東卍の紅一点



物心ついた頃からずっと一緒だった。佐野道場から徒歩5分のアパートに住んでいて、気付いたら一緒にご飯を食べて、遊んで、ケンカして、兄貴に叱られて、仲直りして、一緒にぎゅうぎゅう抱きしめあって眠って朝を迎えた。

俺も紗羅も、まだ3歳の時だった。

後に分かったことだが、紗羅には父親がおらず、一人で娘を育てていくために母親は寝る間も惜しんで働いていて、交流のあったじいちゃんが心配して紗羅を預かっていたらしい。


幼い頃からいて当たり前の存在だった紗羅。
ずっとずっと、家族だと思っていた。
姉のようで、妹のようで、双子のようで、兄貴と俺と紗羅とエマの4兄妹。そんな風に思っていたのに、それが違うと気付いたのは、忘れもしない、俺が中学1年生の時。紗羅が高校生の男とキスをしていたと、ケンチンから聞かされたのだ。その時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。
ガツンと、まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。

紗羅は昔からかわいかった。髪はさらさらで目も大きくて顔も小さくて色白で、よく近所のやつらにも“お人形さんみたい”と褒められていて、勿論俺もそう思っていた。だからいつか、紗羅に彼氏ができてもおかしくないとそう思っていたはずなのに、いざその時がくると頭が真っ白になって、胸が張り裂けそうに苦しくなった。
気付いたら俺は紗羅と高校生の男がいたという公園まで全力疾走していて、着いたらそこには紗羅しかいなくて、ベンチに座りながら汗だくの俺を見て少しびっくりした顔をしている紗羅をぎゅうっと力強く抱きしめた。「どーしたの?マイキー」なんてクスクス笑いながら汗でしなった頭を撫でてくれる紗羅のかわいさったらもう。


「キスしたの?」
「え?」
「高校生の男と」
「……うん。したよ。キス」


グサッと、ナイフで心臓を抉られるほどの衝撃。さっきよりも重傷だ。どんな傷よりも深い。


「付き合ってんの?ソイツと」
「んーん。告白されたけど断ったよ」
「じゃあなんでキスしたの」
「んー?なんかマイキー怒ってる?」
「なんでキスしたのか聞いてるんだけど」


イライラする。なんでこんなにイライラするのか自分でも分からないくらいイライラする。
眉間にぎゅっと眉を寄せて睨み上げれば、紗羅は一瞬キョトンとして、そして嬉しそうににこにこ笑ってぺろりと舌を出した。


「うっそだよ〜ん」
「は?」
「キス。してないよ。するわけないじゃん、あんなキモいやつと」
「いやでもケンチンが」
「ケンちゃんがそう言ったの?じゃあマイキーからかわれたんだよ。私、キスしようとしてきたソイツをそのまま羽交い締めにしてシメたから」


とうとうお腹をかかえてケラケラ笑いだした紗羅にいつもならムカつくはずなのに今は全然ムカつかないし、それどころかそのくしゃくしゃな笑顔かわいいなあ、なんて思わず見惚れてしまっているくらいだ。

そこで俺は気付いた。

なんで俺は今めちゃくちゃホッとしてるんだ?
紗羅がキスをしていなくて、彼氏もいなくて、正直すげー嬉しいし安心している。
それはなんで?
エマのことも大好きだ。妹として大切だし守ってやりたいと思ってる。でもエマがケンチンのことを好きだと教えてくれた時、兄としてこの二人の恋が実るといいなあって心の底から思った。
それなのに紗羅の時はなんでそう思うことができないんだ?


あー…俺ってもしかして


「俺、お前のこと好きかも」


言葉にした瞬間、自覚した。
俺は紗羅のことが好きだ。1人の女の子として、大好きなんだ。
つーか気付くの遅すぎじゃね?だっっっっさ。こんなんじゃケンチン達に笑われるわ。てかもしかしてケンチン…俺すらも気付かなかった紗羅への恋心に気付いていてわざと紗羅が高校生の男とキスしてたなんて嘘ついたのか?そうだとしたらすげーわケンチン。流石だわ。…いやただ俺をからかいたかっただけかもしんねーけど。だったら許さん。やっぱどら焼き1年分買ってもらおーっと。


「ん〜?私もマイキー好きだよー」
「じゃ付き合う?」
「うん」


夢みたいだと思った。ついさっきまで家族のように思っていた女の子と、今この瞬間、恋人同士になるなんて。だって信じられる?俺たち両想いなんだぜ?やべー。嬉しすぎて幸せすぎてにやにやがとまんねえ。


「紗羅はいつから俺のことが好きなの?」


顔を覗き込みながらそう言えば、紗羅はにこにこ笑いながら俺の唇にキスを落とした。


「ヒミツ」


東卍が結成されて数ヶ月が過ぎた、うだるような暑さの公園で、俺たちはファーストキスをした。
俺も紗羅も、中学1年生の時だった。
女の子の唇がこんなにも柔らかいことを、この日俺は初めて知った。


「紗羅」
「んー?なあに、マイキー」
「もう一回ちゅーしてい?」
「ン、いいよ」


ただ唇を重ねるだけの、かわいらしいキス。暑さで頭がおかしくなりそうだ。額からポタポタ汗を垂らしながら、夢中になって何度も何度もキスをした。
大好きでかわいくて愛おしくて、紗羅のためならなんでもできると本気で思った。これが愛なんだと初めて知って、胸がドキドキうるさくて苦しくなった。誰にも渡さない。一生この手を離さないとこの時誓ったはずなのに、俺は自ら紗羅の手を離してしまった。そんなつもりはなかったのに。ただ縋ってほしかっただけなのに。

あの日をことを、俺は今でも後悔している。

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