東卍の紅一点



俺の親友は、いつも突然やってくる。


「タカちゃんっ!!!!」


バーンっと扉が吹き飛ぶくらいの勢いで開けて教室にズカズカと我が物顔で入ってくる姫野紗羅。相変わらずの馬鹿力。この華奢な身体の一体どこにそんなパワーを隠し持ってんだか。

担任が「また君か!他校の生徒が勝手に入ってくるなとあれほど…!」とカンカンに怒っているがまるで担任のことが見えていないかのように華麗にスルーする紗羅。そのせいで担任の怒りはヒートアップ。勘弁してくれ。
同じクラスの同級生は紗羅を見た瞬間、皆揃ってバッと視線を下に逸らした。なかには身体がガタガタ震えている奴もいる。アイツ一体なにやらかしたんだ。


「タカちゃん、行くよ」
「…お前はほんっと…破茶滅茶だなあ」
「タカちゃん?い く よ」
「へーへー。先生、すいません。説教はまた明日聞きますんで」
「おい三ツ谷!!!!!」


紗羅に手を取られ教室を出ると、二人で廊下を走りだす。


「ねえ、タカちゃん」
「あ?」
「これ、青春ドラマみたいじゃない?」


後ろを振り向いてニッと笑う紗羅の目元が少し赤いことには初めから気付いていた。きっとなにかあったんだろうな。


「どこがだよ!」
「美少女とイケメンが手繋ぎながら廊下を走ってるんだよ?こんなの間違いなく青春ドラマのワンシーンでしょ!」
「いや青春ドラマはこんな全力疾走しねーだろ」
「ハハハハハッ!確かにィ」


走りながら爆笑する俺たち。側から見たら頭おかしいヤツらに見えるんだろうなあ。まあ紗羅はあながち間違ってないけど。
(言ったらぜってーぶちギレられるから口が裂けても言わねえけど)





「で、なんかあった?」


学校の近くにあるファミレスでメロンソーダをちびちび飲んでいる紗羅にそう聞けば、紗羅は一瞬キョトンとして、そしてすぐにふにゃりと笑う。


「タカちゃんにはなんでもお見通しか〜」
「そりゃあな。俺とお前の仲だし」
「じゃあね。そんな親友のタカちゃんに一つお願いがあるんだけど…」
「お願い?」
「うん。私のお願い聞いてくれる?」
「…それはそのお願いの内容にもよるけど」


そう言った瞬間、ニッコリと笑った紗羅に嫌な予感しかしない。こういう顔をしている時の紗羅は経験上ろくなこと考えてねーから。


「私とセックスして」


ブッッッッッ!!!!
思わずコーラを吹き出してしまい、紗羅が「ちょっとタカちゃん!汚い!!」とプンプン怒っているけど今のはぜってー俺悪くない!


「おまっ喧嘩で頭ぶったか?」
「失礼じゃない?」
「お前がいきなり変なこと言いだすからだろ!」
「変なことじゃない。私は大真面目だよ」


いやそんなキリッとしたキメ顔で言われても…。


「つーかお前俺に死ねって言ってんの?」
「セックスしよって言ってる」
「セッ……あのなあ、そんなことシたら俺は間違いなくマイキーに殺されるわ」


アイツ、紗羅に変な虫がつかないように未だにドラケンと隊長クラスのヤツらにしか紗羅と別れたこと話してねーのに。もし俺が紗羅とそんな過ちを犯したら、間違いなく俺はマイキーに消される。


「…マイキーはもう彼氏じゃないから関係ないよ」
「おまっ…頼むからそれマイキー本人に言うなよ?」
「なんで?」
「ウソだろお前…ずっとバカだとは思ってたけどまさかここまでバカだとは…」
「あ?喧嘩売ってる?」


だってそうだろ。誰から見てもマイキーお前のことめちゃくちゃ大好きじゃん。俺から見るとマイキーなんて未練タラタラっつーかお前に対して未練しかないじゃん。そんなマイキーに紗羅が“もう彼氏じゃないから関係ない”なんて言ったら…。ああ、考えただけでも恐ろしい…。


「つーかさ、なにを思ったらいきなり俺とセッ………クスするって発想になるわけ?」
「タカちゃんは、私とマイキーが別れた原因知ってるよね?」
「…一応知ってるけど」
「私思ったんだよね。私がセックスに慣れて自信を持てたら、マイキーに告白できる勇気を持てる気がするの」
「はぁ…?」
「それでマイキーとまた付き合うことができたら、マイキーはまた私の彼氏になるわけでしょ?そしたら他の女の子に優しくすることもなくなるよね」
「…あのさ、普通に今告白すれば良くね?」
「無理!絶対無理無理!緊張して言えないよ!!」


頬を真っ赤に染めて照れている紗羅は可愛く見えないこともないけど、言っていることが意味不明すぎてつくづく残念な女だなあと思う。


「…俺は無理だわ。流石に今マナとルナ残して死ねないし。つか俺じゃなくてドラケンとかに頼めば?」
「は?ケンちゃんにはエマがいるから無理でしょ」
「おい。もし俺に彼女いたらどーするんだよ」
「タカちゃん今彼女いないしそもそも童貞でしょ?」
「あ?」
「違うの?」
「………」
「じゃ、そういうことだから今から私の家に来てヤろっか」
「は?お前今までの俺の話聞いてた?」


「ねぇねぇ。今から紗羅の家に行って三ツ谷とナニをするの?」


オワッタ。俺の人生オワッタヨ。
ギギギと壊れた人形のように後ろを振り向くと、ニコニコとかわいらしく笑っているマイキー。
だけど目が全然笑ってなくて恐怖しか感じない。つーかいつから聞いてた?ぜってーキれてんじゃん!


「………マイキー」
「紗羅。一緒に帰ろ」
「“ヒナ”は?」
「ヒナちゃん?とっくの昔に1人で帰ったよ」
「…ふーん」
「さっきまでケンチンとタケミっちと一緒にいたんだけど、紗羅に会いたくて来ちゃった」
「なんでこの場所分かったの?」
「紗羅のことならなんでもお見通しなの♡」
「……ふーん」
「俺と一緒に帰ろう?紗羅」
「………うん」

「三ツ谷。いつも紗羅の話聞いてくれてありがとうな」
「別に…親友なら当然だろ」
「うん。そうだよな。三ツ谷と紗羅は大事な“親友”だもんな」


やけに“親友”を強調されて目で威嚇された気がするけど、殺されなかっただけマシだと思ってホッと胸を撫で下ろす。
つーかぜってーコイツら両想いなんだからさっさとどっちでもいいから告白して元サヤにでもなんでも戻ってくれ。手を繋いで店から出て行く2人を死んだ目で眺めながら、1人そう願った。





「紗羅。まだ怒ってる?」
「…別にィ」


俯きながらそう言うと、パタッと立ち止まったマイキーがぎゅうっと私を包み込むように抱きしめる。


「俺のために怒ってくれてありがとう」
「…っ」
「ヒナちゃんはタケミっちの彼女ヨメだから、紗羅がヤキモチ妬くようなことは何一つないよ」
「……別に、ヤキモチなんか…」
「妬いてないの?」
「…妬いてたけど」
「うん。ずっとかわいいなあって思ってた」
「……」
「紗羅が世界で一番かわいいよ」


さらっと恥ずかしげもなくそう言われて、ボンって身体中が熱くなるのが分かる。じーっとマイキーの吸い込まれるような瞳に見つめられて、そのまま引き寄せられるようにチュッとその唇にキスをした。


「…三ツ谷のこと好き?」
「え?タカちゃん?好きだよ」
「…俺と三ツ谷どっちが好き?」
「えぇ?マイキーとタカちゃんは好きの種類が違うから…いやごめんやっぱなんでもない」


思わずポロリと出そうになった本音に慌てて口を閉じる。マイキーは何を考えているのかよく分からない表情のまま私を見つめると、私の頬をそっと撫でる。


「付き合っちゃダメだよ、三ツ谷と」
「タカちゃんと?ないない。異性として見れないもん。タカちゃんも同じだと思うよ」
「じゃあ約束して?」
「約束?タカちゃんと付き合わないって?」
「うん」
「絶対にタカちゃんと付き合わないよ」
「じゃあ指切りげんまんしよ」


そう言って真剣な顔で小指を差し出すマイキーにクスクス笑いながら、小指を絡めて指切りげんまんをする。


「約束破ったらマジで針千本飲ますから」
「それ死んじゃう」
「うん。だから絶対約束守ってね」
「はーい」


変なマイキー。いや変なのはいつものことなんだけど。マイキーはふわりと綺麗に微笑むと、私の前髪を掻き上げておでこにチュッとキスを落とした。


「紗羅は俺のだから」


好き。好きが溢れる。大好き。本当に、大好きなの。
今なら。今なら言える、かもしれない。この甘い雰囲気の中で『好きだよ。もう一度私と付き合って』って。


「マイキー」
「ん〜?なあに?」
「す…」
「す?」
「すき……………やき食べたい、デス」
「ははは。お腹空いてんの?つかなんで敬語?まーいいや。今から材料買いに行って2人で作ろうか。すき焼き」
「………うん」


……また言えなかった。私のばか。

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