「いらねぇ。自分で食べろ」
「えぇ〜。だって多いんですもん!食べてくださいよ〜」
「自分で選んだんだろ」
本庁、食堂にて。右隣には松田くん、斜め前には萩原くん、正面には今日紹介されたばかりの千ヶ崎久(ちがさきひさ)さん。2人ずつ対面になるように4人で四角く座って昼食をとっているが、その対角線上ではなにやらメンチカツの攻防が起きている。
「松田先輩にあげようと思って選んだんです!」
「だからいらねぇ。どうしても食べきれないなら萩原に渡せ」
「え、おれ?」
「もぉー・・・でもそんなつれないとこも好き!じゃあ萩原先輩、食べてください」
「いいよ。こっちにのせなよ」
綺麗に半分に切られたメンチカツが、萩原くんのカレー皿に移される。結構いい組み合わせかもしれない。
「名字。進んでねぇぞ」
「あ、うん。食べる食べる」
隣から肘でつつかれて、慌てて意識を戻す。ふと前を見ると、千ヶ崎さんから鋭い視線を受けた。
千ヶ崎久さん。ここ本庁で受け付けとして働いているらしく、なんと松田くんと萩原くんと同じ高校出身で、一つ下の後輩らしい。
当時から松田くんのことを好きだ好きだと公然と言い放ち、ことあるごとに松田くんの隣を陣取り、それは2人が先に卒業するまで続いたらしい。ただ、松田くんに彼女がいる間は、松田くんが寄せ付けなかったため、今フリーなのかどうかは千ヶ崎さんがそばにいるかどうかを見れば一目瞭然だったのだとか。
どんな漫画のヒーローだよと言いたい。そんな絵に描いたようなモテ男が現実にいるのか・・・。
松田くんと萩原くんが本庁詰めになって少しした頃に声をかけられて気がついたらしい。世間は狭いというか、わたしが千ヶ崎さんだったら運命を感じずにはいられないだろうな。
「名字ちゃんは今日の研修どうだった?サイバー系のだっけ?」
「うん。企業のサイバー運営のされ方とか、テロ関連は外国の事案もいろいろ教えてくれて勉強になったよ」
「午後は交番?」
「そう。しばらくは週に何回かはこんなシフトかな」
そもそもは、3人でお昼を食べようという話だったのだ。
前に萩原くんと会ったときに、研修で本庁に行く機会があるという話をしたら、じゃあ陣平ちゃんも誘って一緒にお昼をどうかとなった。食堂の前で待ち合わせて、松田くんとは直接会って話すのは2週間ぶりくらいだったのでちょっとドキドキしながら、でも意外といつも通りの雰囲気で注文の列に並んでいたところに、千ヶ崎さんが突撃してきたのだ。突然、松田くんの腕に女の子が飛びついたのにはさすがにびっくりした。すぐに引き離されてはいたが。
順番を抜かすな、後ろに並べ。
冷たく言う松田くんに一瞬相手の子を心配したが、千ヶ崎さんは慣れたように変わらぬ笑顔で、一緒に食べましょうねと明るく返事をして最後尾へと移動した。何が何だか分からず困惑していたわたしに簡単な説明をしてくれたのが萩原くんだ。
そうして千ヶ崎さんより先に注文したトレーを受け取って席に向かったわたしたちは、松田くんに名字はここ、ハギはこっちと席を指定されて、後から来た千ヶ崎さんが残った一つに腰掛けて今に至る。
「次はいつ?」
「明後日だよ」
「じゃあ都合が合えば、また一緒に食べようよ」
「ほんと?やった!うれしい」
萩原くんがにこっと笑うので、わたしもにこっと返す。なんだかほんわかとした空気が流れたところで、真正面からパチンと強くお箸を置く音がした。
「名字さん」
「は、はい!」
「名字さんは、警察学校でのご学友だとお聞きしましたが」
「ハイ」
ピンと背筋を伸ばした千ヶ崎さんが、強い語調とともに真っ直ぐ見つめてくるので、こちらもついお箸を置いて姿勢を正してしまった。一度言葉を切った千ヶ崎さんは、わたしの返事に一度頷いた後、さらに続けた。
「萩原先輩とお付き合いされているのでしょうか」
「・・・・・・え!?は、萩原くんと?い、いいいいえしてないですけど!」
「焦っていますね。隠さなくて大丈夫です」
「え!?どゆこと?わたし何を隠した??」
「付き合ってるんですよね?」
「だから違いますって!そんな恐れ多い!」
「恐れ多いって名字ちゃん・・・・・・俺のことどういう風に思ってるの?」
「本当に?本当に萩原先輩の彼女ではない?」
「はい」
「・・・まさか、松田先輩と付き合ってるなんて言わないですよね!?」
「っま、松田くん!?・・・いや、それも違います!」
「じゃあなんで先輩の隣に座るんですか!」
そんなこと言われても・・・!
その場に立ち上がらんばかりの勢いで詰め寄られ、ぷるぷると震える千ヶ崎さんにわたしもなんて返せばいいのか分からない。席を指定したのは松田くんだし、そもそも付き合ってなくても隣の席にくらい座るよね!?
「千ヶ崎。うるさい」
「・・・先輩〜!だって〜!!」
「同期だって言ってんだろ」
「だって、わたしとは誘っても食べてくれないのに、何で名字さんとは一緒に食べるんですか!」
「お前いっつも勝手に押しかけてるだろ」
「隣に座りたいです!」
「いやだ。うるさい」
「静かにするので!」
「存在がうるさい」
とりつく島もないくらいばっさり切り捨てられて、好きな男の人にとられる態度としてはそろそろ泣きたくなるくらいに愛想がない。でも、千ヶ崎さんの表情は落ち込むどころか楽しそうで。
松田くんの顔を見れば、その理由が分かる。口では冷たいことを言いながら、でも本気で突き放そうという雰囲気は感じない。松田くんは、本当に嫌いな相手とは口も聞かないし、はっきり言ってものすごく分かり安い。超不機嫌モードの松田くんを知っていれば、今の松田くんは、むしろ気心の知れた相手との軽口を楽しんでいるようにも思える。
きっと、千ヶ崎さんもそれを分かっているんだ。
・・・そりゃそうだ。2人が一緒に過ごした時間は、わたしなんかより、ずっと長い。
“本当に俺のことが好きなら一人で来い。ぞろぞろ金魚の糞連れて来てんじゃねえ”
警察学校時代、松田くんが女の子を振って泣かしたって話があったっけ。
千ヶ崎さんは、そんなことしないんだろうな。これまでも、きっと、自分自身で松田くんに向き合って、堂々と好意を伝えてきたはずだ。
あのときの松田くんは、わたしにはそんな風に言わない、名字は違うって言ってくれて・・・・・・、わたしは、その言葉を大して深くも考えずに、少しは仲の良い友達だと思ってもらえてるみたいでありがたいなんて考えてたけど。
高校時代の松田くんは、千ヶ崎さんになんて返事をしたんだろう。
これから、なんて返事をするんだろうか・・・。
「じゃあ夜ご飯行きましょう!」
「しつこい」
「一昨日、女性と一緒に退勤したの知ってるんですよ!ご飯行ったんですよね?」
「あれは上司だ。外に他の奴らもいた」
「上司でも、あれは松田先輩を狙ってますね!女の勘がそう言ってます」
「っハ」
「あ〜鼻で笑ったー!わたしの観察眼舐めないでくださいよ〜?」
松田くんがモテるのなんて当たり前。だから、松田くんをいいなって思う女性がたくさんいるのも分かってるし、その想いを松田くんに告げる女の子がいるのも分かってる。分かってるつもり、だった。
萩原くんにさんざん忠告されてたのに。
ずくずくと痛む心臓に手をやらないよう、お箸を握る手に力を込めたわたしは、その現実を何にも分かっちゃいなかった。