「かんぱ〜い!」


グラスやジョッキがぶつかり、透明な滴が衝撃ではじけ飛んだ。



「あ〜うまい!」

「ついに卒業かと思うと一段と酒もうまいなぁ」

「飲め飲め!今日は無礼講だ!」

「名字ちゃんもいるんだからほどほどにしないと」

「・・・ぷはぁっ・・・・おかわり!」

「って名字ちゃん!?大丈夫?お酒強いの?」

「大丈夫大丈夫。店員さん呼びまーす」

「俺ビール」

「俺はハイボールで〜」


次々とみんな一杯目を飲み干し、空っぽになったグラスをテーブルの端っこへと並べていく。



「おい名字、お前あんまりこいつらに釣られて飲み過ぎるなよ」


隣で珍しく既に足を崩し胡座をかいてる降谷くんがグラスを差し出しながら言う。反対隣の諸伏くんへとそれをパスし、代わりにドリンクメニューを受け取る。


「了解しました〜!」

「つぶれたら俺が担いで運んでやるさ」

「さすが伊達くん!頼りになる〜」

「名字、お前もう酔ってるだろ」

「まだまだこれくらい!」


やってきた店員さんに全員分のお酒をオーダーする。最初に注文していたフードメニューも運ばれてきて、だし巻きに冷やしトマトに唐揚げと、口々に注文した好きなものがテーブルに所狭しと並べられる。その中にオリーブがころころと詰まった綺麗なカクテルグラスも混ざっており、誰がこんなおしゃれなの頼んだのかと思えばおれおれ〜と萩原くんが手を上げた。さすが。



「そう言えばもう卒業だっていうのに、松田くんと降谷くん昨日も罰則でトイレ掃除させられてなかった?」

「あー・・・」


相づちのような、唸り声のような、曖昧な声を零した松田くんがビールジョッキを傾ける。正面に座っている松田くんが少し顔をそっぽに向けて、ジョッキで顔を隠した。
黙り込んだ松田くんと降谷くんの代わりに、他の3人がにやにやと説明を始める。


「あれはね、白バイの授業でどっちが先に対象を捕らえるかって勝負を松田とゼロが始めて」

「交通誘導の指示を無視して、止める教官の声も無視して」

「対象の車両の前に白バイをねじ込んで緊急停車させるという危険極まりない行為をしたからだな」


「・・・あれは反省している」

「捕まえたんだからいいだろうにな」

「陣平ちゃんのバイク、あれ排気量いじってただろ」

「お、よく気づいたな。さすがハギ」

「なんだと?そんなのフェアじゃないだろ」

「自分が扱う道具は自分で整備するのが常識だろ?」

「交通規則を守るのが常識です」

「っぶははは!名字さんの言う通り!」

「一本取られたな」


松田くんと降谷くんが痛いところを突かれたと苦い顔をして、押し黙った2人に周りが笑う。何だかんだとからかわれながら結局2人も一緒になって笑うことになって、この5人と話していると、いくらだってお酒が進んでしまう。

きつかった教練の話から、夜中に忍び込んだ第二倉庫が汚すぎてくしゃみが止まらなくなった話、食堂のおばちゃんにサービスしてもらう方法あるあるで盛り上がり、突然諸伏くんが始めた上手すぎる教官の声物真似にみんなで大爆笑した。



初めはこの5人が同期として同じ警察学校にいることさえ知らなくて、人がたくさんいる廊下のど真ん中で降谷くんのことを安室さんって呼び止めたのが始まりだった。今思い返せば、あのとき降谷くんの周囲にはあとの4人も全員いたように思う。それから萩原くんが何かと声をかけてくれるようになって、このメンバーと知り合うことができた。

みんなで少ないランタンを掲げて、冗談を言いながら暗い山道を歩いたこともあった。満点の星にそれぞれの想いを誓い、未来への希望で美しく輝くこの命たちを守ろうと決めた。時には降谷くんとの関係で悩み、関係修復の作戦の一端として諸伏くんの名前を呼ぶのが恥ずかしくて恋人だと勘違いされることもあったけど、あの一件があったから、今では降谷くんとは心の底から思ったことを言い合える関係になれた。


最初は言葉数も少なくて、すれ違っても声をかけてくれることもなかった松田くん。何度も会うようになって、5人の中に加わる機会が増えて、少しずつ近づいていった関係だけど、決定的に何かが変わったのはあの雨の日だった。
ずぶ濡れで冷たくなったわたしの腕を引いて、訳を聞くでもなく、何かを話すでもなく、ひたすら抱きしめて、静かに頷いてくれた。そんな松田くんの分かりにくい優しさとか、温かい体温とか、わたしのためにだけ浮かべられる笑顔を知れば知るほど、彼のことが好きになった。



なんて幸せな数ヶ月だっただろう。かけがえのない、二度と繰り返すことのできない大切な時間だった。




長かったようで、あっという間だった警察学校での日々を思い出しては振り返り、みんなで笑って酒の肴にする。

トイレに行くと言って出て行った諸伏くんの空いた座布団を見て、妙にもの悲しい気持ちになった。



「名字?」

みんなの楽しそうな声をなんとなく聞き流しながら空いた右隣をじっと見ていると、降谷くんに声をかけられた。


「・・・降谷くん・・・・・」

「どうした?」


「・・・・・さみしい」


「・・・卒業が?」

「みんなと一緒に勉強したり、訓練受けたり、おしゃべりしたり、・・・すごく楽しかった」

「ああ、そうだな」

「・・・・・もうこうやってみんなと会えなくなるの、やだなぁ」

「何で?」

「何でって・・・」


降谷くんはさみしくないの?
不思議そうに瞬いた澄んだ青色の瞳をのぞき込めば、優しく目尻が下がる。



「また集まればいいだろ」

「え・・・」

「なんだ、名字はもう俺たちと会わないつもりなのか?」

「っそ、そんなわけ」


でも、だって、降谷くんはじきに公安に配属されて、顔なんて滅多に合わせられなくなるに決まってる。諸伏くんだっていずれそうなるはずだ。警察学校というつながりがなくなったら、萩原くんも伊達くんも、松田くんだって・・・・・会う理由がなくなってしまう・・・。



「俺、名字ちゃんにメールしまくるよ」

「は、萩原くん!?」

「俺のプロポーズにも協力してくれるんだろう?」

「伊達くん・・・!もちろんだよ!」

「お前って、ほんとたまに意味分かんねぇとこで悩んだりするよな」

「だ、だって・・・」


「名字」


いつもと変わらないにこにこした笑顔だったり、お兄ちゃんのような温かい微笑みだったり、からかいの混じった声だったり、いつも通りの表情がどれも優しく形取られていて、目尻がじわっと熱くなる。

降谷くんがはっきりとした声色でわたしの名前を呼んだ。



「これからも、俺たちは友達だろ」


「・・・ふ・・・っ降谷くん・・・・・・っふぇえ」

「え!おい、名字」

「あーあぁ降谷ちゃんが名字ちゃん泣―かした」

「ただいまー・・・え!?なになに、何で名字さん泣いてんの?俺がトイレ行ってる間に何があった!?」

「いや待て俺じゃない!名字、泣くな・・・!」

「うあぁぁん」

「酔ってるんだろ名字!そうだろ!?」



慌てる降谷くんと、事情を飲み込めない諸伏くん、からかう萩原くんと松田くんに苦笑しながらタオルを貸してくれる伊達くん。すっかりお酒の回ったわたしの涙はしばらく止まらなかった。




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