東卍の紅一点



頭の中はやけに真剣な眼差しで私に話したいことがあると言ったマイキーのことでいっぱいだ。
愛美愛主メビウスに勝ったら話したいことって、一体なんだろう?
マイキーがまた一緒に暮らそうと言ってくれた時、本当に涙が出るほど嬉しかった。ずっとずっと、寂しかったから。マイキーやケンちゃん達が心配してしょっちゅう家に来てくれたけれど、それでも、バイバイした後は静まり返った家で一人いつも泣いていた。
私はこんなにも弱い人間だということをまざまざと思い知らされたような気がして、時よりこの世界の全てから逃げだしたくなって、自分の感情すら分からなくなった。
だから、だから。本当に、嬉しかったの。また、マイキーとエマとおじいちゃんと一緒に暮らせることが。まるで夢のようだと思った。

でも、その話の後にまた話したいことって、しかも愛美愛主メビウスに勝ってからって、流石の私も期待してしまう。


もしかして、告白される…?!


いやでも落ち着け私。期待して違ったら流石に心折れるししばらく立ち直れる気がしない…。これはあんまり期待しない方がいい?いやでもあのマイキーの真剣な眼差しは…。ていうか真剣な顔をしているマイキーもめちゃくちゃかっこよかったなぁ…。そんなことを頭の中でぐるぐると考えていたら、突然ケンちゃんの大きすぎる声で意識が引き戻された。


「おい紗羅!オマエ目開けたまま眠ってんじゃねーよ!」
「…ケンちゃんうるさいっ!ていうか目開けたまま寝るわけないでしょ!?流石に起きてるわ!」
「はぁ!?俺やマイキーが話しかけてもずーっとオマエ白目剥いてて反応なかったじゃねーか」
「は!?ウソでしょ!?白目!?」
「…いやウソだけど」
「ウソかーーーい!ふざけんなよ!」
「オマエら仲良しだな」


オレンジジュースをストローで飲んでいたマイキーが私達を見てニカッと笑う。そんなことですら胸キュンしてしまう私の恋心はいよいよ末期なのかもしれない。


「お待たせ致しました。こちら、お子様ランチでございます」


ファミレスの店員さんがマイキーが注文したお子様ランチを机の上に置いた瞬間、マイキーの顔が一気に険しくなって、まあそうだろうなと心の中で納得する。


「なんだよコレ!!?もう一生許さねえ」
「あ?」
「仕方ないよ、ケンちゃん。だってこのお子様ランチ…」


「旗が立ってねーじゃん!!」


むすっとしながらマイキーがお子様ランチを指差してそう言う。相変わらず思考がお子ちゃまだなぁ。


「オレはお子様セットの旗にテンションが上がるの!」
「す…すいません。今付けてきます」
「もう要らねー」
「ホラマイキー、旗だぞ」
「わーーー!!さすがケンチン!!」
「良かったねえ、マイキー」


ニコニコしながらマイキーの頭をよしよし撫でると、マイキーも嬉しそうにニコニコ笑う。かわいいなあ。大好き。そんな私達を頬杖をつきながら見ているケンちゃんが「オマエら仲良しだな」とニカリと歯を見せて笑う。あれデジャヴ。


ケンちゃん持参の旗のおかげで無事に機嫌が直ったマイキーはご機嫌でお子様ランチを頬張っている。
私の苺パフェとマイキーのお子様ランチをお互いにあーんし合っていると、ケンちゃんが怪訝そうな顔で見てきて「ケンちゃんもあーんしてほしいの?」と上目遣いで聞いたら「ちげーよバカ」とデコピンされた。うん。地味に痛い。



「そーいえばケンチン。俺今日紗羅に言ったから」
「おっ。ついにこ「俺ん家で一緒に暮らさないかってことだよ!!」
「ああ、そっちか。悪ぃ」


ニタニタ笑うケンちゃんに血相変えて立ち上がって威嚇しているマイキー。意味がわからずに首を傾げていると、マイキーは気まずそうにまた椅子に座る。


「紗羅も了承してくれた。だからすぐにでも時間作って紗羅の母さんに話しに行くよ」
「…ママは喜ぶと思う。なんならあのアパートからお金持ちの彼氏の家に引っ越すかも」


俯きながらそう言えば、頭の上に二人分の大きな手のひらが乗っかって、髪の毛をわしゃわしゃ撫で回される。


「大丈夫だ。紗羅」
「紗羅には俺たちがついてる」


思わずハッとして顔を上げると、ケンちゃんもマイキーも私のことを優しく微笑みながら見つめていて、目頭がぐっと熱くなって、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

根拠のない“大丈夫”が、これほどまでに心強いことはないよ。
私は、東卍が、マイキーとケンちゃんのことが、心の底から大好き。大好きなんだ。



「昔から泣き虫だよなあ、紗羅ちゃんは」
「…二人が私を泣かせようとするからぁっ…」
「泣かせようとしたわけじゃねーけどな」
「ほら、あんまり泣くとせっかくのかわいい顔が台無しだよ?」


マイキーに目尻を優しく指で拭われて、頬を緩ませながら笑った。

私は一人じゃない。孤独なんかじゃない。だって、私にはみんながいるから。陽だまりのように、心がぽかぽか暖かくなって、満たされてゆく。幸せって、きっとこういうことを言うんだろうね。





「マイキー、紗羅。着いたぞ」


ん…?ふわりと意識が浮上していく。あれ、私今までなにしてたんだっけ。…あ、そうだ。ファミレスで泣き疲れて眠たくなったからケンちゃんに膝枕してもらって、そのまま夢の世界へと旅立ってたわ…。
悲しいかな。夢の中の私とマイキーは復縁していてめちゃくちゃイチャイチャラブラブしていたの。どうか正夢になりますようにと願いながらケンちゃんの背中から降りると、まだマイキーはケンちゃんに抱っこされながらぐーすか眠っていた。いつも思うけど寝ながら首に手を回すってめちゃくちゃ凄いよね。流石は無敵のマイキー。


「おい、マイキー。いい加減オマエも起きろ」
「ん?」


ようやく起きたマイキーはまだ寝惚けているみたいでムニャムニャ言ってる。赤ちゃんみたい。ていうか、なんで私達はこんなところにいるの?


「「病院?」」
「おう」
「なんで病院?」
「こんなトコになんの用なン?」


黙り込むケンちゃんの後にマイキーと並んで付いていくと、ある病室にたどり着いた。そこにはベッドに横たわっている管だらけの女の子がいて、すぐに誰か悟った私はそのまま拳をぎゅっと握り込む。


「誰?」
「パーの親友の彼女だ」
「っ、やっぱり」
「頭7針縫って歯ぁ折れて左目網膜剥離。体中打撲で肋骨折れて5日間意識戻んねーって」
「…酷すぎる」
愛美愛主メビウスにやられてこの仕打ちだ。路上に倒れてたのを通行人が見て通報したんだ」


何にも悪いことをしていない、関係ない女の子にここまでヤるなんて。こんなの不良の喧嘩じゃない。クソすぎるだろっ…。


「何しに来たんだオマエら!!娘をこんな目に遭わせてのうのうと顔出しやがって!!帰れ!!!帰れ!!!クズ共が!!」
「お父さん!!」


この女の子の父親らしいき人が物凄い形相で私達に罵声を浴びせてくる。気持ちは分からなくもないけど、私達は何もしていないから謝る必要なんてない。堂々と立ったままの私とマイキーに対して、ケンちゃんはバッと頭を下げる。


「頭なんて下げて済むか虫ケラ!!オマエらゴミのせいで娘は死ぬところだったんだ!!!」
「頭なんて下げなくても良いよ、ケンちゃん。私ら悪くないし」
「ってか何八つ当たりしてんのこのオッサン」
「帰れ!!!虫ケラ!!!」
「あ?誰に向かって口聞いてんの?」
「つか私ら何もしてねーし。話聞けよオッサン」


イライラして突っかかる私とマイキーの頭をがっと掴んで「申し訳ありませんでした」と無理矢理頭を下げさせるケンちゃんに、目を見開く。


「ちょっ何すんだ」
「ケンちゃん!?」
「全部オレらの責任です」
「は?!」
「オイ!!」
「虫ケラが頭下げて娘が治るのか!?社会のゴミが!!!クズ!!クズ!!クズ!!」
「「は!?」」
「黙れ。マイキー、紗羅」


なんで何もしていない私達がこんな罵声を浴びなければならない?クズやゴミや虫ケラと言われてまで何で頭を下げなくてはいけない?納得がいかなくて無理矢理頭を上げようとするけど、ケンちゃんにぐいっと力強く抑えられてイライラが止まらない。


そんな中、父親が震えた声で語り始めた。


「娘は…ずっと昏睡状態だ…。なんでだ?あんな可愛かった娘がこんな変わり果てた姿でっ」
「ううっ」
「帰ってくれ…二度と私達の前に現れないでくれ」


泣いている母親の肩を父親が支えるように抱きながら去って行く。


「これから愛美愛主メビウスとモメる。“不良の世界”は不良オレらの中だけで片付ける。東卍ウチのメンバーはみんな家族もいるし大事な人もいる。一般人に被害者出しちゃダメだ。周りの奴泣かしちゃダメだ。


下げる頭持ってなくてもいい。人を想う“心”は持て」


「……ケンチンは優しいな……」
「ゴメン。ケンちゃん」
「オレ、」
「私、」


「「ケンチン/ケンちゃんが隣にいてくれてよかった」」


ケンちゃんは、私とマイキーの道標のような人だと思う。私達に足りないモノを補ってる、私とマイキーにとって、絶対になくてはならない人なんだ。


「あーなんか腹減っちゃったなーー」
「私もー」
「は!?さっき食ったばっかだぞ」
「寝たら腹減るんだよ」
「どーゆー理屈だ?」
「今からうちん家くる?なんか作るけど」
「「行く」」
「ハハッ。即答じゃん。何食べたい?」
「紗羅の作る物ならなんでもいいよ」
「オマエ料理上手だし」
「そ?じゃ、ハンバーグでも作ろうかなあ」
「マジ?やったー」
「帰りスーパーでも寄ってくか」


ずっと、ずっと一緒にいようね。そんな願いを込めて、二人の手をぎゅっと握ると、マイキーとケンちゃんは私を見てくしゃりと笑った。

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