欲張ってカレーを三皿も食べたのがいけなかった。重いお腹を抱えながら列の最後尾をゆっくりと歩く。その他の女性陣は自分たちでランタンをもって先頭をさくさく歩いていた。さすが未来の警察官たちである。暗いのこわ〜いなんて誰一人言い出さない。
ランタンも持たず、暗い夜道の中を一人で歩いていた松田くんを、陣平ちゃん怖くない?手つないであげようか?なんて萩原くんがからかって、見慣れた2人の小競り合いが始まる。ぶははっと吹き出すようないつもの諸伏くんの笑い声に、怪我するぞーと伊達くんの低くて落ち着く声が加わる。
懐かしいような、悲しいような、また何かにひっかかったような感覚がして、つきりと頭が痛んだ。少し頭を下げていると、ふと先ほどよりも辺りが明るくなり顔を上げた。
「足下見えてるか?」
ランタンを掲げた降谷くんが少し後ろを歩いていたわたしのところまで降りてきていた。暖かなオレンジの光に照らされ、ゆらゆらと陰影が映し出される。
「うん。ありがとう」
「・・・・・・・・・・悪かったな。あんなに気にすると思わなくて」
「え?・・・あ、いやそれは、うん。意識しちゃうよ」
「悪い」
「降谷くんはさ、自分のイケメン度をもっと分かった方がいいと思うよ」
「名字も自分の発言の影響力を知った方がいいとは思うがな」
「えー?いや、わたしの影響力なんて・・・・・・え、あれ、名前・・・?」
「ああ、いいだろ?もう俺たち友達なんだし、名字も呼び捨てでいいよ」
「と、ともだち・・・」
「・・・・・・またそんなことで照れてるのか?あいつらもみんな名字のこと友達だと思ってるよ。もうちょっと親しく呼んでやれ。喜ぶよ」
前を行く4人に視線を投げかけて、降谷くんの声が優しく語りかける。
その横顔に頭がずくずくと疼く。何だろう、わたしは、何を見逃しているんだろう。彼の声を聞いていれば、彼を見ていれば思い出せそうな気がするんだ。もっと話していてほしい、何でもいいから。声をかけようと喉を震わせたとき、前方からわぁっと歓声が上がった。
思わず視線を投げれば、道の先がやけに明るかった。
「山頂みたいだな」
木々が開け、だんだんとわたしたちの足下にも光が届き始める。
降谷くんがランタンの火を消して一歩踏み出す。
光の先で、人影がこちらを向いて手を振る。
「名字さーん!ゼロー!はやくこっち来いよ!」
・・・・・・・・・・・――― “ゼロ” ・・・?
それは一体、誰のこと?
考えるよりも前に、すぐ隣から返事をする大きな声がしてはっとする。
今行くよ、“ヒロ”!
今にも駆け出しそうな降谷くんの褐色の腕をほとんど反射のように引き留めた。
空が白むほどの満天の星空を背景に、その人がこちらを振り返る。
その金糸は月の光を受けて銀色に輝き、宝石のような翡翠の瞳に幾万もの星が反射する。なんて美しく、懐古的で、どうして気がつかなかったんだろう、この人が、あの人たちが、この世界こそが、あのよく知った漫画の中のものであるということに。
「“降谷零”―・・・?」
「遅いぞゼロ、名字さん。見ろよこれ!こんな星空初めてだ!」
「ああ、これはすごいな」
ああ、なんてことだ。なんてこと。
降谷くんは安室さんにそっくりなんじゃない。ここにいる降谷くんは、まだ喫茶店のウェイターなんて、ましてや犯罪組織の諜報員としての顔なんて持たない、未だ警察官としての道を歩き始めたばかりの降谷零なんだ。
「きれいだなー。やっぱり都会から離れたとこまで来て良かったよね」
「ああ。ハギにしちゃいいとこ選んだんじゃねえ?」
「素直に感想言えないのかな陣平ちゃんは」
「松田は天邪鬼だからな」
そしてこの人たちは、降谷零のかつての同期。みんな、それぞれの職務や思いを胸に死んでいった、警察学校時代の大切な仲間。
毎日朝から晩まで共に訓練に明け暮れて、座学では真剣にノートを取り、実技授業では授業が終わってからも技のかけ方を確認し合い、夜には恋バナをして、冗談を言って笑って、警察官になって果たしたい夢を語り、これから先の未来には希望しかないって顔した、若くて心のきれいな優しい人たちが、あの悲しい末路を背負った人たちだったんだ。
「名字?」
「名字ちゃん?どうかした」
「・・・・・ううん。あまりにもきれいで、・・・・・言葉が出ないだけ」
「本当にきれいだよな。・・・俺、今日のこと一生忘れないだろうな」
「俺も、ずっと覚えてるよ」
みんなが口々に思いを小さく吐露する。風が吹き抜け、木々がざわめき、空を翔けた1本の細い光の筋に、誰かが声を上げた。
「っあ、あれ流れ星じゃない!?」
「うそ、どこどこ、うわほんとだ!」
「みんなで願い事言おうぜ!」
空を見上げて静かに目を閉じているみんなをしっかりと視界に納める。
気づけて良かった。わたしが特殊な人間で良かった。彼らを救う手立てがある。この先の知識を有している。まだ彼らは、わたしの手が届くところにいる。
二度目の生を受けたときに誓った決意を、わたしはもう一度誓おう。みんなで見たこの美しい星に。わたしが犯したあの後悔を、二度と繰り返しはしない。