー?本当に記憶がないんだよぉ」


ガタガタ震えるタケミっちにクスクス笑いながらマイキーから離れると、近くにいたヤツが持っていたバッドを奪い取って、ソレをヒナに渡す。「ひ、姫ぇ!?」とバッドの持ち主が叫んでるけど、無視。うるせーなー。
マイキーに「わっるい顔してんなあ」って笑われたけど、こんなに面白い修羅場ってある?


「アレ!?そんな得物モノどこから!?ヒナさん!?」


バッドでタケミっちをボコボコにするヒナにケラケラ笑っていると、エマが私の腕に自分の腕を絡めてきて、「どした?」とエマの頭をぽんぽん撫でる。


「紗羅〜怒ってないの?」
「ん〜?エマの考えてることなんて大体分かるから別に怒らないよ」
「もうほんっと紗羅大好き〜」
「ケンちゃんより?」
「ど、どっちも大好き!」
「ハハッ。エマはかわいいな〜ほんとに〜」


エマと顔を合わせてニコニコしていると、タケミっちがヒナの前に正座をしながら「すびばせんでした。もう二度とこんな事はいたしません」と謝っている。あまりにもボロボロな姿にまた笑みがこぼれる。ウケる。めちゃくちゃブスじゃーん。


「あ、アンタ」


パッとタケミっちに視線を向けたエマが、タケミっちの前で仁王立ちをする。


「アンタもよくあんないるのに、ウチの話に乗ったね。でも勘違いしないでね」
「へ?」
「別にアンタの事なんて何とも思ってないから。ウチはただ、早く大人になりたかっただけだから」


そう言って少し頬を染めながらチラッとケンちゃんの方を見るエマは、いかにも恋してます!って感じで微笑ましい。私も、マイキーのことを見ている時、こんな顔してるのかなあ。


「嫌になっちゃうよねー。アイツ、ウチの事なんか興味ナシ!マイキーとバイクと喧嘩の事ばっかり。少しは怒るかなって思ったのに…」


まあ、どうせそんなことだろうと思ったけど。私から見るとケンちゃんなんて、たまに私が寂しくなっちゃうくらいエマのことめちゃくちゃ大好きに見えるんだけどなあ。去っていくエマに手をひらひら振りながらタケミっちの前にしゃがみ込んで、そしてニッと笑う。


「ドンマイ!タケミっち♡」
「……紗羅ちゃん、なんか楽しんでません?」
「えぇ?そんなことないよ〜?」


ニコニコ笑っていると、タケミっちが不思議そうにじろじろと私のことを見てきて、「なに?」と首を傾げる。


「特攻服…今日は制服の上に羽織ってないんですね…!それに、ズボンじゃなくてスカートだっ」
「ん〜?かわいいでしょ?」
「で、でもスカートだと蹴ったりするときに…その…」
「あ?なにキモいこと考えてんの?中にショーパン履いてるっつーの」
「で、ですよね〜!」


ホッとした顔をするタケミっちにげんなりする私。私、やっぱりタケミっちのこと苦手だわ…。



「タケミっち。終わったかー?」
「すいません。お待たせしました」
「オラ!!集まれテメーら。集会始めっぞ!!」


ケンちゃんの言葉に東卍メンバーが集まって、バッと一斉に頭を下げる。


「お疲れ様です!!総長!!!」


マイキーが皆の前に立って、その両端に私とケンちゃんが立つ。マイキーがそこに存在するだけで、そこに立つだけで、一瞬で空気が変わる。マイキーは、東卍の総長は、そんな男なんだ。


「今日集まったのは“愛美愛主メビウス”の件だ。ウチとぶつかりゃでかい抗争になる。ぶつかるなら武蔵祭りのタイミングだ」


「じゃあ」とスッとマイキーが座る。


「みんなの意見を聞かせてくれ」


意味が分からないと言いたげな顔をして頭にハテナマークを浮かべているタケミっちに、ケンちゃんがタカちゃんに「タケミっちに教えてやれ」と言っている。タカちゃんが「ウッス」と応えてタケミっちに説明をしていると、いきなりドッとパーちんが後ろからタケミっちを蹴り上げる。


「痛って!何すんだ…」
「……あ?文句あっか?」


ずいっとペーやんがタケミっちの顔を覗き込んで、小さなため息を吐く。もう何してんの…。


「オマエ、花垣だろ?」
「喧嘩賭博の件でウチの隊のキヨマサが世話になったのう!!」
「どー落とし前つけんだコラ」
「落とし前?」
「やめろや。総長の客に手ぇ出すなや“パー”。キヨマサの件はアイツが勝手に東卍ウチの名前使って、喧嘩賭博なんてやってたのがナシって話だろ?」


言い争いを始めるパーちんとペーやんとタカちゃんに、ケンちゃんが黙ってろと一喝して、舌打ちをしてそっぽを向くパーちんを後ろから抱きしめる。


「許してやってくれよ、タケミっち」
「無茶苦茶な人っスね」
「パーは今気ィ立ってるからよ」
「“愛美愛主メビウス”の頭は“長内”って奴なんだけど、ちょっとした事でパーの親友とモメてな。パーの親友は愛美愛主メビウスのメンバーに袋叩きにされて、更に目の前で彼女レイプされて親兄弟吊るされて金巻き上げられて」
「で、藁にもすがる思いでパーちんに相談してきたのよ。むなクソわりぃ。そんなのガキの喧嘩じゃないでしょ?」


パーちんをぎゅっとしながらそう言うと、タケミっちがゴクリと喉を上下にさせながら「……ひでぇ……」と呟く。


愛美愛主メビウスは、そういうチームなんだよ」





階段に座り込むマイキーの前に、頭を下げ膝を折り曲げながら立つパーちん。


「どうする?パー。ヤる?」
「…相手は2つ上の世代だし、東卍ウチもタダじゃすまないし。皆に迷惑かけちゃうから……。でも…悔しいよ、マイキー」
「んな事聞いてねえよ。ヤんの?ヤんねえの?」
「ヤりてえよ!!!ぶっ殺してやりてえよ!!!」


目に涙を溜めながら力強くそう言うパーちんにグッと目頭が熱くなる。私だって、大好きなパーちんの心をこんなにも傷付けた愛美愛主メビウスを許せない。ぶっ殺してやりたい。


「だよな」
「え?」


バッとマイキーが立ち上がると、皆を見渡す。


東卍こんなかにパーの親友ダチやられてんのに、迷惑って思ってる奴いる!?」

「パーの親友ダチやられてんのに、愛美愛主メビウス日和ひよってる奴いる?」


「いねえよなあ!!?」





「“愛美愛主メビウス”潰すゾ!!!」





ワアアアアアアアアと割れんばかりの歓声が響き渡る。


「8月3日。武蔵祭りが決戦だ」


拳をぎゅっと力強く握りしめる。
大切な仲間を傷付けられて黙ってられるほど、東卍ウチのチームは甘くねーんだよ。






「紗羅。今日母さんは?」
「…マイキー。今日もママ彼氏のところだって」
「そっか。じゃあ俺泊まってもい?」
「いいの?」
「うん。つか、もっと紗羅と一緒にいてーし」
「…そっか」
「うん」
「ありがとう、マイキー。大好き」
「俺も大好き」


((わーー!キスした!!))
((今日も総長と姫ラブラブだな〜!!))

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