「な、何してるの・・・?」
「「!」」
深夜0時を少し過ぎた頃、寝苦しさを感じて目が覚めた。
萩原くんとあの話をしてからというもの、ひとりになって目を閉じると、これまでのいろいろなことが頭の中でぐるぐると思い出されて中々寝付けなくなってしまった。
他の子たちを起こさないようにしばらくベッドの上でじっとしていたが、右を向いても左を向いてもどうにも体の収まりが悪く、寝台の仕切りカーテンをそっと開けて部屋を抜け出した。少し廊下を歩いて気分転換を図ろうと思ったのだ。だというのに。
「だ、っむぐ・・・んん・・・・・・!」
扉を開けたら目の前に人影が二つ。しかもどちらも大きい。男性だ。
女子寮に男性がいるはずがない。大声を上げようと思ったところで、口をふさがれた。そのまま男性の体が肉薄し、壁に押しつけられる。両手首もまとめ上げられ、下半身までホールドされているようで、筋肉質な分厚い体と壁に挟まれ完全に身動きがとれなくなった。
「むむ・・・!」
「しー!・・・・・青田、お前は先に目的果たしてとっとと戻れ」
わたしを押さえつけている男性がもう一人に声をかける。囁くような低い声と、空気の揺れが直接耳に届いて、背中がぞわりと粟だった。
「っん」
「・・・・・・・・・」
もう一人の気配が遠ざかって、未だ身一つ動かせないこの状況をどう切り出そうかと、もうやけくそで騒ぎまくって人を呼ぼうかとも思ったとき、男性の体がさらにぎゅっと寄せられ、先ほどよりも更に潜められた声で名前を呼ばれた。
「名字だろ?」
「・・・!?」
「俺だよ」
よく聞けば、知ったような声の気もする。それに、この匂い・・・・・・。
「手、放すけど騒ぐなよ」
「・・・ん・・・・・・もしかして、松田くん・・・?」
「そう。とりあえず匿ってくんない?」
体も解放されて、少し暗闇に慣れてきた目を目の前の男にじっと懲らしてみれば、不審者の正体は何を隠そう松田陣平その人であった。・・・何してんの?この人。
「これ名字のベッド?」
「うん」
扉の前での攻防を終え、いったん部屋に入れてという松田くんをそっと引き入れる。仕切りカーテンを開けたままにしていた誰もいないベッドを見てわたしのだと判断したようで、遠慮もなくそこに乗り上げる松田くんを見ながら、一体何が起きているんだと眉間にしわが寄った。さっきまで、まさにこの人のことを考えて眠れなかったというのに。
部屋のど真ん中に突っ立っているわけにもいかないので、わたしも同じくベッドに上がって静かにカーテンを閉めた。
「まじびびったわ」
「びっくりしたのはこっちだよ」
こそこそと内緒話をするように言葉を交わす。みんなぐっすり寝ているとはいえ、あんまり騒がしくしていると起き出す子が出るかもしれない。
「悪い悪い」
ははっと息を吐くように笑う松田くんは胡座をかいてリラックスしているようで、カーテンもびっちり閉まった狭いシングルベッドで小さく体操座りするわたしの方がまるでよそ者だ。
「ちょっと賭けに負けて、罰ゲームやらされてるんだよ」
「罰ゲーム?」
「そ。さっきいた青田は1番奥の部屋のナンバープレートを持って帰るのが任務」
「・・・・・・・・」
男子って、そういうくだらないの好きだよね・・・・・。
別にいいんだよ?びびったとか言いながらなんか楽しそうだしいいんだけどね?扉開けたら真っ暗闇の廊下にがたいの良い男性が二人もいて、全身がっちり押さえつけられた女子の心臓に与えるショックを考えようよ。
「・・・・で、松田くんは?」
「俺は女子寮で1時間時間潰して帰ること」
「1時間!?」
「そ」
「よくそんな罰ゲーム受けたね・・・。たまたまわたしと出会ったから良かったけど、そうじゃなかったらどこで1時間も過ごすつもりだったの?」
「ここだよ」
「え?」
「もともとお前のとこに行こうと思ってたんだよ。入ろうと思ったらそっちから扉が開いたからまじびびったんだぜ。ははっ」
やっぱり楽しそうに笑う松田くん。
待て待て、突っ込みどころはいっぱいある。
「夜は鍵閉めてることあるよ」
「どうとでもなる」
「ベッドはカーテン閉めてるから、どれがわたしかどうやって見分けるの?」
「ベッドの前に置かれてる私物で分かる」
「わたしが寝てたら?」
「起こす」
「起きた途端叫んだら?」
「さっきみたいに口ふさぐ」
「暴漢じゃん」
「俺だって分かるだろ?」
・・・・・・・・・だめだこりゃ。
松田くんって、常識人と思わせといて案外ぶっ飛んでるとこあるよね。
「てかさ、」
壁側にもたれかかって片膝を立てている松田くんがちょいちょいと手を招いて、こっちに来いと隣を指し示す。
体操座りをしていた足をほどいて、2段ベッドになっている上のベッドに頭をぶつけないよう、四つん這いのままずるずると寄れば、肩を掴まれて、松田くんの体が前傾姿勢で近づいた。また、あの匂いが鼻先を掠めた。
気づけば松田くんの顔がすぐ横まで来ていて、少し癖っ毛の黒髪が頬をくすぐる。唇が、ほとんど耳についていたように思う。
「お前って、耳弱いの・・・?」
「っんん・・・」
言葉に合わせて動く唇が耳の端を掠めて、低く抑えられた声が吹き込まれる。
上擦った、誰が聞いても甘い声が喉から漏れた。
「っ!」
思わず両手で口を塞いで飛び退けば、少し前方に体を傾けたまま固まっている松田くんが驚いたような顔でこちらを見ていた。
「〜〜〜〜っば」
「ばか!でかい声出すな!」
ばっかじゃないの!?
叫ぼうとした口を、わたしの両手の上からさらに大きな手が慌てて塞いだ。顔を左右に振って剥がそうとするが、がっしりと掴まれて離れない。
「静かにしろ。周りが起きるだろ」
自分が悪いんでしょーが!
睨みつければ、さすがに自分のしたことを分かっているのか、申し訳なさそうに目を細めた。
「悪かったって。悪戯が過ぎた」
「んむむ」
「さっき廊下でも耳元で喋ったときびくびくしてたから、ちょっといじりたくなったんだよ」
「んんん!」
「だから悪いって。もうしねぇから」
「うむ」
「はは!うむって何だよ」
掴んだ手を放す気がないのか、わたしの口を塞いだまま会話を続ける松田くん。
なんかまた楽しそうだし、本当に反省しているのか甚だ怪しいが、今日はいつもよりよく笑うな、なんて、すぐに絆されて怒る気力のないわたしもわたしだ。
フリースペースでの、萩原くんとの会話がまた思い出される。
松田くんはわたしを特別扱いしていて、わたしは松田くんを好きって話。
松田くんは、自分のやりたいことをやる自分勝手なとこがあって、無愛想だったり、喧嘩っ早かったり、仲間と思っていない相手には全く気を遣う素振りもない困ったところがある人だ。
だけど、飾らない言葉には強い芯が込められていることを知っている。
弱っているときには何も言わず傍にいて、無償の優しさをくれた。
他の女の子には見せないその笑顔も、髪や頬や手や耳に無遠慮に触れてくる少し高い体温も、安心させてくれるこの匂いも、ぜんぶぜんぶ。
松田くんのどれもかもを、ひとりじめしたいと思ってる。
特別扱いしてほしい。
本当の松田くんを、他の女の子には見せないでほしい。
どうしようもないくらい。
松田くんのすべてに、苦しいほど心臓が締め付けられている。
カーテンで仕切られた暗くて狭い空間で、彼と過ごす深夜の1時間がずっと続けばいいと願った。
どんどんと降り積もるこの気持ちは、もうそこまで形が見えている。