宴会が始まって何時間たったのか、みんなのお酒を飲むペースも落ちてきて、バカ笑いをしていたテンションも下がり、とりとめのない話題をぽつりぽつりと呟くように話すことが増えてきた。

そんなこんなでわたしもまぶたが大分重い。隣かどこかで話している声を聞くでもなく聞き流しながら、まぶたをそっと閉じる。頭もぼーっとするし、眠気も混ざっている。


「名字さん、眠い?」

「んー・・・ちょっと」

「もうほとんど寝てるだろ」

「まだ寝てないー」


松田くんの笑うような声とか、諸伏くんの優しい声に目を閉じたまま答える。
諸伏くんが寝てて良いよと言ってくれたので、テーブルに腕を枕にして顔を伏せた。



「あっという間だったな」


誰かの呟く声がして、肩に何かがかけられた。


「ああ」

「思い返せば、たった半年だもんな」

「きつかったけど、楽しかったよなー」

「ここからだよ」

「そうだな」


ぽつりぽつりと、5人の声が落とされる。



「ゼロは希望は出さず?」

「ああ。いろいろと経験してみてから決めるよ」


降谷くんの話だ。希望は出していないのか、そういうことになっているだけなのか。一体いつから公安に配属されるんだろう。公安なんて、どうやって入るのか想像もつかない。噂では、上から声がかかって引き抜きをされるという話だ。


「班長は刑事部だね」

「俺は犯人を追いかけて、この手で直接手錠をかけるのが性に合うからな」

「名字ちゃんも刑事部にしたって言ってたよな」

「ああ、確か希望は特殊犯係だとか」

「前は爆処って話もしてたし、爆弾関係に興味があるのかな?」


そういうわけじゃないんだけどね。
本当は萩原くんや松田くんくらい、爆弾解体が上手になれれば良かったんだけど、そこまでの才能は持ち合わせてなかったみたい。


「児童虐待の文献を読んでるとこもよく見かけるよ」

「こいつ、よく調べ物してるよな」

「確かに。夜とかPC室にいること多いしね」

・・・みんないろいろ見てるんだなぁ。


「何か困ってることがあるなら、もっと頼ってくれてもいいのにな」


降谷くんの声だ。半分眠りに落ちている意識の中で、甘い言葉が聞こえる。
頼ったら、どうなるんだろう。わたしは実はこの世界の生まれではなくて、みんなの未来を少しだけ知っている、そんなわたしの事情をすべて話して降谷くんに頼れば・・・・・。
・・・なんて、現実主義の降谷くんがそんな夢物語のような話を信じる訳がない。それでもしも何かがあったとき、彼に余計な重荷を背負わせるだけだ。


「・・・ありがとう・・・・・」

「・・・起きてるのか?」

「ん・・・」

「寝ぼけてんだろ」

「寝てていいんだよ」

「うん・・・」

「おやすみ、名字ちゃん」


せっかく5人と過ごせる奇跡のような時間なんだから、起きていないともったいないと思う反面、こんなにも安心した気持ちで眠れる場所を、わたしは他に知らないのだ。

穏やかに続く5人の話し声が心地いい。なんとか保とうとしていた意識もだんだんと曖昧になり、次第に遠のいていった。















―― 終わりにする決意をしました。



そんな一文から始まる手紙だった。



―― 怒られるのは気にかけてくれているから。

―― 殴られるのは愛されているから。

―― わたしが悪いのがだめなんだ。

―― また笑いかけてくれる。

―― いつかは終わる。

―― 今日を耐えれば、明日がある。


―― ・・・・・耐えてまで迎える価値のある明日なんて、あるんだろうか。

―― いつしか、希望なんて言葉を忘れてしまいました。



―― だけど今日、嬉しいことがありました。

―― わたしの名前を呼んで、笑いかけて、話しかけてくれる人がいました。

―― わたしは確かにここに存在しているのだと、認めてもらえたようだった。


―― 今まで生きていてよかったと、心の底から思えた。



―― もうそれで十分です。

―― だから、ここで、わたしを終わらせることに決めました。



―― あなたに最後に伝えたい。


―― ありがとう。

―― わたしの人生は幸せでした。







やっと、娘の手紙の宛先を見つけたと、穏やかな表情で差し出された便箋を、何度も何度も、食い入るように読み込んだ。彼女の人生を表しきるには余りに少なすぎる言葉から、そこに込められた思いを余すことなく掴みたかった。

たった1枚の便箋を、何十分も読み続けるわたしに、良ければ受け取ってやってもらえないかと告げる声はかすかに震えていて。よく見れば、ハンカチを押さえる指先には皺がより、手首には骨が浮き出ている。ひとつにまとめらた髪の毛の先は乾燥で広がり、眉毛もところどころ抜けていて不揃いなのを化粧で誤魔化しているようだった。

きっと、この人の人生も大きく変わってしまったのだろう。
ぼんやりと思考する頭で、ふとそう思った。



すっかり誰もいなくなった下校道を歩きながら、また明日ねと別れたあの日の留木さんの顔を思い出していた。

わたしが、彼女の話をもっと聞くことができていれば。
今日より幸せで、希望に溢れた明日はあると、伝えられたはずだった。彼女が終わりだと決めたあの日は、新しい人生の始まりにできるはずだったのだ。
家にたどり着いて、おかえり、遅かったわねと迎えてくれたお母さんにただいまと返事をして、自分の部屋の扉を閉めた途端、堰を切ったように涙があふれ出した。抑えきれない嗚咽が階下に聞こえてしまわぬよう、必死に枕に顔を押しつけた。涙が涸れて、何も考えられなくなるまで、ひたすら、ひたすら泣き続けた。








机の1番上の引き出しにしまった彼女の最後の手紙は、今はどうなっているのだろうか。何度も読み返しては大事にしまい込むことを繰り返した1枚の紙は、ずいぶんとよれよれになっていた。

あれは、わたしの決意の証のようなものだ。




「 一 誇りと使命感を持って、国家と国民に奉仕すること。
  二 人権を尊重し、公正かつ親切に職務を執行すること。
  三 規律を厳正に保持し、相互の連帯を強めること。
  四 人格を磨き、能力を高め、自己の充実に努めること。
  五 清廉にして、堅実な生活態度を保持すること。

弱きものを蔑ろにせず、小さき声に耳を傾け、誇りと使命感を持って正義を貫きなさい。国民の信頼に全力を挙げて応えられるよう、これからも日々精進を怠らず、立派な警察官になることを期待しています」




秋の清々しい青空が広がり、強い風が吹き抜ける9月の終わり、警察官の正装に身を包んだわたしたちは、警察学校を卒業した。

カウントダウンを知らせる針が、カチリと小さな音を立てて動き出した。




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