◎赤革縅の絶対王政

「ゴールデンウィークにここで練習試合があるんだ。
観に来い。」

何時ものように屋上でご飯を食べていると突然赤司くんがそう言った。
強制ですか。

「……暗器屋さんに鉄傘買いに行かなきゃ。
明日は槍が降る。」
「失礼な。」

そう言って赤司くんは少しムスッとした。


最近赤司くんが少し丸くなった気がする。
最初は学校内ではいろんな噂を耳にしたし、無表情で怖い感じだった。
でも話してみると普通の男の子。
まぁ文武両道才色兼備、完全無欠の天才児なんだけど。
おかげで怖い噂もいっぱいあるのにそれはそれはおモテになる。
本人は全く興味が無いようだが、今日もここにくる前に一人の恋する乙女の告白を踏み躙って来たらしい。

そんな彼が私に試合を見に来いと。
そりゃ驚くでしょ。

「君、さっきから失礼なこと考えてないか?」
「別にぃ。只こんなにおモテになる赤司征十郎様が私なんかを試合に招待するなんて恐れ多いなぁ、と。」
「君は僕を何だと思ってるんだ。
僕は零崎だから誘ったんだ。」

………い、今のはちょっとドキッとしたよ!
ときめいたよ!
赤司くんって実は天然タラシ?
無意識って怖い。

「で、どうなんだ。どうせ暇なんだろ?」
「いや、まぁ暇なんだけどさ。」

だってさバスケ部の、赤司くんのファンの子達に目を付けられるじゃない。
あの人達を舐めてはいけない。
下手に手が出せない分、そんじょそこらの殺し屋より厄介だ。
渋っていると赤司くんは大きな溜息を付き、私を睨んだ。

「僕の言う事は?」
「……ぜったーい。」

仕方なくそう言うと赤司くんは分かればいいんだ、と満足そうに頷いた。


試合の当日。
差入れを持って来いとの我儘王子の御達しを受け、私は一足早く体育館に来ていた。
因みに差入れはチョコマフィン。
蜂蜜レモンがいいかと思ったけどそれはマネージャーさんが用意してくれるだろうから。
ほら、疲れた時はチョコレートって言うしね。

少し開いている扉の隙間から中の様子を窺うと案の定皆さんウォーミングアップをされていた。
これって勝手に入っていいもんなのかな…。
赤司くん集中してるみたいだから気づいてくれなさそうだ、しどうしようか。

「あなたもしかして名前ちゃん?」

後ろから誰か来てたのは分かってたけどまさかこんなに背の高い人だとは思わなかった。
ユニフォームも着てるしどうやらバスケ部の部員らしい。

「はい。あの、これ赤司くんに渡して貰えますか?」
「差入れ?それなら直接渡してあげなさいよ。
その方が征ちゃん喜ぶわよ。」

そう言ってその人は微笑んだ。
おネェ言葉にちょっとびっくりしたけど顔が綺麗だからなんだか違和感がない。
寧ろそこらの女子より美しい。

「伶央、いつまでサボってるんだ。」
「あら、征ちゃん。」

その女神の微笑みに見惚れていると、中から赤司くんが出て来た。

「零崎も入口でうろうろせずに中に入って来ればいいだろう。」

気づいてるならもっと早く来てほしかったよ。
言っても無駄なことは分かっているので睨むだけにしておく。

「だって私がいたら邪魔になるでしょ。」

そう言うと赤司くんは鼻で笑った。

「何言ってるんだ。
邪魔になるんだったら最初から呼んでない。
それにお前は今日は下のベンチで観るんだからな。」

……それは初耳。
なんだか勝手に話が進んでいるようだ。
監督にはもう許可を貰っているらしい。
まさか監督も赤司様絶対なのだろうか。

「赤司ー!そろそろ時間だってよー!」
「あぁ、すぐ行く。」

奥から叫ぶ部員に頷くと赤司くんは私の方を向き、ふっと笑った。
笑った?!

「しっかり見ておけよ。」

そう言うと赤司くんは私の持っていた差入れの袋をひょいと取って、差入れご苦労、と肩に羽織ったジャージを颯爽と靡かせチームメイトが集まる方へと向かった。

「………初めてちゃんと笑った顔見た。」

なんだか今日の赤司くんはいつも以上に天然タラシ度が高いようです。


「好きな子に恰好いいとこ見せたがるなんて征ちゃんもまだまだ子供ね。」
「うるさいぞ伶央。」


試合中私が見たものは炎のごとくコートを駆ける圧倒的な赤い存在だった。

洛山が強いのは聞いていたけど相手も全国区のチームだったはず。
なのに差は歴然。
そして何より凄いのはそのチームを纏めている司令塔。
あの【皇帝の眼】はバスケに使う物ではなく、寧ろ殺し屋のスキルだ。
まさかここまでとは思ってなかった。

殺人鬼の私は赤司くんを殺す事は出来るだろう。
でも戦えばきっと勝てない。

「やっぱ君は表の人間じゃないよ…。」


「で、どうだった?」

試合が終わってミーティング後まで無理やり待たされた。
そして現在二人で帰宅中に赤司くんが言った。
私は再度試合の光景を思い浮かべる。

「……凄いって言葉しか思いつかないよ。
やっぱ運動してる人はみんな恰好いいや。」

そう言うと少し不満そうな顔をした。
ん?私は褒めたはずなんだけど。

「でも一番赤司くんが恰好良かったよ。
正直恰好良過ぎて目が離せなかった。
洛山は赤司くんがいるからこそあれだけのプレーが出来るんだろうね。」
「……………そうか。」

それからぼそりと何か言ったから赤司くんの顔を覗き見るが反らされた。
でもちらりと見えた赤司くんの顔は

満足気に、嬉しそうに笑う年相応の男の子の顔だった。

私は不意に高鳴った鼓動にあえて気づかないふりをした。

天は人の上に人を創らず
人の下に人を創らず
(彼という全ての頂点に君臨する絶対的存在を創った)



しおりを挟む