相変わらず魔性の笑みを浮かべる諸伏くんに、是非もなく頷いた。今この場で会話のイニシアチブを握っているのは、事情をすべて把握している彼に違いない。
「今回こんなことをしてみせたのは、ゼロ、お前のことで名字さんが悩んでいたからだよ」
「僕のことで・・・・?」
怪訝な表情に、こちらを案じるような色を乗せた降谷くんの目がわたしをとらえる。
「本当は名字さん自身で気づいてほしくてやったんだけど、そんな余裕なかったみたいだし・・・」
「すみません。全然頭回りませんでした・・・」
「それに関しては俺もちょっと調子乗ったとこあったし、気にしないで」
苦笑した諸伏くんがいいんだよと手を振る。そして降谷くんに振り返ると、少し表情を引き締めた。
「ゼロ、名字さんに言いたいことがあるだろ」
「・・・なんのことだ?」
「今回の一連の流れを見たときに、思ったことがあるんじゃないか?」
「・・・・・・・・」
これが、本当はわたしが自分で気がつかなければいけなかった降谷くんの態度に感じた違和感の原因で、今回のわたしと諸伏くんの演技によって分かるはずだった降谷くんの思い。
「あることにはある・・・が、僕はそれを表に出したつもりはない」
やっぱり。
・・・・・・・・・・・・何かあるんだ。
「名字さんはゼロの様子が違うことに感づいてたよ。まぁ実際、その原因まではからっきしだったけどね」
「すみません・・・・」
「いいんだって。昨日も言ったけど、はっきり言わないゼロも悪いんだから」
ちらりと降谷くんの顔をのぞき見ると、こちらの思考を探るような視線とぶつかった。少しずつ核心に近づいているのは分かるが、解決に向かっているのか、関係の亀裂を大きくしているだけなのか、その瞳からは何も見抜けない。
降谷くんに嫌われるのは嫌だ。そして、今後のことを踏まえると、大変困る。
ここからどう切り出して、どう話をすればうまく今の関係性を崩さずにいられるのか、降谷くんの大親友である君にかかってるんだよ、諸伏くん!
「じゃ、あとはお若い2人でどうぞ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はい!?」
「俺の役割は果たしたからね」
「いや、え?ここで放置!?悩める少女と悩みの種を置いて!?」
「悩みの種とは名字さんもはっきり言うね〜」
「あ、いやえっと・・・・・・・・降谷くん、気を悪くしないでね。これはなんというか、つい本音がポロっとというか、心の声というか」
「全然フォローになってないぞ」
「すみませんでした」
ますます関係性が悪化しているのではなかろうか・・・・・・。
もしかして、やっぱりわたしのこのゆるゆるお口チャックが、降谷くんに嫌われてしまった原因?そういえばキャンプのときも仕返しとか言っていろいろされたし、こっちの気も考えないでとかなんとか・・・・・・もうそうとしか思えなくなってきた。絶対そうだ・・・。みきちゃん(友人)の言うこともっと真剣にきいとけば良かったんだ・・・!
「名字」
「すみませんでした!全部わたしが悪かったです!」
名前を呼ばれた瞬間、思いっきり頭を下げて謝罪の言葉を繰り出した。
「何を考えたのか知らないが、違う」
「いや、もうすべては後先考えなしのわたしのゆるゆるチャックのせいです・・・」
「まぁ確かにあれは心臓に悪いところがある」
「はい・・・」
「でも言っただろ。あまりに突然でびっくりするけど、嫌じゃないって」
びっくりするし、ドキドキするし、でも嫌じゃない。確かにそう言っていた。
心なしか降谷くんの声が優しく感じられて、食堂のテーブルにおでこを擦りつけんばかりに下げていた頭をおそるおそる上げる。いつの間にか諸伏くんは本当にいなくなっていて、斜め前に座っていたはずの降谷くんが正面の席に移動してきていた。
「まずは、僕のことで名字を悩ませることになって申し訳なかった」
「・・・え!降谷くんが謝るようなことじゃ」
「いや、僕の態度に思うことがあったんだろう?名字を悩ませてるつもりはなかったんだけど・・・」
「それは・・・」
「きかせてもらえないか?僕の何が気になった?」
・・・・・・怒ってる感じじゃない。
降谷くんは真剣に話を聞こうとしてくれている。それならわたしも、誤魔化したり、人に頼ったりばっかじゃだめだ。ちゃんと胸の内を言わなければいけない。
「・・・・・・特別何かがあるってわけじゃないんだけど・・・」
「ああ」
「降谷くんって、わたしが呼びかけたときに・・・・・・・・降谷くんの様子がどこか他とは違って見え・・・ました」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
言った。
言った・・・・けど、どうなんだろう。どう思ったかな。
そんな小さいこと気にしてあほらしい、とか?お前の気のせいだろとか?
長いようで短い沈黙が落ちて、不意に降谷くんが自分の前髪をぐしゃりと握りつぶした。
「・・・・・・ほんと、名字の人を見抜く力には恐れ入るよ」
ぱらぱらと褐色の指の間から金糸がこぼれ落ちる。
「でもその原因は分からないなんて、自分のことに関しては鈍いんだな」
「それ、諸伏くんにも言われた・・・」
「だろうな。ヒロは何もかも分かってたってことか」
苦笑いをする降谷くんの表情に少し照れのようなものが垣間見えて、どういうことかと首を傾げる。
「・・・その通りだよ。名字の言う通りだ。だけど僕は自分のそんな些細な感情をまさか気取られるとは思ってもいなかった」
「うん」
「本当に名字が悩むことなんてひとつもない、・・・・・・くだらない感情なんだ」
「くだらない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・やきもち、かな」
「っ」
や・・・!・・・・・・・・やきもちですと!?
「そ、それはまた・・・・・どういうことで?」
ぐしゃぐしゃと前髪を乱した手で目元を押さえた降谷くんは、はー・・・と長い息を吐き出すと、しばらくの後、何もかも吹っ切れたような清々しい表情で真っ直ぐにわたしを射貫いた。
「ここからは、本音ではっきり言うよ」
「は、はい!お願いします」
「・・・・・・僕は、名字のことをいい友人だと思っている」
「っへ」
「男女分け隔てなく、人の裏をかかず、授業を一生懸命受けて、時間外にも教官に質問に行き努力を惜しまない姿も好ましい」
「っこ・・・!」
「これまで人に見せていなかった自分を言い当てられて戸惑うこともあるが、ありのままを受け入れてくれる名字になら、どんな心の内を見せてもいいんじゃないかという気にさせられて・・・・・・そういうところも、名字に惹かれる理由の一つかもしれない」
「ち、・・・・・・っちょちょちょ、いきなりなに!?恥ずかしいんだけど!」
「名字は自分のことには鈍感みたいだからな。全部言葉にすることにした」
「とは言いましても!」
「いいから聞いてくれ」
降谷くんはもうすっかり吹っ切れたようで、ものすごく恥ずかしい言葉を並べ立ててると思うんだけど、その口調に淀みはない。美しく顔貌の整ったイケメンに真剣な顔でお願いされれば、黙って頷く他ない。
「とにかく僕は、名字のことを気の置けない、ヒロや伊達班長、松田や萩原みたいに、これからもずっと一緒に歩いていきたい友人だと思っているんだ」
もうほんとやめて・・・・。恥ずか死ぬ。
いつまでわたしはこの辱めの拷問に耐えなければいけないんでしょうか・・・・。
「だから、名字にも同じように思ってもらいたかった」
「え?」
「いつまでたっても降谷くんなんて他人行儀で呼ぶ名字に、やきもちを焼いてたんだよ」
「あ・・・」
「分かったか?僕の態度が変だった理由」
「わ、分かった・・・・・・」
「態度に出したつもりはなかったし、自分でもそこまで気にしてるつもりなかったんだけどな」
「・・・うん」
「正直言うと、今日のことはちょっとむかついてたんだ。僕は名字にくん付けなのに、何でヒロは名前呼びになってるんだ、ってな」
「な、なるほど」
それが、諸伏くんが今回の指令を出した目的だったということか。
「・・・・・・・・・・・・なんか、今頃恥ずかしくなってきたな」
「えぇ!さっきまですごい生き生きと喋ってたのに!?」
耳の先がほんのりと赤くなって、また前髪をくしゃりと掻き上げる。
照れると前髪を触るの、降谷くんの癖なんだろうか。
「わたしもきいてて恥ずかしかったけど・・・・・・でも、ありがとう。全部言葉にしてくれて。心の内を伝えるのってすごく勇気がいるよね」
「こちらこそだよ。悩んでることを言ってくれてありがとう。それと、やっぱり悪かった」
「え?」
「さっきヒロと話してたのきいて納得いったよ。名字は人を呼び捨てにするのにあまり気が進まないんだろ?」
諸伏くんからの指令で、呼び捨てにするわけにいかないからヒロくん呼びをしたという話のことだ。だけど、気が進まないというのは真意ではない。本当は、わたしが勝手に原作のイメージでみんなを見ているせいだ。なんなら降谷くんのことは降谷さんとお呼びさせていただきたいくらいなんだけど・・・・・。
「呼ばれ方くらいで相手の気持ちを推し量って、勝手に拗ねて、名字に無用な心配させた。俺もまだまだだな・・・」
申し訳ないのはわたしの方だ。キャンプのときだって、降谷くんは言ってた。もっと親しく呼んでくれたら、みんな喜ぶって。
目の前の降谷くん自身を見ていなくて、降谷くんに不安な思いをさせたのはわたしだ。
「わたし、頑張る」
「え?」
「呼び捨てはやっぱり恐れ多くてできないけど・・・」
「恐れ多い?・・・・・・・じゃあなんて呼ぶんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・れ」
「・・・・・・れ?」
「・・・・・・・・・・・・れ・・・・・・・・・・ぃくん」
「・・・・・・・・・顔、真っ赤だぞ」
「が、がんばるから!」
「いや、遠慮しとくよ」
「え!?」
「僕もヒロみたいにその顔に変なスイッチ入れられたら困るからな」
「っへ」
「それに、呼び方なんてどんなものでも、気持ちさえつながっていればいい。だろ?」
「・・・・・っうん!わたしも、降谷くんはすごくすごく大切な友達だよ!」
「ああ。・・・・・・・ありがとう」
本音を言い合えて、どんな自分でも受け入れてくれて、そしてこれからもずっとずっと一緒に歩んでいきたいと思える人と出会えるなんて、わたしたちはなんて幸せ者なんだろう。降谷くんに出会えて良かった。伊達くん、諸伏くん、萩原くん、松田くん、みんなに出会えて良かった。
この5人の未来を、わたしは絶対に守らなければいけない。