待ち合わせに指定していた駅前に行ってみれば、雑踏の中でも頭ひとつ飛び抜けて存在感を放っている長身美丈夫が、わたしを見つけて笑顔で手を振った。
それと同時に周囲の視線がわたしへと集まった。今の今までこのイケメンの待ち合わせ相手は誰なのか、様々な憶測と共に観察されていたに違いない。
萩原くんがここで何分待っていたのかは分からないけど、周囲の高まってしまった期待の中に現れるのがわたしなんかで大変申し訳ない。だけどこれ以上萩原くんを好奇の視線の中にひとりで立たせている訳にもいかないので、意を決して駆け寄った。
「おつかれ、名字ちゃん」
仕事上がりのはずなのに、ジャケットから靴までびしっと決まっているのはさすがとしか言い様がない。
「萩原くんもお疲れさま!今日は一仕事終えた後でしょ?大丈夫?」
「全然、余裕だよ。陣平ちゃんは今日は夜勤だから置いてきちゃった」
「解体した後にまだ夜勤って、過酷な職場だね」
「んー、でも解体後って神経高ぶってて中々寝付けないから、逆に丁度いいっていうのもあるけどね」
「へぇ、そういうこともあるのかぁ」
こっちだよと歩き出して、さりげなく車道側へと回り込んでエスコートしてくれる萩原くんの隣に並ぶ。前から人が歩いてくると、先に自分の体を入れて私が歩きやすいようにしてくれるし、後ろから自転車がくればそっと引き寄せられる。ふとすれば気がつかないほど自然に行われる萩原くんからの女性扱いは何とも心地が良い。全部を任せて甘えたくなってしまうようなくすぐったい気持ちになって、ふふっと笑えば、こちらを見下ろした萩原くんに、ご飯楽しみだねと微笑まれた。
合コン百戦錬磨の一片ここに見たり。
大通りを少し行ったところで脇道に入り、細い道を何度か折れて迷路のように入り込んでいく。よくこんなお店見つけたなぁなんて思っていると、先輩が連れて行ってくれたお店なんだと教えてくれた。
小さな看板が申し分程度に掛けられているだけの木製の引き戸を開けて、出迎えてくれた店員さんに案内されて奥へと進む。それぞれのテーブル席がモダンな仕切りや植物で囲まれていて、ちょっとした個室のようになっているみたいだ。隙間からちらりと見える他のお客さんたちも、みんな落ち着いたカップルか、おしゃれな女子たちばかりで、わくわく度が増していく。
案内された席で萩原くんにイスを引かれ、どうぞと誘導されて腰を下ろす。レトロガラスでできたアンティーク照明や、木枠にはめられた小窓など、都心の一等地にいるとは思えない落ち着いたぬくもりのある雰囲気で、とにかく何もかもがおしゃれすぎる。グラスもかわいい!
くるくると周囲に散らしていた視線を正面に座った萩原くんへと移せば、にっこりと笑われた。
「名字ちゃん、こういう隠れ家てきなの好きでしょ」
「好き!すごい好きです・・・!」
「っはは 目がきらきらしてるよ」
「もう、なんかわくわくが止まらない感じ!」
「そんなに喜んでもらえて良かった。先輩と食べにきたときから、ここは名字ちゃんを連れてこなきゃなって思ってたんだ」
ありがとう萩原くん!本来なら本命彼女とかに使うようなお店をただの友達のわたしなんかにあてがってくれて・・・!
というか、こんなお店どんな先輩と来たのかも気になります!
「ご飯もおいしいから、いっぱい食べようね」
「萩原くんほんと好きすぎる・・・!」
今日の萩原くん、パーフェクトすぎるよ!いや、もちろんいつもパーフェクトなんだけどね?微笑むタイミングとか、さりげない女性扱いとか、話し方とか。普段みんなといるときの萩原くんと、2人っきりのときとでは少しずつ違っていて。待ち合わせをしたときからここまで、どんどんと注がれた目に見えない温かくて甘い何かで胸がいっぱいになった。
そうして思わず溢れ出してしまった感情を口にすれば、困った顔で苦笑された。
「素直なのは名字ちゃんのいいとこだけど、そういうこと、あんまり男に言っちゃだめだよ」
今日初めて崩れた萩原くんの笑顔に気を取られていると、その眉はすぐに意地悪そうなものに形を変えた。
「俺じゃなくて、ちゃんと意中の相手に言いなよ」
「う・・・!」
「陣平ちゃんとは最近どんな感じ?会ったりはしてる?」
「1回本庁に出張に行ったときに、出動する松田くんとすれ違ったくらい・・・?」
「え!?2人で会ったりしてないの?」
「2人!?ないよ!」
「じゃあ俺たちの方がデートしてるってこと!?」
「っデ、デートって・・・!」
確かに、いい年した大人の男女が夜に2人だけで会っていたらそれは世間一般的にはデートに見えるかもしれない。ただ、実際にわたしたちが会ってしていることといえば、萩原くんおすすめのおいしいご飯屋さんで食事をしながら、やれアパートの隣の部屋が夜になるとうるさいだとか、コンビニの新作スイーツが久しぶりにいけてるだとか、それにはちみつかけたらさらにおいしい、いやそれは邪道だ―・・・・・などなど。まぁつまり、女子高生が学校帰りにファミレスで溜まって携帯片手にジュース1杯で続けるおしゃべりくらいどうでもいい話(偏見が過ぎるかもしれない)ばかりで、色気も何もあったもんじゃない。
なんなら、そのうち半分くらいは別の男・・・ここでいう松田くんの話をしていたりもする。
俺、陣平ちゃんに恨まれてないかな、なんて、冗談なのか本気なのか分からない顔で萩原くんが言う。
警察学校を卒業してから萩原くんと会うのは今日が3回目で、そのうち1回は松田くんと諸伏くんと一緒、残りの2回は2人で会っている。伊達くんとは刑事部の飲み会で一緒になり、早速コンビニ強盗を捕まえたなんて話をきいてお互いの近況を伝え合った。プロポーズはまだもう少し先みたいだ。降谷くんとは一度も会えていないけど、連絡はまめに来るので元気にしているんだと思う。
「名字ちゃんって、陣平ちゃんと連絡はとってるんだよね?」
キャベツとタマネギがたっぷり入ったスープをすくう。火傷しないように何度か息を吹きかけてからスプーンを口につけた。っおいしい!
「うん。たまにね」
野菜の甘みがスープに溶け込んでいて、体の芯まで染み渡るおいしさだ。思わず頬が緩む。
「どんなこと話してるの?」
「うーん・・・、特に何ってこともないかなぁ。・・・・・・天気とか?」
次はサラダ、とフォークに持ちかえる。ドレッシングに使われているバルサミコ酢のほどよい酸味が、ルッコラのわずかな苦みとチーズのコクに完璧に調和している。これも最高!
「天気?」
「明日は降水確率30%とか」
「はは!何それ?」
だよね。洗濯物干す主婦同士じゃないんだから。
さてさて、メインは〜っと!
「野良犬の写真が送られてきたこともあるよ。なんの脈絡もなく」
「それは分かった」
「え、なんで?」
「多分思い出したんじゃない?」
「何を?・・・え?なになに?」
くすくすと笑うだけでそれ以上説明する気のなさそうな萩原くんは、オレンジソースでつやつや輝くチキンソテーを切り分け始めた。わたしのは和牛手ごねハンバーグだ。ナイフを入れると、じゅわっと透明な肉汁があふれ出る。これだけで口の中に唾液が溜まるようだ。大根おろしと和風だれを絡めて口に入れれば、あまりのおいしさに感嘆の声が漏れた。
「んん〜〜!」
「ふふ。おいしいね」
「んん!」
「こっちもおいしいから食べてみて」
にこにことこちらを見つめる萩原くんが、切り分けたチキンソテーに付け合わせのスライスポテトを添えて、オレンジソースをかけたプチワンプレートをよこしてくれる。一度水で口直しをしてから、完璧な配分でセットされたそれを一口で放り込むと、またもや言葉にならない声で喉が震えた。
っっすっごくおいしい!あまりの感動に潤んだ目で見上げれば、萩原くんは一層楽しそうに笑った。
食後のデザートに至るまで、至福の時を過ごさせてもらって満足満足とお腹を撫でていると、あのさ、とカップをソーサーに置いた萩原くんが顎の下で指を組んだ。
「名字ちゃんはさ、例のやりたいことが終わるまでは、陣平ちゃんとの関係をどうこうするつもりはないんだよね?」
「うん。まずは、そっちが最優先事項かな」
以前も話したことなので、わたしの返事に萩原くんも当然分かっているという風に頷く。ただ、これだけはもう一度確認させて、と真剣な顔で続けるので、一体どうしたのかと思えば。
「陣平ちゃんって、本当にモテるからね」
「・・・・・・ほんと、萩原くんって、松田くんのこと好きだよね」
「はぁ?」
「分かってるよ。萩原くんの親友はいい男です」
「そういうことじゃなくて、モテるってことは告白されるってことなんだよ。周りに女子がいるってことだよ」
「分かってる分かってる」
「ほんとに分かってる?」
松田くんがモテるのなんて、当たり前じゃん。あの顔に、ポロポーション、一見冷たいのかと思えば情に厚いところがあって、無愛想な顔が無邪気に笑う瞬間がたまらない。自分自身が惚れてるって贔屓目を抜きにしても女の子が夢中になっちゃう男の人だって分かる。
そんなの、今までだって何度も確認したようなことなのに、何を今更。
そんなことを思っていた。
そう、そんな今更なことを萩原くんがわざわざ確認したのには理由があったのだ。