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「瑞希〜早く手を洗いなさい」
絨毯の上に転がって我が家のネコと戯れていた瑞希に声をかけると「ハイ、ママ〜」としぶしぶ立ち上がって洗面所へ消えて行った。その後ろをネコがのそのそと追いかけて行く。
「マサミさん、今日ほんとに浅沼さんくるんですか?」
「知らん、くるかもしか聞いてない」
カレーを皿によそうと部屋いっぱいに美味しそうな匂いが広がった。
今度関わる舞台の稽古に瑞希を呼んだ。呼んでくれと言ってきたのは彼女から。邪念を払うために仕事をつめまくってるっていうんだからバカなんだと思う。
最近新しく瑞希の担当になった男性マネージャーが事務所でスケジュール帳を片手に百面相していたのを思い出した。本当は気分転換をさせてあげたいんですけどなにが喜ぶかまだわからなくて、と困ったように笑っていたから、今日は俺が面倒見ますよって請け負って今に至る。
「新しいマネージャーさんとはうまくやってるの?」
「過保護だけどすごくいい人ですよ。でもまだ母親の再婚相手と義理の娘みたいな関係」
「なんじゃそりゃ」
「距離感のハナシ」
まだそれほど大ごとにはされていないが、伊織の周辺で絶えない不審者騒動。過保護なのはお前が今置かれてる状況のせいだろ。護衛を兼ねて男性マネージャーに変わったこともあって直接危害が加えられてないことだけが不幸中の幸い。
「最近どうなの?大丈夫?」
「なんかもう、慣れましたよ。いつものことですし。今のマネージャーさん毎日家まで迎えにきてくれるし送り届けてくれるしもはやお姫様気分で申し訳ないというか」
事務所はみんな心配してるのに当の本人はあっけからんとしている。こいつの性格上、7割強がりだろうけど。普通だったら鬱になったり人間不信になったりしてても無理はない。それで休業するひとだって多いわけで。でもその心配を「もともと覚悟の上です」のひとことで払拭してしまう彼女。だから余計にマネージャーも心配してるんだろう。張り詰めた糸が切れるのは一瞬、きっかけは大抵些細なことだ。
「あーでも洗濯物外に干せないのはしんどいですね」
「引っ越しとかは?しないの?」
「めんどくさいので当分はしないつもりです」
「結婚は?もういっそのこと」
コップとスプーンをテーブルに並べていた彼女の手が止まる。
「瀬名泉ボイスでそれ言われるとなんかヤバイです」
うまくはぐらかされた
彼女の横顔にそれ以上聞くなと書いてある気がしてこっそり降参のポーズをとった。