「これで残りは62、と・・・」


米花グランテージレジデンスの文字に定規で赤ペンを引っ張り、大分赤く染まった手帳を眺める。二重丸や三角印がついたマンション名をもう一度確認しつつ、正午過ぎの強い太陽の光を浴びて水滴がきらきらと光るグラスを手に取り、ストローに口をつけた。




大通りに面したカフェのテラス席でぼーっと通りを行き交う人を眺めていると、横断歩道をこちら側に渡ってくる、背の高い男性2人組が目にとまった。

スタイルめっちゃ良い、おしゃれ、イケメン臭が溢れ出てる・・・・・・なんてぼんやり見ていると、知り合いでもいたのか、その内の片方が手を振った。



「名字ちゃーん」

「・・・・・・・・・・・・・・・え!?」


横断歩道を渡りきって、そのままテラス席までやってきた2人の顔を見て、ようやく誰だか気がついた。



「萩原くんに松田くん!?」


イケメン臭が溢れてるとかぼけたこと言ってたの誰!正真正銘まじのイケメンペアじゃん!ていうか私服!かっこよすぎて眩しい・・・!こんな都会の街中で見ても一切陰らないどころか、一際輝いてる!


「あれ、今頃気づいたの?」

「ふ、ふたりともかっこよすぎるんだけど・・・!」

「ははは!名字ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ」

「いっつも顔合わせてるだろ」

「いやいや!私服だとまた破壊力が一段と増します」

「ほんと名字ちゃんって面白いよね」


どちらもしっかりとした品のある雰囲気を保ちつつも、今時のはやりを嫌味なく取り入れていて、更にはそれを自然に着こなしてしまう中身のポテンシャルが高すぎて、より一層スタイリッシュな仕上がりになっている。


「名字ちゃんも出かけてたんだね」

「うん。ちょっといろいろね」


「・・・・マンション名?」

「!」


松田くんの言葉に振り返れば、その視線はテーブルに広げたままにしていた手帳に注がれており、そこに伸びようとしていた手が届く寸前、慌てて手帳を取り上げた。突然手元から手帳が抜き去られて、松田くんが驚いた顔でわたしを見る。


「・・・・え、なになに?」


「いや、別に」

「その返しは怪しいだろ」

「あ、怪しくないよ」

「名字ちゃんって隠し事苦手?」


「・・・・・・・・・ちょっと、調べ物してただけ」


「見られたくなかったら見ねぇよ」

「ごめんね、びっくりさせたね」


見られたくないものを無防備にテーブルに出しっぱなしにしていたのはわたしだ。2人に謝らせる筋合いはない。こっちがごめん、と伝えていそいそと鞄の中に手帳をしまった。




「そういえばなんで2人はスーツじゃないの?」


「あー・・・、ここ、座っていい?名字ちゃんまだ時間大丈夫?」

「? うん。もちろん」


ほんの少し気まずげな顔をした萩原くんは正面のイスを引いて座り、飲み物を注文しに行くと言った松田くんに、ジンジャーエールを言付けた。
松田くんの背中が去って行くのを見送って、少し声をひそめた萩原くんが顔を寄せる。



「実はさ、さっきまで合コンだったんだよね」

「え・・・」

「勘違いしないでね。呼ばれて行ったらそうだったってだけだから」


前もそんなこと言ってなかったっけ。同じ人に呼ばれたのかな。うん、と頷けば、だからね、と念押しするように言われた。

「陣平ちゃんは、進んで参加した訳じゃないよ」

「っそ、・・・そうなんだ」

「この後も誘われてたけど、どれも断って今こうしてここにいるしね」

ちょっと安心したような、でもやっぱりいろいろな女の子に声をかけられていたのかと思うと、複雑な気持ちがもやもやとわき上がる。
わたしが松田くんのことを好きかもしれない、ということは、既に萩原くんにバレている。自覚したんでしょ、と呼び出され、今もたまに夜のフリースペースでの密会という名の報告会は続いている。



「名字ちゃんはこのあと予定は?」


先ほど赤線を引いたばかりの手帳を頭に浮かべながらざっと予定を反芻するが、不動産との約束はすべて午前中で終わったし、今日はもう街をぶらぶらしようかなくらいしか考えはない。


「映画見るか、買い物するか・・・・得にはないかなぁ」

「映画?」

「うん。新作」

「・・・・・それって、もしかして“THE THEORY OF EVERYTHING”?」

「そうそう。もう見たの?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど」

「?」

「恋愛映画なんだよね?」

「恋愛というか、ALSっていう病気と、愛と、人生のあり方についてを描いた映画かな」

「ああ、そうなんだ」

「まぁ一人で見るにはちょっと行きづらくて悩んでるんだけどね」


前の世界で見た映画とそっくりだったから、見に行ってみたいと公開日をチェックしていた。当時は日本語タイトルがついていたと思うんだけど、なんだったかはもう記憶が薄い。


「どこかで話題にでも上がったの?」

「んー、・・・それを見に行きたいって、陣平ちゃんを誘ってる子がいたんだよ」

「あ・・・なるほど」

「その子は恋愛映画って言ってたんだけどね」


ジャンルとしては確かに恋愛映画の分類だとは思う。松田くんが恋愛映画を見てるところはちょっと想像し辛いかもしれない、と苦笑いで返す。映画の途中で寝ちゃってるか、こっち見ようぜとか言って最初から違うのを推してきそうだ。

松田くんはまだかな、と注文カウンターの方へと視線を移したとき、「いいこと思いついた」と小さく聞こえた声に振り返れば、萩原くんがいたずらっ子のような顔でにやりと笑っていた。


「え?」

「俺ちょっと陣平ちゃんの様子見てくるわ」

「うん・・・?」

善は急げとばかりにさっさとカウンターの列の方へと消えていった萩原くんを見送って、またぽつんとひとり、テラス席でストローをくわえ込む。目の前を楽しそうに話しながら通り過ぎる女性たちを見て、さっきまで松田くんが参加していたという合コンが思い浮かんだ。

前回は2人で抜け出したお相手がいたのに、今回は全部断ったということは、タイプの子が見つからなかったんだろうか。松田くんのタイプって、どんな子なんだろう。清楚系?美人なお姉さん系?それとも甘え上手な年下系?
さっき通り過ぎていった花柄のきれいなワンピースが脳裏を掠め、自分の格好を見下してみる。松田くんに会うと分かっていたら、もう少し可愛い服に着替えてたのに・・・・・・。




ガタリと椅子を引く音がして視線を戻すと、さっきまで萩原くんが座っていた席に松田くんが背もたれへ体重を預けて腰掛けていた。


「おかえり。時間かかったね?」

「あぁ。混んでた」

「萩原くんは?」


松田くんのところに行ったはずの萩原くんがいなければ、萩原くんが頼んでいたジンジャーエールもなく、松田くんが持って帰ってきたのは、相変わらず今日もコーヒー一択それのみである。首を傾げれば、ちらりと松田くんがこちらを見た。


「女に呼び出されたってよ」

「へ?」

「さっき合コンだったって聞いたんだろ?そこで萩原に声かけてた女と遊んでくるんだとよ」

「あ、・・・そ、そーなんだー」


遊ぶ・・・? 女と遊ぶ? 萩原くんが!?
なんか響きがエロいんだけど、萩原くんって女の子と何して遊ぶの??
・・・・・・知りたい。めっちゃ知りたい!



「・・・変なこと考えてんじゃねーだろうな」

「え!?へ、変なこと!?」

「お前ほんと誤魔化すの下手だな」

「だって・・・!松田くんが女と遊ぶとか言うから!」

「別に普通のことしか言ってないだろ」

「・・・そうだけど・・・・・・」


言葉を詰まらせたわたしを見て、テーブルに肘をついて頬杖をしながらストローに口をつけていた松田くんが、少しの間の後ふと唇を離した。


「何想像してたんだよ、名字サンはやらしーなぁ」

「・・・・っや」


傾いた首元から少し日焼けした白い喉仏が動くのが見え、にやりと上げられた口角と、細められた切れ長の目元で流すように視線を向けられれば、ぎゅっと圧迫された心臓から急激に血液が押し出されて、ぽんっと顔が熱くなった。


やらしいとか言う松田くんがやらしい・・・!

これ以上見ていられなくて、そして松田くんに見られているのも耐えられなくなって、グラスを掴んでいた冷たい両手で真っ赤になった顔を覆うように隠せば、暗くなった視界の向こうであははは!と楽しそうに笑う声が聞こえた。


「ぅう・・・」

「いいじゃねーか、やらしくて。健全健全」

「やらしくない!」

「はいはい。顔なんか隠してないで、俺らも行くだろ?」

「・・・・・・どこに?」

「ア・ソ・ビ」

「松田くん!」

「くくく まだ赤いぞ」


思わず手を放して松田くんをにらめば、にやにやした顔を隠そうともしないで笑っている。ほとんどコーヒーを飲み干していた松田くんが、最後の1口をコップを傾けて飲み干し、わたしのグラスも持って立ち上がった。



「映画、見たいんだろ?」




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