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スタジオがあるビルのすぐ近く、ジャズが流れる喫茶店。いつもの窓側の奥から二番目の席。正面に座るのは苗字。運ばれてくるコーヒーと、カフェオレとケーキのセット。同じ組み合わせ。
長めの休憩や収録終わりによく2人で訪れる。いっつも飽きないな、と周りの先輩たちに笑われるがいつもだからもう笑って過ごすようになった。俺らを探す監督に居場所を伝えれば「またか」と笑う、なんて西山宏太朗が言っていた。
いつも。
特に約束していなくたって、足が自然とそちらに向く。最近仲いいなとか、お似合いだ、とか言われても現場がだいたい一緒だからタイミングが合うだけだ。波長も合うし、ただそれだけ。べつに今すぐ拒絶する理由も特に見つからないだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
ないはず。
「梅原くん、それ、甘くない?」
ハッとした。無意識だった。
「てか話聞いてた?」
気を取り直して砂糖とミルクをいれて色が変わったコーヒーをかき混ぜる。
「全然聞いてなかった。なんだっけ。」
「今度のイベントの服合わせようって話。キャラに寄せる感じがやっぱりいいよね」
苗字はどれだったら再現できるかな、とキャラの名前をググるのに夢中だ。
伏し目がちな目、長い睫毛、うっすらとのったアイシャドウ。
「まさかと思うけど、付き合ってんの」とバカにしたような口調の西山宏太朗。その問いに、まさか、と返す。
よく服買いに行ってるらしいじゃん、仕事でね、お互い合鍵持ってるんでしょ、なにかとそれが便利で、休日も一緒にいるんでしょ、趣味が合うし仕事の読み合わせとかしたいし、え、お前らなんなの?それでなにもないっていうの?2人して鈍感なの?、意味がわからないけど
苗字といると、なにかと都合がいい。ただそれだけ。
それだけ?
でもこの関係ってなんだろう。
俺だって馬鹿じゃない。それなりに恋愛だって知ってる。けど。
付き合うってそもそもなんだ。どこからどこまでが友達で、どこからどこまでが恋人だ?
でもこの居心地の良さが好きで、空気感が好きで、気づいたら、
「なんか、好きだなって思って」
「は?」
「あ、いや、ごめん」
本当に無意識だった。スマホの画面から顔を上げた彼女とパチリと目が合う。
目、大きいなあ。
「え、なに、わたし告白されてんの?」
「え、これ告白でいいの?」
堪らなくなって、お互い同時に吹き出す。
「時々気になってたんだよね。私たちって付き合ってるんだっけって。酔っ払った時にそう言う話になったんだっけって。自信なくて言い出せなかったんだけど、べつに居心地いいし、いいかなって思ってたんだけど。」
へらりと笑った彼女のズボラさに思わず力が抜ける。
ああ好きだな。
こんな瞬間でもそう思っちゃった自分は相当重症だと思うし、これは恋だったんだなって。
自分でもなんだか呆れて、声を出して笑ってしまった。