「萩原に気があんの?」



「・・・・・・・・・・え!?」


振り返れば、わたしだけが前に進んでいたようで、松田くんはさっきの場所から一歩も動かず立っていた。間接照明程度でしか照らされていない薄暗い通路では、少し離れた松田くんの表情は分かりにくい。ポケットに手を突っ込んだ松田くんがゆっくりと歩み寄ってくる。



「どうなの?」

「や、・・・え、何でそうなるの??」

「お前ら、2人でよく夜に会ってるよな」

「っし、知ってたんだ・・・?」


何が何でも隠し通そうと思って会ってるわけじゃないから確かに知っていたとしてもおかしくはないけど、話してる内容が内容だから、松田くんに知られていたというのはちょっと・・・・・いや、大分恥ずかしい。顔が熱くなってくる。


「で?」

「え?」

「好きなの?ハギのこと」

「っちがうよ!」

「・・・ふーん?」

「ふーん!?」

「お前ら仲いいよな」

「い、いいけど・・・・・」


すぐ目の前までたどり着いた松田くんにじっと見下ろされる。


ふーんって何?信じてない?でも否定しすぎても変に怪しいよね?

「な、何で・・・?」


怒濤のように被せられた言葉に、恐る恐る聞き返してみても、それ以上松田くんの言葉は続かなかった。
少しして、別に、とだけ答えた松田くんが、横を通り過ぎて通路を歩き出す。慌ててその隣について、ゆったりと歩く松田くんの横顔をのぞき込む。


「・・・違うからね?」

「分かったよ」

ちらりとこちらを見下ろしただけで、その視線も表情もいつもと何ら変わりなく、何で突然こんなことを言い出したのか全く読み取れない。


「何だよ」

「・・・・何だよって・・・・・・」

「前見て歩け。また誰かとぶつかるぞ」

「もうぶつからないもん」

「もんって子供か」

「ちがうもん〜」

「はいはい。手でもつないでやろうか?」

「いらないです!」

「くく」


あっという間にいつもの松田くんって感じで、軽い調子でわたしをからかって笑っている。さっきの、少し雰囲気が違って見えたのは何だったんだろう。
部屋に戻れば、早速新しく届いていたジョッキに口をつけてドリンクメニューを片手に次のお酒を見繕っている。



結局、萩原くんとのことを聞かれたのも、わたしをからかう一環だったのか、なにか別の意味・・・・・・わたしと萩原くんの恋愛事情をちょっとでも気にしてくれたからなのか、どっちともとれる松田くんの態度にぐるぐるぐるぐる、うまく思考できない頭が空回りする。

後者だったら嬉しいのに。惑わすようなことしないでほしい。
諸伏くんが頼んでおいてくれたパリジャンをちびちび舐めながら、伊達くんと談笑している松田くんを睨みつけるように見つめる。




「そう言えば萩原と松田ってよく合コン行ってるよなー?」


「何だよ急に」


突然諸伏くんが振った話題に、ぎくりと心臓が飛び跳ねた。



「俺は最近行ってねぇよ」


すぐに本人から否定の言葉が出て、以前に萩原くんから聞いてはいたことだけど、ほっと力が緩んだ。


「萩原は?」

「あー、まぁたまに・・・って感じ?」

「合コンでのこいつは百戦錬磨だぜ」

「よくいろんな女子から連絡来てるよな」

「おい名字ちゃんもいるのに俺のイメージ壊すようなこと言うなよな」

「大丈夫。大体そんなイメージだよ」

「名字ちゃん〜!」

「あはは!」


女の子にもてない萩原くんは萩原くんじゃない。
真面目な顔で頷き返せば、萩原くんはふにゃりと眉を下げてみせる。こういう風に愛想良く誰にでもすぐチャーミングなところを見せるところが百戦錬磨なのだ。



「萩原って合コンでどうやって女子落としてんの?」

「あ!それわたしも気になる!合コンでの萩原くん」

「え〜まじで言ってんの?」

「ちょっと名字さん相手にやってみせてよ」

「え!わたし!?」


またしても唐突な振りにぎょっとして隣の諸伏くんを見れば、ちょっとだけ、な?とお願いしていて、仕方ねぇなあと萩原くんが立ち上がった。え、わたしの許可は!?


「じゃあちょっとそこ席変わって」


おー!と意気揚々と諸伏くんも立ち上がって、代わりに隣に萩原くんが座る。
・・・・・ち、近い!



「なんか名字ちゃん相手だと緊張するなぁ」


テーブルに肘をついた萩原くんの体が、さらに少しこちら側に傾く。

「ち、ちょ、」

わたし萩原くんの合コンの相手やるの?萩原くんが落とすって狙いを定めた女の子?今から誘惑されるの?
こんな機会もう絶対一生ないから、ものすごくされてみたい気もするけど、ちょっと萩原くんがイケメン過ぎて・・・・・・、萩原くんの相手がわたしに務まるとは到底思えないんですけど!ていうかいつもの無邪気な笑顔はどこいっちゃったの!?


「緊張してる?」

「う、うん」

「手、冷たいもんね」

「っひぇ」


いつもと違って、ほんの少し口角を和らげるだけの微笑みを浮かべる萩原くんは、声も抑えられているようで、低くて心地よく響くその声は男性を匂わせる。膝の横に下ろしていた手の甲をするりと撫でられて、思わず口から変な声が漏れた。



「ふ・・・かわいいね」

「っか」

「かわいいよ。顔赤くして」

「〜〜!?」


む、無理すぎる。無理だ!


「お酒飲みすぎた?目潤んでるよ」

「ちが」

「疲れたらいつでも言ってね。肩によりかかってていいから」

「は、はぎわらく・・・」

「ん?」


よく分かりました!これは誰でも落ちます!もう合コンでの萩原くんを知りたいなんて言わないから、お願いだからもうここらへんでやめてもらえませんか・・・!
言いたいけど、緊張やらドキドキやら何やらで喉がしめつけられてうまく声が出ない。唇だけが声を出そうと震えて、意図を読んでと必死に見つめるわたしの頬に萩原くんの手が添えられた。


「それと、その唇」

「っ・・・?」

「あんまり他の男にかわいくしてるとこ見せたくないな」

「え」


「落としちゃっていい?」



萩原くんの親指がわたしの下唇をなぞるように触れようとした瞬間、ジョッキグラスがゴンッとテーブルに置かれる重い音がした。見れば、空になって白い泡がグラス底にゆっくりと流れていくジョッキを松田くんが握っていた。



「適当なとこにしとけよ、萩原」


それだけ言った松田くんは、店員さんを呼ぶボタンを押してジョッキをテーブルの端に置いた。

萩原くんの手がぱっと離れて、体の位置も通常の距離まで離される。戻ってきたパーソナルスペースにほっと体が軽くなった。



「ごめんごめん名字ちゃん。やりすぎた?」

「・・・や、やりすぎです!大分前に限界来てました!」

「限界って あははは!」

「萩原お前すごいわ!」


諸伏くんがきらきらとした目で萩原くんを見て、伊達くんと降谷くんは感心と呆れがない交ぜになったような表情をしている。

ああ、もしかしたらこうして未来の降谷くんのハニートラップ術が上がっていくのかもしれない・・・。





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