東卍の紅一点



ヒソヒソ

「ほらあの子だよ…東卍の総長の女…」
「ウソだろ…?あの美少女がたった一人で暴走族潰した東卍の紅一点、“姫”!?ぜんっぜん見えねー…」


…うっざ。エマに言われて仕方なく久しぶりに学校に顔だしたらこれだよ。お前らヒソヒソしてるつもりかもしんないけど全部丸聞こえだからな?
は〜〜〜とため息を吐きながら廊下を歩いていると、廊下の向こう側からパタパタと走ってくる金髪の女の子。


「紗羅〜〜〜っ!」


ぎゅーっと飛びつくように抱きついてきたエマを抱きとめて、いつもするみたいに頭をよしよし撫でてあげる。これ鍛えてなかったら間違いなくそのまま後ろに倒れてるやつだわ。鍛えてて良かった…。


「紗羅っ!今日学校来てくれてありがとう!めっちゃ嬉しい〜」
「今から帰るけどね」
「は!?なんで!?さっき来たばかりでしょ!?!」
「ダルい」
「そんなこと言わずに授業終わったら一緒に帰ってそのままクレープ食べに行こうよ〜」
「えぇ…ヤダよめんどくさい」


うるうると上目遣いでお願い紗羅〜と訴えてくるエマはかわいいけど、さっきから周りのエマに対する視線が気になって仕方ない。ただでさえ“無敵のマイキー”の妹として全校生徒からビビられていると悩んでいたのに、私まで学校で公にエマと仲良くしてしまうと明日からもっとエマが学校に居づらくなってしまうのではないだろうか。


「紗羅。今変なこと考えてるでしょ」
「え?」
「ウチは紗羅のことならな〜んでもわかっちゃうの!紗羅のことが大好きだから」


ニッといたずらっ子のように笑ったエマは、背伸びしてさっき私がエマにしたみたいに私の頭をよしよし撫でる。


「紗羅は昔から、私の自慢の“お姉ちゃん”なんだよ」


小さい頃からそうだった。エマは私のことが大好きで、よく私のことを追いかけ回していた。エマが4歳になったばかりの頃、夜中に母親を求めて泣きじゃくったエマを、落ち着くまでずっと私が抱きしめてあげた。


「私もエマの家族になる」
「っ…か、ぞく…?」
「うん。エマのお姉ちゃんになる。それで、私がエマのことを守ってあげるの」


そう言ったら、ありがとう!と泣きながら嬉しそうに笑ったエマの顔を、今でも鮮明に覚えている。
この時に私は自分の心に誓いを立てたんだ。

“なにがあっても、私がエマを守ってみせる”

5歳の時に立てたこの誓いは、今でも私の心の中にずっと在り続けている。


「…エマも、私のかわいい妹だよ」
「へへへっ」
「顔ニヤケすぎィ。ケンちゃんに写メ送ってやろ〜」
「は!?ちょっ、それはやめて!!」


ニヤニヤしながら携帯を取り出してぱかっと開くと、マイキーとケンちゃんからメールが届いていてなんだろう?と見てみる。


「エマ。クレープはまた今度ね」
「は?!ちょっまさか本当に帰るの?!」
「ん〜?今から“タケミっち”に会いに行くの」
「…タケミっち?誰それ??」





メールが受信されていたのはちょっと前だから、もうマイキーとケンちゃんは先に着いてるだろうなあ。そんなことをぼんやりと思いながらふわ〜と欠伸をする。


「えっあれ“東卍の姫”じゃね!?」
「ウソだろ東卍3トップ集合かよ…」
「めちゃくちゃかわいいのにピアスの数えげつねぇな…」


あ。やっぱり先に着いてたか。校門を通ると生徒達がササッと私を避けていって自然と中心に道ができる。
眠い〜。なんか毎日眠たい気がする〜。ケンちゃん見つけたらおんぶしてもらおーっと。

下駄箱に着いたらなにやらざわざわと騒がしい。
群がる生徒達に「邪魔」とだけ言って青ざめる生徒達を無視して進めば、バチンと大きな音が聞こえてきて目を見開く。


「あ゛?」


知らないオンナがなんでマイキーにビンタしてんの?


「タケミチ君。行こう!」
「え?」
「こんな人たちの言いなりになっちゃダメだよ。ヒナが守ってあげる」
「!ヒナ」


「オイ…殺すぞガキ。いきなりぶん殴ってハイサヨナラ?ふざけんなよコラ」
「ふざけてるのはどっちですか?」
「あ…?」
「他校に勝手に入ってきて無理やり連れ去るのは、友達のする事じゃありません。最近のタケミチ君はケガばっかり。もしそれがアナタたちのせいなら、私が許しません」


「ケンちゃん、どいて」
「あ?…紗羅」


オンナの腕を掴んでるケンちゃんの肩を掴んでそう言えば、ケンちゃんは渋々手を離して、私はそのオンナの胸ぐらを掴む。
あーーークッソ腹立つ。マジ殺してえ。


「私のマイキーになにしてんだよ」


オンナだから?そんなの関係ない。マイキーにビンタした。マイキーを傷付けた。そんなのこの私が許すわけねーだろ。
ギリギリと力を強めていくと、オンナは「う゛っ…」と苦しそうに顔を歪める。


「その手を離せ…」
「あ?」
「その手を離せって言ってるんだよ!!バカ野郎!!」


タケミっちが私の肩を掴んでそう叫ぶ。あまりのウザさに額にピキピキと青筋が浮かぶ。マイキーのお気に入りだからってあんまり調子乗んなよ?マジで殺すぞ。
ケンちゃんが「テメー」と言ってタケミっちの顔を覗き込む。


「誰に向かって口きいてんだ!?」
「もう二度と譲れねぇモンがあんだよ」
「は?二度と?」

「あーあ。せっかくダチになれると思ったのにザンネン♡紗羅。手、離してあげて。俺がヤる」
「……」
「紗羅。総長命令」


総長命令と言われたら、言うことを聞くしかない。仕方なく胸ぐらを掴んでいた手を離すと、オンナはそのまま倒れ込みゴホゴホと苦しそうに咳き込む。そのまま顔面を潰そうと拳を振り上げたら、マイキーにその腕を力強く掴まれた。


「総長命令って言ったよな?」
「……」
「拗ねるなよ。大丈夫だから。俺がコイツを二度と人前に立てねぇーツラにしてやる」


ニコニコしながらそう言ってツカツカとタケミっちの元まで歩いていくマイキーに、タケミっちは口を開く。


「一つだけ約束しろや」
「ん?」
「ヒナには絶っ対ぇ手ぇ出すなよ」
「は?知らねーよ」
「うっ」
「なーんてね」
「………へ?」
「バカだなータケミっち。女に手ぇ出すワケねーじゃん」


……………は?


「タケミっち…オレと紗羅相手に凄んだな?」
「す…すいません」
「いいよ。“譲れねぇモンがある”今時“女”にそれ言うやついねぇぞ?昭和だな」
「ハハ」
「ビっとしてたぜ?」
「あれ?タケミチ君。この人たちって…」


「タケミっち」
「え?」


振り向いた瞬間、思いっきりタケミっちを蹴り飛ばした。それはもう渾身の力を込めて。その瞬間、タケミっちは吹っ飛んで数メートル先の壁にぶつかり爆発音みたいな大きな音が響き渡る。オンナは「タケミチ君!!」と慌てて駆け寄り頭から血を流して唖然としているタケミっちをぎゅうっと抱きしめた。ふんっ。ざまあみろ。


「ふはははっ!紗羅がガチ切れしてんの久々に見たわー」
「ドラケン君…笑い事じゃないっスよ…」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ」
「紗羅。これで機嫌治った?」


ぎゅうっとマイキーに後ろから抱きしめられて、「…治らない」と頬を膨らます。


「かわいい〜紗羅〜俺のこと大好きじゃん」
「…うっざ」
「あの俺今死にそうなんスけど…」
「タケミチ君大丈夫!?」
「ヒナ…だ、大丈夫だよ…?」
「ウソだ!さっき死にそうだって言った!絶対大丈夫じゃないっ!」
「ははは、紗羅の蹴りまともに食らって意識保ってるだけまだマシだって。コイツ、見かけによらずまじで強ぇから」
「ケンちゃん。見かけによらずは余計」
「へいへい。すいませんね」


「“ヒナ”」
「えっ」
「私、アンタのこと嫌い」
「…私もっタケミチ君のことを傷付けたアナタのこと嫌い!です!」


ばちばちと私達の間に火花が飛び散る。

そんな私達を見てあわあわと慌てているタケミっちと、ニコニコしていて何故か嬉しそうなマイキーと、呆れ顔のケンちゃん。


「はー…ごめんな、タケミっち。ヒナちゃん。コイツ、悪ィやつじゃねーんだ。ただ、マイキーのことが好きすぎて昔からマイキーのことになると周りが見えなくなるっつーか」
「ケンちゃん!!!!」
「い゛っっ〜〜ってー!おまっ本気で殴るなよ!!」
「ケンちゃんが余計なこと言うから!!!」
「余計なことじゃねーだろ!事実だろ!」


ぎゃんぎゃんケンちゃんと言い争っていたら、マイキーがツカツカ歩いてタケミっちの隣にいる“ヒナ”に視線を合わせるようにしゃがみ込む。
は? と思わずケンちゃんの髪を思いっきり引っ張るといってー!とケンちゃんが騒ぐけどこの際無視だ。


「好きな男の為に頑張るのはいいけど、無茶しちゃダメ。相手が相手なら大変な事になっちゃうよ?」
「ハイ!」


「っマイキーなんて知らない!」
「紗羅?」
「おい、紗羅。お前どこに行くんだよ」


「“タカちゃん”のとこ!!!!!!」


なんで私以外の女の子に優しくするの?
その子、マイキーにビンタしたんだよ?
それなのになんで?…かわいいから?
悔しくて悔しくて目頭が熱くなる。

そんなマイキーなんてもう知らない。
大っ嫌いだバカ野郎。

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