東卍の紅一点



『今からオマエん家行く』


圭介からこんなメールが届いて、もうすでに決定事項なところが圭介らしいなぁ、と思わず頬が緩んでしまう。
目の前でパクパク美味しそうにカレーを食べているタカちゃんが、そんな私を不思議そうな顔で見てくる。


「どした?マイキーからか?」
「んーん。圭介から」
「あ〜場地からか。なんだって?」
「今から私ん家来るって」
「へー。今更だけどほんっとオマエら仲良いな」
「ん〜?まあ、幼馴染だしねえ。タカちゃんも八戒と仲良しじゃん」
「まあな。八戒とは幼馴染っていうより兄弟みたいな感じだけど」
「あ〜確かに。タカちゃんが優しくてしっかり者のお兄ちゃんで、八戒が甘えん坊でワガママな弟って感じィ」
「ハハッ。ワガママって」
「私と圭介も似たようなもんだよ。昔から兄妹みたいな感じだもん」
「ああ、そんな感じだな。なんなら親子にも見えるぞ」
「あ?バカにしてんのかコラ?」
「バカにしてねーからフォークこっちに向けんのやめろ。普通にこえーわ」
「ハハッ。怖いんだ。ウケる」
「オマエがやるとシャレになんねーんだよ」
「どういう意味よそれ」


二人で顔を見合わせてケラケラ笑い合う。
カレー多く作りすぎたからおっそわけ。なんて、まるでついでみたいにいつも持ってくるけど、本当はわざわざ私の分まで作って持って来てくれてるの知ってるよ。だってタカちゃんのおっそわけ、いつも私の好物ばかりなんだもん。わかりやすいよ、バカ。


「タカちゃんはさあ」
「ん〜?」
「優しいよね。本当に」
「は?いきなりなんだよ」
「いきなりじゃないよ。ずっと前からそう思ってる」


“あの事件”からしばらく笑えなくなった私に、タカちゃんはそっと手を差し伸べてくれてまるで花が咲くような笑みでこう言ったのだ。


「今日から俺が紗羅の親友だ!!!」


ぽかんとしたまま固まる私に対して、タカちゃんは「なんだその間抜け面!」と、にししっといたずらっ子のような笑みを浮かべて、私の髪の毛をわしゃわしゃ撫で回した。
その姿が一瞬一虎に重なって見えて、溢れ出そうな涙を堪えるようにくしゃりと笑った。


「やっと笑った」


そう、あの日、タカちゃんは私の“親友”になった。
心にぽっかりと空いてしまった空洞が、あの日から少しづつ、時間をかけて、元どおりになっていったんだよ。
一虎としていたように、タカちゃんといっぱい遊んで、くだらないことでケラケラ笑い合って、時には真剣に人生相談しあったりして。
私の中でのタカちゃんの存在が日に日に大きくなっていって、いつのまにかタカちゃんは私にとってなくてはならない、かけがえのない存在になっていたの。


ねえ、タカちゃん。
私は一度たりとも、タカちゃんを一虎の代わりなんて思ったことないよ。本当だよ。


「私、タカちゃんが親友で良かった」


微笑みながらそう言えば、少し頬を染めたタカちゃんが「……ほんと、なんだよいきなり」なんてそっぽを向きながらそう呟く。照れ隠しのつもりだろうけどバレバレだよ、タカちゃん。


「照れてんの?」
「…照れてねえ」
「でも顔真っ赤だよ」
「あ?部屋がアチィんだよ」
「冷房ガンガンかかってるのに?」
「……」
「ふふ。かわいいタカちゃん」
「笑うな。かわいくねーし」


もしもタカちゃんが笑い方すら忘れしまうくらいこの世の全てに絶望してしまう、そんな時が来たならば。今度は私がタカちゃんのことを救ってあげる。
大袈裟でもなんでもなく、タカちゃんは私の救世主だから。


ーーピンポーン


家のチャイムが鳴って、あっ圭介かな?とパタパタ駆け足で玄関に向かってすぐに扉を開けると、眉間にシワを寄せた不機嫌な顔をしている圭介が立っていて、ん?と首を傾げる。


「えっ圭介なんか怒ってる?どーしたの?」
「どーしたの?じゃねーよ。オマエ誰か確認せずに扉開ける癖治せって散々前から言ってるよな?」
「あっ」
「あっじゃねーよ。なんかあってからじゃ遅ぇんだから、ほんと気を付けろよ」
「すっ、すいません…」
「ン。次はねーからな」


ポンっと頭に大きな手のひらが乗っかってそのまま乱暴に頭を撫で回されると、そのまま我が物顔でズカズカと部屋の中に入って行く圭介。すぐにタカちゃんの存在に気付いた圭介は、「お、三ツ谷も来てんのか」ニッと犬歯をむき出しにして笑う。


「場地も食う?カレー」
「食う。腹減った」
「ハハッ。即答かよ。多めに持ってきて良かったわ」


いつも静まり返っている部屋が賑やかになる。この幸せは決して当たり前なんかじゃないということを、私は誰よりも知っているつもりだ。
私はたくさんの人に支えられている。みんながいるから、私は今こうして心の底から笑えることができるんだ。ガラス細工のように脆い私の心を、いつもみんなは守ってくれている。そんなみんなを、私も守りたいと強く思う。私の大切な、仲間だから。


「タカちゃん。圭介。今まで本当にありがとう」
「あ?いきなりなんだよ」
「紗羅?どした?」


「明日から、またマイキーの家で一緒に暮らすことになったんだ」


ぽかんとする二人の顔は随分と間抜け面で、思わずふっと笑みがこぼれる。すぐにまじでぇ!?と興奮気味にそう叫ぶ二人に、今度こそ耐えきれずにお腹を抱えてケラケラと笑う。


「言われてみると紗羅の私物結構減ってるな」
「うん。もうほとんどマイキーの部屋に移ってるよ。マイキーとエマとケンちゃんと頑張ったんだあ」
「…あンだよ、言ってくれたら俺だって手伝ったのによ〜」
「ハハッ。場地が拗ねてる」
「べっ別に拗ねてねーよ!!!」
「おいっいきなり殴んなよ」
「不意打ちの圭介のパンチを普通に交わすところがタカちゃんの凄いところだよねえ」


タカちゃんお手製カレーを食べながら不服そうな顔をしている圭介の頭をよしよし撫でる。なんだよ…と口を尖らせてる姿はさながら拗ねている子供のようで、そんな圭介がかわいくてたまらない。ニヤニヤしていると軽く頬をつねられた。え、普通に痛い。いやめっちゃ痛い。軽くでこれとかマジでゴリラかよ。


「まあ、これからはマイキーが傍にいるし、これで俺たちも一安心だな。

良かったな、紗羅」


ニッとタカちゃんが笑って、うんっと私も笑う。


「あんま喧嘩すんなよ?オマエらすぐくだらねーことで喧嘩すっから」
「だってマイキーわがままなんだもん。変なところで頑固だし」
「オマエも大概そうだからな?」
「その言葉そっくりそのまま返すわ、圭介」
「俺から見るとオマエら全員わがままで頑固だよ」


「なんだと?」「ひどいっタカちゃん!」二人でタカちゃんに詰め寄ると、タカちゃんが可笑しそうにケラケラ笑う。深いところまで聞いてこないのがタカちゃんと圭介なりの優しさだということを知っているからこそ、二人には本当に頭が上がらないと思った。

マイキーがママに、またマイキーの家で私と一緒に暮らしたいと話してくれた時。ママは安心したような、それでいて幸せそうに微笑んだのだ。そんなママの顔を、私はきっと生涯忘れることはないんだと思う。

マイキーは小さく震える私の手をぎゅっと握りながら、「これからは俺が紗羅さんを守ります」と、真っ直ぐにママを見据えながら、力強くそう言った。


本当はママに対しての怒り、寂しさ、色々な感情が混ざり合って頭がおかしくなりそうだった。
それでも、隣にマイキーがいてくれたから。私にはマイキーがいるとそう思えたから。心が壊れずに踏ん張ることができたんだよ。



















ーーピンポーン


朝の9時。家のチャイムが鳴って、「はーい」とインターフォンに声をかけると、「俺」とだけ返ってきて頬が緩む。ちゃんと誰か確認しないとまた圭介に怒られちゃうからね。

パタパタと玄関に駆け足で向かって、扉をガチャリと開く。


「おはよう。迎えに来たよ、お姫様」


そんな臭い台詞を吐かれながら抱きしめられて、「おはよう。遅いよ、王子様」なんてクスクス笑いながらマイキーの背中に手を回す。


幼稚園の年少の頃、男子に片親なことをからかわれて泣いていた私をマイキーは庇ってくれて、そしてしばらくずっとグズグズと泣いている私に「紗羅は俺のお姫様だから、これからは俺が守ってあげる。だからもう泣くな」と、すぐ傍で咲いているタンポポの花を取ってバッと渡してくれながら、そう言ったのだ。

バカみたいに思われるかもしれないけど、あの日、あの時。私はマイキーに恋に落ちた。一瞬で世界がキラキラと輝いて、胸がドキドキ高鳴って、身体が熱くておかしくなりそうだった。


私の初恋。
あの日からずっと、マイキーは私だけの王子様なんだよ。
絶対に誰にも言わない、私だけの秘密だけど。

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