「デートを途中でドタキャンされたって聞いたけど」

「あー・・・いいんだよ。あれは」


「なになに、何の話?」


萩原くんの言葉に興味なさげにコーヒー缶を傾けた松田くんと、不思議そうに首を傾げる萩原くんを交互に見て、諸伏くんが声をかける。


「この間高校の時の同級に集まりに呼ばれたんだけど、行ってみたら合コンっぽいやつでさ」

「おお」

「まぁそれはいいんだけど、そこでどう見ても陣平ちゃん狙いの子がいて、途中で2人とも出ていったはずなんだけど・・・・」

「へぇ〜!で、どうなったの松田?」

「どうもねぇよ。用事があったから分かれた」

「ふーん・・・。あの子、見た目でいくなら陣平ちゃんのタイプだと思ったんだけどなぁ」

「てことは超かわいいってことだ」

「面食いだからな」

「面食いだな」

「うるせぇよ」


面食いっていうのは、前にわたしが占いと称して言ったことだろう。こっちを見てにやにやされても困る。もしかしなくとも、松田くんの用事とやらはわたしだからだ。





ほどなくして解散となり、それぞれ自習室やらPCルーム、寮に戻るなど分かれていく。その中で一人、ゴミ箱にコーヒー缶を捨てにいった背中を呼び止めた。


「松田くん」

「・・・なに?」

「この間の・・・・・土曜日のこと、ありがとう」

「ああ、別に」

丁度ゴミ箱の投入口のところで止まっていた手がそれを放し、スチール缶が小気味良い音を立てて箱の中に落下する。

「迷惑かけてごめん」

「謝らなくていいって言っただろ」

「・・・うん」


あの日、寮まで連れて帰ってきてくれたときと同じ会話を繰り返す。

他のみんなは既に出て行って、いつも人の話し声や活気で賑わっている食堂が静寂に包まれる。それが変に気になり始めて、どう切り出そうかと頭を巡らせていると、じっと止まっていた松田くんの体が動いた。

「あ、の・・・!」


「もうちょっと話して帰るだろ?座れば」

「え、」


余りに沈黙が長すぎて帰ってしまうのかと思えば、近くのテーブル席に座った松田くんが、その隣の席を指し示した。


「お、お邪魔します・・・」

「・・・なんでそんな緊張してんの?」

「っへ!?」

「この間の、意識してる?」


い、意識なんて・・・・・・!



「するよ!そりゃ!」

「いや、んな勢いよく言われても・・・」

「します」


男の子に抱きしめられて、松田くんにあんなに優しくされて意識しない女子なんているんでしょうか、いやいるはずない。



「お前が安心するって言ったからしたんだろ」

「・・・?」


「俺の匂い。安心するって言ってただろ」


「・・・・・言った・・・・けど・・」


まさかそれで、抱きしめてくれた?近くにいてくれたの?



「・・・・まぁいいけど。で、なんか話?」

「・・・さっきの、萩原くんが言ってたドタキャンって・・・」

「ああ・・・・・気にすんな」

「でも、それってわたしのせいだよね?」

「気にしなくていい。別にあれは彼女じゃねぇし」

「あの後連絡した?弁解できた?」

「なに。名字は俺とあいつをくっつけたいの?」

「え・・・!?」

「・・・・・・」

「全然違うけど!」

「・・・・・あっそ」


あっそ?あっそって何!?
こっちは気にしてるってのに。わたしが取り乱したせいで、松田くんを拘束してしまって、松田くんにとって不利益なことにならなかったかって!


「だって、タイプの子だったんでしょ?」

「そうでもねぇよ」

「うそだ」

「お前見てねぇだろ」

「萩原くんが言ってた」

「とにかく、俺は女に飢えてる訳でもないし、名字の方が大事だった。それだけ」

「・・・・・・・・」


こ、この人は・・・・・。



「それより、お前は大丈夫なのかよ」

「あ・・・、うん。それは本当にありがとう。松田くんがいてくれて本当によかった」

「・・・最初からそう言えばいいんだよ」

「いや、・・・・・・・うん」


わたしが松田くんの彼女で、松田くんがわたしの彼氏ならそう言いますけども・・・。ただの友達ポジションのやつが、相手にとっては意味不明な理由で女の子とのデートを邪魔して付き合ってもらったのに、あなたがいてくれて良かった、はいそうですかってなる訳ないよ。

とは心の中だけの独白にして、今度は、反対に何かを考えるような顔をしている松田くんの言葉を待つ。



「・・・・・・・・名字ってさ、・・・」

「うん」

「・・・・・・・・・・・・いや、やっぱいいわ」

「・・・なに?いいよ。言って?」



「・・・・・・お前って、血が苦手なの?」



ああ。






「・・・・雨、かな」


雨は、どうにも昔が思い出される。



「・・・雨?」

「うん。でも大丈夫。この間はちょっといろいろ重なっただけ」

「ふーん」


言葉を渋りながらも聞いてきた割には、どうでもよさそうな、何を考えているのかよく分からない返事だった。松田くんもそれ以上聞く気はないようで、とりあえずわたしも聞きたいことは聞けたし、言いたいことも言えたので、解散にしようかと席を立つ。思ったよりも普通に松田くんとしゃべれたことと、合コンの話で自分の胸がざわつかなかったことに安心した。




「じゃあまた明日!おやすみ〜」

「おう」

男子寮と女子寮に分かれる廊下で手を振り、松田くんが背中を向けたのを確認して踵を返す。

いろいろと考え悩むこともあったけど思ったよりもいい1日だったかも、なんてさっきまで松田くんと話していた会話の内容を思い返しながら歩いていると、後ろから名前を呼ばれて振り返った。
半身だけこちらに向けた松田くんが廊下の向こう側で立ち止まっていたので、慌てて隣まで駆け戻る。



「なに?」

見上げれば、おかしそうに笑う松田くん。


「お前、ペットみたいだな」

「・・・・・そんなこと言うために呼んだの?」

「ちげーよ」

くくく、とまた笑った松田くんは、口元にあてていた手をぽすりとわたしの頭に乗せた。



「またなんかあったら、俺に言えよ」

「・・・・・え」

「友人特別サービスで3回まで胸を貸してやるよ」


ぐしゃぐしゃと洗い立ての髪の毛を混ぜられて、最後に乱れた頭をぽんぽんと叩いた手は、そのまま後ろ手にじゃあなと振られた。
今度こそ振り返らずに去って行った背中を見送り、わたしも廊下を歩き出す。



「・・・・・3回って、ケチじゃん」


ほっぺたが、めちゃくちゃ熱い。



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