◎鬼と一賊の相関関係

梅雨に入り、雨が止まない日が続いていた。

「いつになったら雨は止むのかねぇ。」
「梅雨が明ければ嫌でも太陽が見られるぞ。」
「それはそれでヤダなぁ。」

ここ最近は零崎に部活が終わるまで待たせて一緒に帰っている。
別に関係が発展したわけではないが、気負い無く付き合える仲であるのはお互い感じているらしい。
零崎は返事二つで了承した。
只一つ。
僕を待ってる間などに伶央と話していることが多いらしく、仲良くなっているのが気に食わない所だ。

「あ、今日スーパーの特売日だ。」

ふと思い出したようにぽつりと言った。

「赤司くんごめんね。
私今日こっちから帰るわ。」
「なら僕も付いて行こう。
荷物持ちぐらいしてあげるよ。」

君と長くいれるから、なんて事は心の中だけに留めておく。

「ありがとう!
さっすが赤司くん。天才は紳士の心まで持ち合わせてるね。」

そう言って僕の背中を軽く叩き、嬉しそうにくるくる回る。
小学生みたいだ。

「じゃあさ、お礼に良かったら晩御飯うちで食べてってよ。」

零崎は一人暮らしだ。
男である僕を家にあげるのはどうかと思う。
しかし僕も帰ったってどうせ一人だ。
ここでお言葉に甘えるのも悪くない。
なによりこないだの差入れのマフィンが美味しかった。
お弁当も自分で作っているようだし中々の腕前らしい。

「なら遠慮なくいただこうか。」

零崎は腕まくりをし、力瘤を作るように腕を曲げる。

「ではこの零崎名前が腕によりをかけて赤司くんに振る舞わせていただきます。」

そう言ってこの雨に負けないくらい明るく笑った。

「何食べたい?」
「湯豆腐。」
「即答ですか。今の時期に湯豆腐って…。」
「僕の言う事は?」
「はいはい、ぜったーい。」

すっかり忘れていたが彼女は殺人鬼だ。
僕一人ぐらいどうってことないのかもしれない。
それとも僕は男として意識されていないのか…?


僕はそんなことを考えながらスーパーへ向かった。


買い物を終え、零崎のマンションの下に着いたその時だった。
あの感覚が全身を駆け巡った。

「………零崎一人暮らしだったよな?」
「とし兄達だ…。」

とし兄とは確か零崎一賊の一人だが、“達”ということは何人かいるってことだろう。

「零崎、僕は帰ろう。」

零崎の嬉しそうな顔を見るときっと久しぶりなんだろう。
流石にこれは邪魔出来ない。

「え、なんで?」
「だって悪いだろう。」
「別にいいよ。
赤司くんが気にならないなら大歓迎だよ。」

零崎は僕の腕ををぐいぐい引いて、とうとうドアの前まで来てしまった。
こうなったらお邪魔させていただこう。

「ただいまー!」
「お邪魔します。」

ドアを開けた瞬間奥からドタドタと凄い勢いで走って来たかと思うと零崎に飛び付いた。

「名前ちゃんおっかえりぃー!!!」

それは僕等とさほど年の変わらないであろうニット帽の女だった。

「来るなら言ってくれれば良かったのに。」
「えへへー。名前ちゃんを驚かせたかったんですよー。
ん?このイケメンさんは誰ですか?
もしかして彼氏ですか?!」

流石私の名前ちゃん!と零崎を更に抱き締める。

「苦しいよ、まい姉。
とりあえずリビングで紹介するから。」

零崎は姉と抱き合ったまま靴を脱ぐ。

「赤司くんも気にせず上がって。」
「あぁ、お邪魔します。」

零崎姉が僕を睨んでいるのは気付かないふりをして零崎に付いて行く。
殺気が含まれているのは気のせいではない。


リビングに入るとそこには白に斑のメッシュが入った奇抜な髪の、黒子よりもかなり小さい少年?がいた。

「よう、名前。おかえり。」
「ただいま、とし兄。」

相変わらず姉の方は僕を睨んでいるが兄の方は僕を見るなりにやりと笑った。

「で、そっちの俺への当て付けかのように背の高いイケメンくんは?」
「こちらクラスメイトで友達の赤司征十郎くん。」
「赤司征十郎です。
名前さんとは仲良くさせていただいてます。」

そう言って頭を下げる。

「名前からよく聞いてるぜ。
俺は零崎人識だ。」
「これはこれは、噂の赤司くんでしたか。
零崎舞織です。
名前ちゃんは渡しません。」

舞織さんは殺気を含んだ笑顔で睨んでいる。
零崎は何故か嬉しそうに頷いている。

「じゃあ私ご飯の用意してくるけど赤司くんも一緒に食べていいよね?」
「あぁ、構わねぇぜ。」
「私手伝います!」

じゃあ赤司くんはその辺座ってて、と言って零崎は舞織さんとキッチンへ消えていった。


「なぁ、赤司くんよ。ちょっと話そうぜ。」

人識さんは向かいのソファに座った。

「単刀直入に聞く。
あんたは零崎に限りなく近い存在だ。」

僕は何も答えない。
いや、何も言えない。

「名前から聞いてたけどまさかここまで零崎に近いなんてな。」
「……僕は只の一般人ですよ。」
「かはは。これは傑作だぜ。」

こんなの欠陥製品以来だぜ、と人識さんは呟く。

「一般とか例外とか関係ねぇよ。
舞織だってついこの間まで普通の高校生だったしな。
要は【血】なんだよ。」
「それは零崎に聞きました。
零崎は【血縁】で繋がる一賊だ、と。」

この人は何が言いたいんだろうか。
話の方向が全く読めない。
また僕を零崎一賊に勧誘しようとしているのだろうか。

「まぁそんな身構えるなよ赤司くん。
別に一賊に引き込もうって話しじゃねぇからさ。
血縁で繋がるとか言ってるがそんなの俺はあまり信じてない。
話は名前のことだ。」

零崎のこと、と心の中で復唱した。
人識さんはへらりと笑っているが勘が鋭いというか、見てないようで僕をしっかり観察している。
もしかしたら僕の零崎への好意に気がついているのかもしれない。

「あんたがあいつをどう思おうが、どう想おうがそれはあんたの勝手だ。
だがな、所詮俺等は人の皮を被った鬼。
人と一緒にいることは出来ないんだよ。」
「では僕に諦めろとおっしゃるのですか。」

僕は人識さんを睨む。

「そうじゃない。
あんたは自ら諦める、いや、諦めるしかなくなる。」
「………あなたに決められる筋合いはありません。」

人識さんはまたかははと笑い、真剣な顔になった。

「あんたはいつかあいつに付いてこれなくなるぜ。
昔から鬼と人は常に相入れない存在なんだよ。
それで傷付くのはだれだ?
名前だろ。
あいつは大事な可愛い可愛い妹だ。
傷付けてみろ。
俺はお前を殺してやる。」
「………。」

冗談であるかのように言っているが、目が僕の目を捉えて放さない。
僕は動揺を悟られないようにその目を反らさず睨み返す。

「まぁ、赤司くんが誰かを殺して本当の殺人鬼になるなら一緒にいられるだろうけどな。
でも所詮は近いだけの一般人。
あんたにそんな覚悟はないだろうな。」

その時零崎がキッチンから僕等を呼ぶ声がした。

「以上、戯言終了。
さ、行こうぜ赤司くん。」

人識さんはソファから腰をあげ、僕に背を向けた。

「出来ますよ。」

僕はその背中に言った。

「零崎といられるなら出来ますよ、そのくらい。」
「………じゃあやってみろ。
その時は喜んで零崎一賊に迎えてやんよ。」

そう言って振り返らないまま、ひらひらと手を振ってテーブルへ向かって行った。


その後の食事は何事も無かったかのように明るかった。
人識さんと目が合うとにやりと皮肉に笑われたけど無視しておいた。
「遅くまでごめんね。
舞姉が根掘り葉堀りずけずけと聞くから…。」

赤司くんとは何も無いのに…、と零崎は拗ねたように呟いた。

「いや、僕も久しぶりに大勢で夕飯が食べれて楽しかった。
ありがとう。」
「良かった。
うちで良ければいつでも来てよ。」
「あぁ、またお邪魔するよ。」

零崎は満足そうに笑った。

「そういやとし兄と何話してたの?
顔がすっごい怖かったよ?」

会話を思い出し、零崎の顔を改めて見る。
零崎はきょとんとしてどうしたの、と聞いてくる。


………僕が諦める?
笑わせる。


「人識さんに僕に君はやらないと言われたよ。」
「は?
………もう、とし兄は。私達は友達だって言ってるに。
ごめんね、赤司くん。」

名前は眉を下げて笑った。


そうだ。今は、まだ。


僕は零崎の顔に近付けて、
そして額にキスをした。

「……顔が間抜けだぞ。
もうちょっと良い顔をしろ。」
「いや……え?」
#NME1#は何か起こったか理解出来ていないようでぽかんとしている。
もう一度キスをすると顔はみるみるうちに赤くなり、口をぱくぱくしている。

「…………あの、えと、これはどう受け止めるべきなんでしょうか。」
「宣戦布告、だ。」

零崎は目を見開いてまた顔を真っ赤にさせて俯いた。

「明日からは容赦無く行かせてもらう。
覚悟しておけ。
それに名前で呼ばないとキスするからな。」

とりあえずこれで分かっただろう。
今日はこのくらいで許してやるとしよう。
僕は零崎に背を向けた。

「じゃあまた明日な、名前。」


きっと名前はより顔を赤くしているだろう。


さぁ早く零崎の【紅】より、僕の【赤】に染まれ。


どこからともなく飛んで来た二本のナイフが僕のすぐ横を通って地面に突き刺さった。


それはあまりにも滑稽な歪んだ家族の形だった
(彼女には重度なシスコンの兄と姉がいた。)



しおりを挟む