結局あの後も松田くんに付き添われて寮に帰宅し、濡れたスーツを抱えて戻ってきたのを見られた同室の子達にひどく心配されることとなった。
コインロッカーに入れっぱなしにしてしまった荷物は次の日に再び外出届を出して取りに行ったが、恐る恐る見に行ったあの現場は跡形もなく片付けられており、何も知らない通行人が忙しなく行き交っていた。
命がひとつ消えたことをどれだけの人が心にとめおいているのか、少し虚しい気持ちを覚えたが、現場を見ても落ち着いていられる自分にほっと安心した。あのとき過去がフラッシュバックしたのは、やはり雨が降っていたことが大きかった気がする。
やっぱり、雨は苦手だ。
「名前は希望部署どうするの?」
「んー。決めかねてて悩んでるんだけど・・・・」
「どことどこ?」
「刑事部と生活安全部と交通部と警備部」
「候補多過ぎでしょ」
「ですよね」
同班の女子たちとお昼ご飯を食べながら、今日配られた希望部署調査のプリントをみんなで取り囲む。
「でも警備部は意外だな」
「そう?一応爆弾解体の基本なら勉強してるんだけど」
「え!?しかも爆処!?」
「ないない!全然名前のイメージじゃないよ!」
「でも名前確かにプログラムとかパソコンとか得意だもんね」
「じゃぁ生安のサイバー犯罪対策課は?」
「そうなんだよねー。そういうのもあるよね。先のことを考えるといろいろ悩んじゃうんだよ〜」
「先のこと?」
だんだんと食堂が混み始めたので、プリントを回収して席を詰める。
今日のご飯、炊きあがり具合最高。
「いろいろだよ、いろいろ」
「ふーん・・・。そういえば名前って、警察学校入ってすぐの頃、児童虐待撲滅!って息巻いてなかったっけ」
「ああ・・・よく覚えてるね。それは変わってないよ。児童虐待は絶対許さない」
「じゃあやっぱり生活安全部じゃない?」
「・・・うーん・・・・・」
曖昧な返事しか返さないわたしにこれ以上新しい展開はないと見たのか、わたしは交通部かな!ミニスカポリスするんだ〜と別の友人へと話題が移っていく。
児童虐待をなくしたいと思ったのは、留木さんのことがあったからだ。高校を卒業する頃に彼女の母親と話す機会があり、経緯を少しだけ聞くことがあった。留木さんは、父親から日常的に虐待を受けていたらしい。それで、できるだけ母親のいない時間帯に家に帰らなくていいよう、毎日放課後は図書館に残っていたのだ。
「わたしは警務部で未来のエリート候補を捕まえるつもり!」
「でも警備部の男子も鍛えられててかっこいいよ〜?」
「あんたら、そんな欲に塗れた動機で警察官になるつもり!?」
「あははは!うそうそ冗談だよ。でもちょっと期待しちゃうとこはあるよね〜」
ただ純粋に警察官を目指すなら、みきちゃんの言う通り、生活安全部一本だったと思う。だけど今は別の目的もできた。あの5人を救うため、殊更期日の近い萩原くんや松田くんを救うために、1番都合のいい部署を選びたい。
「そう言えば、伊達班の5人はどこを希望するんだろうね」
「あぁ、今年の鬼塚教場一の出世頭が集まった班ね」
「名前仲いいじゃん。何か聞いてる?」
「さぁ?まだそんな話はしたことないな」
「ふーん。ま、あの人達ならどこからでもお呼びがかかるよね」
「だね」
「そう言えば、あの班の萩原くんと松田くん、この間街で見かけたよ」
「え、いついつ?」
「土曜日だったかな。ちょうど昼くらい」
土曜日・・・・?
「たぶん合コンかな?めっちゃ美人な女子いっぱいいたし」
「さっすが〜。うちが誇るイケメン三大巨頭の一角!」
「三大巨頭って、あとひとりは降谷?」
「え!諸伏くんも入れてよ〜!」
「ちょっと待って。男らしい伊達くんは抜けないわよ」
「分かった分かった。じゃぁ五大巨頭にしよう」
土曜日の昼くらいって・・・、合コンって・・・・・・?
「ゆ、ゆっこ!」
「どしたの?名前」
「それって、その後2人はどうしたの?」
「さぁ分かんない。どっちも女の子連れてそれぞれお店出て行ったから、デートでもしてたんじゃないかな」
「やっるー!」
あの日、気づいたら松田くんがわたしの手を引いていて、ファミレスのソファ席で他愛のない話をぽつぽつと交わしながら、門限ぎりぎりまでずっと隣にいてくれた。思い返せば、その間松田くんが携帯を触っていた記憶はない。
もし本当に誰か女の子と一緒だったのなら、その相手はどうなったんだろう。ずっとわたしについていて、松田くんはそれで良かったんだろうか。
胸がぎゅっと苦しくなったけど、これがなんの痛みなのか、はっきりと答えを出してしまうのが怖くなった。
その日の夜、こちらもまた同じくして希望部署の話題で盛り上がっていた噂の伊達班の面々に捕まり、ちょっと松田くんの顔を見るのが気まずいなんて思いながらも結局同じテーブルにお邪魔することになってしまった。
だって諸伏くんがにっこり笑顔で座りなよなんて言うから・・・・・ノミ虫みたいな心臓しか持っていないそこらの平凡な小娘が断れるわけないじゃないか!
自由時間の食堂は鬼門。覚えとこう。
でも自動販売機がここにしかないんだよなぁ・・・。
「だから俺らは爆発物処理班で決まりってこと!」
萩原くんが松田くんの肩に腕を回して、なっと問いかける。
「おう」
「お前ら機械とかいじるの得意だもんなー」
「陣平ちゃんと俺で、爆処の二大エースになってやるからお前ら見とけよ」
「楽しみにしてるよ」
萩原くんの目も、松田くんの目もきらきらと輝いている。これからたくさんの事件を解決して、警察官としての輝かしい道を突き進んでいくのだと信じて疑わない表情に、胸がぐっと熱くなる。
2人は本当に、超大活躍の爆処の新人二大エースになるんだよ。少年のような笑顔を見せる彼らにそう言ってあげたい。そして、いつまでもずっと、こうして2人で笑い合っていける未来を守ってあげたい。
「俺は刑事部を目指す」
「あー分かる!班長は犯人追いかけて問答無用で引き倒してるイメージ!」
伊達くんが力強く頷き、確実にわたしの記憶と同じ道を進んでいる現実を痛感する。あの終末に近づいていることを悲しめばいいのか、わたしの知識から外れていないことを喜べばいいのか。
「降谷と諸伏はまだ決まっていないとして、名字は何か希望はあるのか?」
「名字ちゃんも爆処、だよね?」
「え・・・!?」
伊達くんの問いに、わたしが答えるよりも前に萩原くんが口を挟んだ。
「名字さんが爆処!?」
「本当か?」
みんなが驚いたようにこちらを見る。
「いや、え!?なんでそれ・・・?」
「今日のお昼、食堂で女の子達で話してたでしょ。近くを通ったときにちょっと聞こえたんだ」
「ああ・・・・なら、全然わたしのイメージじゃないって言われたのも聞こえたんじゃない?」
「でも爆弾解体の勉強してるんでしょ?」
「え!すごいな、そうなんだ?」
「本当に基本だけだよ。ちょっと良いかなって言ってみただけ。わたしには無理無理」
「無理なことなんてないよ」
心なしかきらきらした目で諸伏くんに見られたため、苦笑いをして返す。しかし、間髪おかずに否定された言葉に、少し驚いて萩原くんを振り返った。
「名字ちゃんがいつも人一倍勉強して頑張ってるの知ってるよ。どんなことも、諦めないでいいんじゃないかな」
びっくりした。
大体どんなことにも同意して頷いてくれる萩原くんだから、まさかこんなに真正面からひっくり返されるとは・・・・。
「あ・・・りがとう」
「うん」
「そうなったら爆処は三大エースだな!」
「俺らがいれば日本の警察界も安泰だな〜」
「は、言ってろ」
萩原くんがいつもの調子で軽口を叩いて、松田くんがそれを鼻で笑う。
すぐに賑やかになって、口々に先輩から聞いた体験談やら、今の間にとっておくと有利な資格などを話し始め、あっという間に話題は転換していく。
楽しそうに話す萩原くんを見つめながら、さっきの真剣な目を脳裏に浮かべる。
無理じゃない 諦めないでいい
真っ直ぐ伝えてくれたその言葉たちは、ここのところ、救済のことで悩みがちになっていたもやもやとした心まで晴れやかにしてくれるようだった。
「そう言えば陣平ちゃん、この間女の子放って帰っただろ」
何気なく放り込まれた一言に、心臓がどくりと脈を打った。