先輩とセフレ関係

※夏油の喫煙描写があります



どれだけ身体を重ねても決して心は手に入らなくて、いつも事後は虚しくなる。
夏油のセックスはいつも丁寧で優しい。きっと誰にでもそうなんだろう。
夏油にとって私の存在って一体なんなんだろうと時折考えることがあるけれど、導き出す応えはいつも一緒だ。
“都合のいい女”
“ヤりたい時にヤらせてくれる先輩”
要するにただのセフレ。自分からセフレでも良いと望んだくせに、人間とは欲深い生き物なのだということを嫌でも思い知らされて、どうしようもない虚無感に襲われる。まるで出口のないトンネルをひたすら彷徨っているようだ。








賢者タイムの夏油は何も身にまとっていない上半身を起こしたまま気だるげにタバコの煙を吐いていて、その姿がとてつもない色気を放っている。
夏油は、同級生の前だとあまりタバコを吸わないのに、私の前だと遠慮なくすぱすぱ吸う。
清宮も家入もヘビースモーカーなのに。
普段は優等生の皮を被っているけど、根本はやっぱりあの五条悟の親友なだけあってなかなかのクズだと思う。まあ、セフレ如きにいちいち気なんて使ってられませんよね。副流煙で早死にしたら呪ってやるから覚悟しておけよ。

「そんなに見つめられたら顔に穴が開いてしまうよ」

流石に私の視線に気付いたのか、クスクス笑いながらタバコの灰を灰皿に落とす。

「…夏油ってさあ、巨乳好きなの?」
「え?」
「清宮が言ってた」
「……はあ、あのバカ」

呆れたような顔をしてタバコを咥える夏油。
普段は聡明な夏油がたまに見せるこの砕けた口調が実は結構好きだったりすることに、夏油は絶対に気付いていないだろう。

「で、好きなの?巨乳」
「…………私も一応男デスカラ」
「ふーん」
「もしかして拗ねてる?」
「巨乳じゃなくて悪うございましたね」

プイッと夏油に背中を向けると、ジュ、とタバコを灰皿に押し付ける音が聞こえてきて、すぐにふわりと後ろから抱きしめられる。素肌同士がくっつき合うのは、どうしてこんなにも心地良いのだろう。

「拗ねないで」

狡いなあ、と思う。こんな時に後輩要素をふんだんに使ってくるんだから。私の気持ちを知ってるくせに、本当に性格が悪いやつ。

「好き」

こんなの、不毛な恋だ。
ぽつりと呟いた私の気持ちは、誤魔化すようにされた深いキスで飲み込まれた。

お互いの舌を夢中で絡めあいながら夏油が私の上に覆い被さる。唇を離すと透明な糸を引いて、そのまま熱を孕んだ瞳で見つめられるとすっかりまたその気になってしまった私は夏油の首に腕を回して再び唇を寄せたーーその時。

私の携帯の着信音とは違う音楽が部屋中に響いた。

夏油は携帯を手に取ると「ごめん。ちょっと良い?」と困ったように眉を下げて、ベッドに腰掛るとそのまま電話にでた。

え、嘘でしょ…。普通この雰囲気で電話にでる?一気に興醒めした私ははーー…と深いため息を吐いてベッドに横たわった。

『もしもし希?こんな時間にどうしたの』

しかも相手清宮かよ。夏油も大概だけどこんな深夜に同級生の男に電話するなんてあいつ一体何考えてんの?イライラする気持ちを抑えたいのに、夏油の無駄に優しい声色が私の苛立ちをどんどん加速させていく。

『すぐるー!すぐるーー…あいたい!すぎゅる…』
『…希、酔ってる?今どこ?部屋?』
『へやにいる…さみしい…すぐる、いますぐあいにきて』
『はー……仕方ないな、すぐ行くから待ってて。絶対勝手に部屋から出るなよ?』
『はーいまま!』
『誰がママだって?』

清宮の声があまりに大きすぎて会話が全て筒抜けだ。そんな事より、夏油の発した言葉に驚きを隠せない。今日は休日で珍しく二人揃って任務がないから初めて一緒に朝を迎えられるはずだったのに。私は本当にこの日を心待ちにしていて、昨日なんてずっとニヤニヤしてしまって同期に気持ち悪いって言われてしまったくらいなのに。夏油は少しもそんな気持ちはなかったのだろうか?

「清宮のとこ行くの」

電話を切って床に散らばっている下着を手に取り身につけていく夏油にそう尋ねれば、夏油は「ごめんね」とまた眉を下げて困ったように謝罪をした。勝手に自分の部屋に戻っていいからね、と平然と言ってのける夏油にふつふつと怒りが湧いてくるのが分かる。部屋に戻っていいからね、じゃねーだろ。本当だったら朝まで一緒にいれるはずだったのに、それを酔っ払いの同級生の女に呼ばれたからってほいほい部屋に行く馬鹿がどこにいる?置いてかれる私の気持ち、少しは考えた?胸を覆い尽くすドス黒い嫉妬心が私を支配していく。

「…なんで行くの?」
「え?」
「家入は?五条は?どうしても夏油じゃなきゃ駄目なの?」
「硝子はこの時間はもう寝ているだろうし、悟は地方の任務に当たっていて5日は戻ってこないんだ」
「だからって、なんで夏油?付き合ってもない男の同級生を深夜に当たり前のように部屋に呼ぶとかあり得なくない?それとも何?夏油、清宮と付き合ってるの?」
「付き合ってはないけど、希は大切な子だよ」

大切な子。私が死ぬほど夏油に言われたかった言葉を、なんで、なんで、あんなやつがーー。

「清宮なんて、顔しか取り柄のないただのクズじゃん」

言った瞬間、空気が変わったのが分かった。
いつも冷静で柔らかくて優しくて大人びた夏油の纏う空気が、一気に氷のように冷たくなる。しまった、と思った時にはもうすでに手遅れだ。夏油は怒っている。それも、かなり。
私を見据える瞳は信じられないくらい冷たい。

「“佐藤先輩”。私は今から希の部屋に向かうので、佐藤先輩もすぐに私の部屋から出て行って下さいね」

ひゅっと喉が鳴る。

「っ、ねえ、夏油ごめん、まって、」
「あー…ごめんね。もっと分かりやすく言った方が良かったかな?」
「えっ」
「さようなら」
「っ夏油!」

バタンと扉が閉まる音が響いて、顔が真っ青になる。終わった。こんなに簡単に、終わらせてしまった。今までこうならないように必死に頑張ってきたのに、全てが無駄だった。あまりにあっけない最後に涙すらでてこなくて、いっそのこと笑えてしまう。いや全く笑えないけど。

「……好き、なのに…」

ポツリと呟いた言葉は、一人残された部屋に虚しく響いた。