◎部下と上司と受付嬢


「あ、」

隣を歩いていた降谷さんが上を向いて声をあげた。ポーカーフェイスを常とするこの人が珍しいな、なんて思ってその方向を見ると苗字さんがいた。
1人で階段を上がる姿はハーフアップがふわふわしていてたいへん可愛らしく見える。あぁ癒しだ。

「やぁ苗字。」

隣にいたはずの降谷さんがいつの間にか苗字さんを壁ドンしているではないか。眼鏡割れたかと思った。何してるんだ降谷さん。

「何してるんですか。」

俺の気持ちを代弁してくれたのは誰だ。声の方向を見るとあれ、苗字さん?可愛らしい顔をこれでもかというくらい歪めて氷点下の視線で降谷さんを睨んでいた。苗字さんはこういう時照れながらや、やめてください…!っていうんじゃないのか?誰だこれは。

「最近友人にいい探偵を紹介してもらったので変な人に付きまとわれてるんですって相談しに行こうかと思ってるんです。」
「そういった案件は警察に相談するべきなんじゃないか?」
「その警察がこんなんだから探偵に相談するんじゃないですか。こんな人が警察なんてこの組織じゃ日本は終わりますね。」
「こんなイケメンが日本守ってるんだ格好良いだろう?」
「自分で言ってしまう辺りですでにアウトです。」

降谷さん、楽しそうだな…。さっきまで3徹明けで死にそうな顔してたのに、今はそんな顔微塵も見せないで安室スマイルでキラキラしている。反対に苗字さんの顔が死んでいる。ふと思い出したようにポケットをごそごそとあさり降谷さんに何かを押し付けた。

「これ食べてすっきりしてください。じゃあお疲れ様です。」

そう言って苗字さんは俺の方をちらりと見て会釈をして去って行った。ぽかんとしている降谷さんに追いつくと手に握られていたのは、

「キシリトール入りの飴?」
「初めてデレた…。」
「は?」


理解が出来ず思わず声が出た。怒られるかと思ったが降谷さんはそれどころじゃないらしい。ぽかんと飴を見つめたままうわぁとかまじかよとか言ってる。

「………懐かない野良猫がすり寄ってくるってこんな気持ちなんだろうか。」
「知りません。」

その後の降谷さんは何時もの倍以上のスピードで仕事を終わらせ嬉々として帰って行った。

(今度苗字さんに何か菓子折り持ってかなきゃな…)



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