昔の夢を見た。昔といっても、十年前とかそんな話じゃない。前の世界で生きていた頃の夢だ。
わたしが、名字名前としての記憶を持ったまま生きるのはこれで二度目になる。一度目の人生はこことは違う世界で、22年で終結を向かえた。二度目の人生の舞台が、かつて自分が生きていた世界とは異なる世界線にあることに気がついた切っ掛けはいろいろある。まず最初に、前世と時代は被っているのに、前の家族がこちらには存在していなかったこと、地名が知っているものと少しずつ違ったこと、気に入っていた漫画や小説、歌や芸能人が一切なかったことだ。
二度目に産まれた当初はそれはひどく混乱した。二度も産まれるなんて初めての経験だったからだ。何回も経験があっても困るが・・・。だけど、ちょっとばかし前世の記憶がある以外は何も特別なところのない普通の赤ちゃん(十分普通じゃないとかって突っ込みはいらない)でしかなかったわたしにできることなんてなくて、素直にもう一度最初からやり直す道しかなかった。
だけど一つだけ、わたしは、幸運にも手に入れることができたこの二度目の生に誓ったことがある。
一度目の人生で犯した、これ以上ない後悔を、二度と繰り返さないことだ。
二度と―・・・二度と、命を手放さない。
「名字さん?どうかした?」
目を開けると、視界に入り込んだ金糸が風になびき、きらきらと太陽の光を反射していた。鼻梁のなめらかなカーブや、無駄のない頬骨、心配そうに寄せられた眉根に、長い睫の下からのぞく翡翠の瞳。まるで、ギリシャ神話に登場する完全なる造形美のような男は、直視をするには眩しすぎてひっそりと目を細めた。
「具合悪い?」
「・・・ううん。きれいだと思って」
「え?」
「降谷くんの目、まるで宝石をはめ込んだみたいだね」
「・・・・・・」
「おーい、また名字さんが人をくどいてるよー!」
こちらまで飛んできていたビーチボールを2人で取りにきていたらしい。わたしの発言を聞いた諸伏くんがからかうように、向こうで遊んでいる3人に叫んで戻っていった。
最近では、わたしがあまりにもうっかり発言を繰り返すものだから、接する機会の増えた5人は大体わたしの性質を理解してくれたみたいで、あまりわたしの失言を深くはとらえなくなったようだ。それをいいことにわたしも意識してお口チャックを閉めなくなったので、さらにゆるゆるになってしまったのだが、あれやこれやと考えなくていいのは楽でありがたい。
今日は久々の土日休暇。外泊許可を取って避暑地にでも遊びに行かないかと萩原くんに誘われ、いつもの5人のイケメンたちと、わたしの班の女子5人の計10人でキャンプ場に来ていた。
服が水浸しになるのも気にせず川の中ではしゃいでいる男子を眺めながら、若いなあとなんだか母親にでもなったかのような気分で、足先だけを川の流れに浸し、目をつむって森の葉のすれる音を聞いていたのだ。
「・・・体調が悪いわけじゃないなら良かった」
「ごめんね。気にさせちゃって。戻って大丈夫だよ」
「いや、僕もちょっと休憩していくよ。隣いい?」
「もちろん」
腰掛けていた位置を少しずらし、岩場にもう一人座れるだけのスペースをつくる。そこにわたしと同じように腰を下ろした降谷くんの、袖をめくりあげて露わになった細身な割に意外と筋肉のしっかりとついた上腕から肩がひたりと、わたしの二の腕にくっついた。
少し先では、4人の男子の賑やかな声が聞こえ、頭上からはカナカナとひぐらしの鳴く声がする。
川の水で濡れた滴が、降谷くんの腕からわたしの腕へとその形を強調するようにゆっくりと伝い落ちる。降谷くんの腕から伝わる高い体温と、まるでコントラストになるように冷たい水滴が産毛を撫でて、ぞわりと背筋に何かが走った。
・・・・・・・・なんか、・・・なんか!、降谷くんが卑猥なんですけど!?
「・・・・・・やっぱり、体調悪い?」
「ひぇっ、え?・・・いや・・・!」
「顔、真っ赤だよ」
指摘され、慌てて背けようとした顔を、二の腕に触れているのとは逆の手で固定され、顎先をくいと上に向けられた。あの翡翠が視界に入る。だけど、その色はさっきまでの、純粋に体調を気遣ってくれていたときとは違って―・・・
「も、もしかして・・・」
「僕の気持ち分かってくれた?」
「わざと!?」
「そんなに照れるんだ。名字さん、かわいいな」
「っな、なな!」
「名字さんがいつも僕にしてくることをしただけだよ」
「わたしは触ってないよ!?」
「似たようなものだよ」
どこが!?とは、もう声も出てこない。口からは声にならない息が漏れるだけで、顔も絶対真っ赤なままだ。
「僕はこんな見た目だから、外見のこととか、目の色のことで昔は結構からかわれたんだ。今も気にしてるって訳じゃないけど・・・・・名字さんは、こっちが身構えてないときに突然柔らかいところを掴んでくるから、心臓に悪い」
びっくりするし、ドキドキするし、でも嫌じゃない。・・・な、同じだろ?と蠱惑的な笑みを浮かべて顎から手を放した降谷くんは、川遊びをするお仲間の元へと戻っていった。
同じじゃない、全然同じじゃないよ降谷くん!あなたみたいに眉目秀麗で鍛えられた男性の心臓に与える影響と、そこらの小娘のノミ虫みたいな心臓とじゃ耐えうる強度が全く違うのです!
勝手にプラトニックなイメージを信じて疑わなかったわたしもわたしだけど、降谷くんがあんな性的な雰囲気を醸し出す人だとは知らなかった・・・!!
抱え込んだ両膝に赤く茹だった頬を押しつけ、しばらく降谷くんの腕の感触を忘れることに没頭した。