映画は記憶にあったものとほとんど変わらず、何度見ても考えさせられるものがあった。何よりホーキング博士を演じた主演の演技が脱帽もので、さすが主演男優賞を獲得しただけのことはある。

“限界はない。どんなに辛い人生でも、生きていれば希望はある”

難病を患い、余命2年と宣告され、逃れられない苦しみを抱えた本人の言葉だからこその重みを感じる。そんな思い通りにならない自身の状況下で、例え今日が最後になろうとも、後悔しないために全力で愛するというのはどれだけの覚悟だっただろう。



「トイレ行く?」

「うん」


エンドロールのクレジットまで見終わった後、ようやく余韻から重い腰を上げ劇場を出た。結局松田くんは最初から最後まで一切寝ることなく、しっかりと映画を見ていた。


映画館についたときも、わたしが見たい映画は所謂恋愛映画に分類されるもので、アクションなどは一切ないことを説明し本当にこれでいいのかと尋ねたが、松田くん自身はそれになんの異論も唱えず、むしろ何で別の映画にしたがるのかと聞き返されたくらいだった。それはもちろん、合コンで女の子からこの映画を見ようと誘われたのに断ったと萩原くんから聞いていたからに他ならないからなのだけど、そうとは言えず押し黙ったわたしは、差し出されたチケットを素直に受け取った。

寝ずに全部見ていたということは、それなりに楽しんでくれていたということだろう。結果オーライ、かな。




洗った手をハンカチで拭きながら顔を上げると、すぐ後ろに女の子が2人、わたしを囲むように立っているのが鏡に映っていた。


「ちょっと」


「・・・はい?」


何やら機嫌の悪そうな表情で声をかけられ、全く知り合いではないけれども他に人もいないので自分だろうと振り返る。2人ともすらっとした手足に、しっかりとメイクされた美人顔で、適度に露出のあるはやりの服を着こなしている。これで笑顔なら文句なしに可愛いが、口角は下がり、眉間には皺がより、思いっきりにらまれているのでどちらかというと怖い。

わたし、なんかしたっけ?
首を傾げれば、最初に声をかけてきた方の女の子が一歩前に出た。


「あんた、陣平くんと一緒にいたよね」


一体何が原因でガンをつけられたのかと思えば、まさかの松田くん!?


「さっきの合コンにはいなかったよね」

「どういう関係?」


しかも合コンの相手とか、めっちゃタイミング悪い。
ここにいるってことは、多分萩原くんが言ってた、松田くんを映画に誘った子なんだろう。もう一度じっくり観察してみるが、かなりハイクラスな女子で間違いない。松田くんの隣を歩いていてもなんら遜色なく、胸を張って彼女面できる外見をしている。松田くんはこんな可愛い子の誘いを断ってたのか・・・。


「どうってものじゃないけど・・・」

「いつ会ったの?」

「知り合い?彼女?」

「いや・・・」

「てかなんでスーツなわけ?陣平くんと似合ってないんだけど」

「そんなんでよく陣平くんの隣歩けるよね」

「わたしだったら恥ずかしくて無理〜」

「あははは!」



・・・・・・・思ったより面倒くさいタイプの女子だ。

松田くん見る目あるな。面食いとか言ってごめん。見た目以外もちゃんと選んでるんだね。イライラしてきて、嫌なことを言ってしまいそうになっている自分に気づき、これ以上ここにいたくないと踵を返した。


「あ!ちょっとどこ行くつもり?」

「まだ話終わってないんだけど!」

「わたしは何も話すことない」


トイレを出てすぐ、売店の前のソファに座って携帯をいじっている松田くんが目に入り、一歩も足を止めずに大股でずんずんと突き進んだ。目の前に歩いてきたわたしに気がついた松田くんが携帯を閉じて顔を上げる。


「近くにカフェあるけど・・・・・どうした?」


わたしを見上げた松田くんが怪訝そうな顔をする。何でもないって言いたいけど、何も出てこない。


「なんかあった?」



松田くんは誰が見てもかっこよくて、道を歩けばいろんな人が振り替えるのは事実だし、わたしがスーツなのは警察学校の規定で、おしゃれすればわたしだってもうちょっと松田くんに似合う女の子になれる。わたしが、自分を卑下する必要なんてないはずなのに。


立ち上がった松田くんの手がわたしの肩に触れる寸前、背後からさっきの2人の声がした。


「陣平く〜ん!」

「偶然だね!陣平くんも映画見てたの?」

「・・・ああ、さっきの」


肩に置かれようとしていた松田くんの手が止まり、少しの間を挟んで2人に返事をした後、わたしに触れることなく体の横に下ろされた腕を見て、それだけのことで、ずくりと痛いほど心臓が締め付けられた。


「陣平くん何も言わず帰っちゃうから連絡先交換できてなくて焦った〜」

「ねー。ここで会えてよかったよね」

「わたしたちこれからカラオケ行くんだけど、陣平くんも一緒に行かない?」

「なんだったらそっちの子も一緒にきていいよー?」


楽しそうに笑い合う声が、嘲りの声にしか聞こえない。
松田くんはなんて返すの?この子たちと行っちゃうの?

わたしは、行っておいでよ、って言えばいいの。




・・・嫌だ。行ってほしくない。





「無理」

「え?」


ぐいっと強い力に引かれて、目の前にある胸板におでこがぎゅっとくっついた。腰に、温かい感触が回っている



「ど、どういうこと?」

「っその子とどういう関係?」


わたしの混乱した気持ちと、女の子たちの戸惑いの声がシンクロしたように重なる。何が起きた?何で抱きしめられてる?

松田くんの手が頬に触れて、そのまま上を向かされる。状況が飲み込めなくてうろうろした視線で見上げれば、うっすらと目を伏せた松田くんの顔が近づいてきて、少し傾けられた顔が、まるでパズルのピースのように噛み合いぴったりとくっついた。

目を見開いた先、近すぎるほど近い距離に松田くんの伏せられた長い睫目が見える。唇に、何かが当たっている。きっと、ほんの数秒にも満たない瞬きの後、鼻先を撫でるように離れていった松田くんの顔を目だけで追いかけた。




「こういうこと。俺今こいつとデート中だから、邪魔しないでもらえる?」



それだけを言い捨ててさっさと歩きだした松田くんに肩を抱かれ、隣に並ぶようにわたしも着いていく。後ろの女の子のことなんかもう微塵も気にならない。映画館のフロアを出て、廊下を歩き、エレベーターへと向かう。




「悪かったな」

「・・・え!?」

ぐるぐると今し方起きたことを思い出しながら足だけ動かしていると、突然松田くんが話しかけてきた。丁度やってきたエレベーターに乗り込み、扉が閉まってふたりっきりになったところで肩から腕が離された。


「あいつらになんか嫌なこと言われたんだろ?」

「そっち・・・!?」

「は?」

「いや、もうそんなことどうでもいいんだけど!」

「はぁ?さっきまで落ち込んだ顔してたじゃねぇかよ」

「そうだね!松田くんのおかげで全部吹っ飛びました!」


「・・・・・ははーん。なるほど、お前さっきの気にしてんのか」



腑に落ちないといった顔をしていた松田くんが、ようやくわたしの言いたいことに思い当たったようで、にやりと口角をあげる。この唇がさっきわたしに触れていたのかと思うと、こんな意地悪げな表情にさえ心臓がばくばくとうるさい。

というか、松田くんのこの態度は何?仮にも女の子に勝手にキスしときながら何でなにも悪くありませんみたいな顔してるの?・・・・・もしかして、松田くんって遊び人!?
別の疑惑が浮き上がってきたところで、松田くんが事も無げに言い放った。



「キスの振りしただけだろ。んな気にすんなよ」

「・・・・・・・・え?」


・・・・・キスの、振り?



「・・・もしかして、マジでしたと思った?」

「え、してないの?」

「してねぇよ」

「でも唇に何か当たってたし!」

「指だろ」


「・・・・・指?」



言われてみて、もう1回思い返してみる。抱きしめられたあたりから何が何だかで頭が混乱していたから、ちゃんと思い出せない。首を捻っていれば、こうだよ、ともう一度頬に手を添えられた。


「っむぐ」

「こうやって親指でお前の口押さえてたんだよ」


頬に添えた手の親指で、ぶにっと唇を押しつぶされる。さっきはこんなに強く押されてなかったと思うけど、確かにこんな感じだったような気もする。なるほど、と頷けば、もう一方の手で肩を押され、一歩後ずさった背がエレベーターの壁にぶつかった。


「・・・?」

「で、俺の口がこう」

「!?」


松田くんの顔が傾いて、さっきの光景がフラッシュバックする。慌てて胸元を押し返すが、ぴくりとも動かない。


「ちょ、・・・んん!?」

「もう1回やってやるって。黙ってろ」

「んんん!」


松田くんの顔が近づく。
細められた目がしっかりわたしをとらえていて、顎を固定されて、吐息が、松田くんの指越しに湿った唇にかかる。前にも後ろにも逃げ場はない。どくりどくりと耳の後ろで血液の流れる音がして、どこかからポーンと場違いな機械音がした。

ふと左に視線を向ければ、開いた扉の向こうに顔を真っ赤にした女の人と男の人が立っていた。




「っぶ あはっはは!お前びびりすぎ!」


大笑いしている松田くんの腕を掴んで、真っ赤な顔もそのままに一目散にエレベーターを抜け出した。こいつ、まじでいつか仕返ししてやる。



prev / next


back TOP