東卍の紅一点



突然だが、俺の初恋は紗羅だ。

小5の時、初めてマイキーと出会ってダチになって、その次の日にマイキーが連れてきたのが紗羅だった。

「誰だコイツ」と言ってのけた俺に対して、マイキーは「俺の幼馴染」とニッと笑って、紗羅は「それかっこいーね」と俺のこめかみの龍の刺青を指差してニッコリと笑った。


この瞬間、俺は恋に落ちた。
なんで恋に落ちたのか未だによく分からないが、とにかく紗羅のことを好きだと思った。

小学5年生。俺の初恋だった。

紗羅はとにかく不思議な女だった。

毎日眠たそうでぼーっとしているしいっつもマイキーとバカみたいなことばっかやってふざけているのに、喧嘩だけはめちゃくちゃ強かった。


「紗羅っ…中学生の不良に絡まれてるって聞いたけどだいじょ「あ、ケンちゃん」


ニコニコしながら手をひらひら振る紗羅は血まみれだった。勿論、それが紗羅の血じゃないことくらいすぐに分かる。紗羅の足元に転がる、ボロボロの不良達。


「コレ、全部お前がヤったの?」
「うん」
「スッゲー!紗羅ってめちゃくちゃつえーのな!」


目をキラキラと輝かせながらそう言った俺に対して、紗羅は一瞬キョトンとして、そしてすぐにふわりと綺麗に微笑んだ。


「マイキーの隣に立ちたいから」


その時、俺は気付いた。
紗羅がマイキーのことをどう想っているのか。その気持ちは、俺が紗羅に抱いている気持ちと全く同じだということに。


いつもマイキーの隣には紗羅がいた。
紗羅はマイキーのことが大好きだった。
いつもぼーっとしていてめんどくさいことが大っ嫌いな紗羅がめちゃくちゃ喧嘩が強いのは、マイキーの隣にいるため。そのためにきっと今まで、想像ができないくらい血の滲むような努力をしてきたんだろうなと、俺はこの時初めて知った。

俺が知らない、マイキーと紗羅が共に過ごした時間。
少しだけ、ほんの少しだけ、マイキーのことを羨ましいと思った。


小6の時。偶然公園で紗羅が告白されているのを見かけた。告白している男は男の俺からみてもかっこよかったのに、紗羅はすぐに「ごめんなさい」と断って、男は泣くのを堪えるような顔で公園を走り去って行った。その瞬間、ばっちり紗羅と視線が合わさって、少し慌てる俺をよそに紗羅は嬉しそうに笑って俺のもとに駆け寄ってきた。


「ケンちゃんっ」


ぎゅーっと抱きついてくる紗羅に心臓がバクバク煩くなる。クソだせえ。頼むから紗羅に気付かれませんようにと祈りながら、俺は紗羅の頭をぽんぽんする。


「いつからいたの?」
「…お前がイケメンに告白されてるとこから」
「えぇ?イケメンかな〜?」
「イケメンだろ」
「マイキーとケンちゃんの方がかっこいいよ」


ニッと笑う紗羅に「…そうかよ」と言って顔を逸らす。紗羅、俺のことかっこいいって思ってるんだ。


「ケンちゃん、顔赤い」
「は?!あ、赤くねーよ!」
「まっかっか!リンゴみた〜い!照れてるんだ!かわい〜!」
「クソッ!ふざけんなよ紗羅!」
「キャーッ!!!!」


2人でバカみたいに騒いで、涙が出るくらい笑いあった。

俺は、紗羅のことが大好きだ。
紗羅がなにをしていても可愛く見えて、愛おしくて、好きで好きでたまらない。
でも、大好きだからこそ、この気持ちにそっと蓋をした。大好きな紗羅が恋しているのは、俺じゃなくてマイキーだから。
だから紗羅とマイキーの恋を全力で応援しようと思った。
惚れた女には、誰よりも幸せになってほしいから。


中学1年の時。紗羅とマイキーが付き合った。
俺がついた嘘のおかげで、マイキーが紗羅への恋心にようやく気付いたからだ。おっせーよ、ばか。
マイキーの隣で少し照れくさそうに笑う紗羅があまりにもかわいくて幸せそうで、俺はその顔がずっと見たかったはずなのに、胸の奥底が締め付けられるように苦しくなって、その日はほんの少しだけ一人で泣いた。


中学2年の時。紗羅とマイキーが別れた。
お互いが嫌いになって別れたわけじゃねーからどうせすぐに復縁するだろうと思っていたのに、変なところで臆病な2人は自分から動こうとせず、なかなか元サヤに戻らない。
そんな時。エマが俺にこう言ったのだ。


「紗羅に告白しなくていいの?」


時が止まったかと思った。

は? とエマを見たら、エマはニコニコしながら俺を見つめている。


「ケンちゃん、紗羅のこと好きでしょ」
「…仲間としてな」
「ウチにはウソつかなくていーよ。今までどんだけケンちゃんのこと見てきたと思ってるの?」


少し悲しそうな顔をしたエマは、俺の手をぎゅっと握る。


「大好きで大好きでたまらないのに、紗羅の幸せを願って身を引くケンちゃんは世界一かっこいいよ」
「……」
「そんな誰よりも優しくて強いケンちゃんのことが、ウチは大好きで大好きでたまらないの」


頬を少し赤らめてそう言うエマに、かわいいなって素直に思った。今まで妹のように思っていたのに、多分よく分からないけど、この時俺は、はじめてエマのことを異性として意識するようになったんだと思う。


そして今現在。


「おいコラお前ら!!毎回毎回くだらないことで喧嘩するんじゃねー!!」
「だってケンチン!紗羅がっ!」
「だってケンちゃん!マイキーがっ!」
「どうせまたマイキーのたい焼き勝手に紗羅が食べたんだろ?」
「「すごっ!なんでわかんの?!」」
「お前らこの喧嘩コレで何度目だよ!良い加減学習しろ!」


ぎゃんぎゃんまた言い争いをはじめたマイキーと紗羅に小さなため息を零す。
今日も今日とてうちの総長と姫は騒がしい。


「はー…もう、ほんっとにコイツらは手がかかる…」


そんな俺の隣で、エマがおかしそうにクスクス笑っている。


「とか言ってケンちゃん。少し顔ニヤけてるよ?」
「あ?ニヤけてねーわ」
「マイキーと紗羅、ホント喧嘩ばっかだけど仲良しだよね〜」
「ほんとにな」


紗羅のことが大好きだ。
だけど今は、恋としてじゃなくて仲間として好きなんだと思う。そう思えるのは今隣にいるコイツだと思うと、少し小っ恥ずかしい気持ちになった。


「マイキー」
「あ?」
「紗羅のこと泣かすなよ」


そう言ったら、マイキーと紗羅は目を丸くしながらキョトンとして、そしてマイキーはふにゃりと顔を緩ませて笑うと、紗羅を力強く抱きしめた。


「言われなくても」


その瞬間、紗羅の顔がボンっと目に見えて真っ赤に染まる。マイキーのことが昔から大好きで大好きでたまらない紗羅。そんな紗羅を、純粋にかわいいなあと思う。
コイツらが元サヤに戻ってまた幸せそうに笑いあっている姿を見れたなら、その時は、大事な仲間として今度こそ心の底から祝福できると思うんだ。
だから早くまた呆れるくらいのバカップルっぷりを見せてくれ。
俺は、お前らの幸せそうに笑った顔が大好きなんだ。

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