◎10年後

「社長、面会のお時間です。」
「あぁもうそんな時間か。分かった今行く。」








「ですが、前回はこの話を受けてくれると仰って下さったじゃありませんか!」

鬘で剥げた頭を必死に隠そうとしている男は冷や汗を垂らしながら机に乗り出す。
赤司は顔色一つ変えず、堂々と言い張った。

「えぇ言いました。」
「では何故!?」
「それは貴方が一番分かっているのでは?」

思い当たる事がないらしく男は顔をしかめる。
すると赤司は溜め息を吐いて腕を組んだ。

「私の部下に貴方の会社を調べてもらったところ、貴方は私の会社を潰そうと考えておられるということが判明したもので。」

赤司が話すにつれて男の顔が青ざめていく。

「ですからこの話は破談とさせていただきます。
それでは仕事残っておりますので。」

席を立とうとする赤司の手を掴み、男は叫ぶ。

「でっ、デタラメだ!あり得ない!!」

そんな男を赤司は汚い物を見るかのような冷たい眼で見る。

「私はその部下に絶対的な信頼を置いています。
ですからこれは確信を持った事実です。
貴方と話すことはもう何もない。お引き取りください。」

赤司は虫を払い除けるかのように男の手を払い、その左右違う色の眼で男を見据えて静かに言った。

「これ以上私の会社に関わらないと言うならこの話は忘れる事と致しましょう。
しかし少しでも私の邪魔をしようものなら、容赦なく貴方の会社を潰す。」

男は腰を抜かし床に座り込んで震えていたが、その事に気付いた男はみるみるうちに顔を赤くした。

「しゃ、社会に出たてのガキが意気がるな!
わざわざこっちが下手に出てやったっていうのになんだその態度は!
あぁ、そうだ。お前の会社を潰してやろうと目論んでたさ。
設立二年でトップに並んだからって調子にのるんじゃない!」
「言いたい事はそれだけですか?」

男の怒声が一段落したところで冷たく言い放つ。
それがまた癇に触ったらしく、立ち上がり叫んだ。

「目上の人間に逆らってこの業界を生き抜けると思ったら大間違いだ!
私が一人でのこのことやって来たと思ったか?
おい、来い!お前なんか殺してやる!」

しかし誰も現れないし何も起こらない。

「な、何故来ない!どこ行ったんだ!?」
「お探し物はこれですか?」

突然扉の方から声がしたかと思うと何かが飛んできて男の足下に落ちた。

「なっ!?」

それは元は人間だった物。
たまらず男は膝を付いてその物の上に吐いた。

「な、なんっで!?
こいつはプロの殺し屋だぞ!?」

扉の方を向くとここの社長とそう変わらないであろう若い女が立っていた。

「殺し屋?
やっぱり殺し名じゃないよね、あんな弱い奴。」
「殺し名……?」

男が首を傾げると女は溜め息を吐いて鼻で背世羅笑った。

「殺し名も知らない人間に我が社を潰せる分けがありません。
我が社を潰したいなら少なくとも殺し名序列一位か二位くらいは雇っていただかないと。
殺し名でない殺し屋なんて雑魚で殺せると思ったら大間違いです。
まだまだ我が社も舐められたものですわ。
で社長、どうしますこの男。」

女は男を一瞥して赤司の方を向く。
赤司はこの光景を顔色一つ変えずに見ていた。
まるでこんな出来事など日常茶飯事であるかのように。

「聞かなくても分かってるだろ。
僕に逆らうやつは、親でも殺す。」
「はいはい、仰せのままに社長。
というわけで社長の命令は絶対なので私に殺されてください。」

女はどこからか銃刀法違反に確実に捕まるであろう刃渡りのナイフを取り出し、笑顔で男の前に立つ。

「い、命だけは助けてくれ!
お願い、お願いします!
どうか命だけは助けてください!」
「自分が殺されるリスクも考えずに他人を殺そうなんて、そんな覚悟で人間を殺せるわけないじゃない。
あの世で、反省しなさい。」
「た、助けっ……!!」



「あ、名前ちゃん終わった?お疲れ様ー。」
「ありがとー終わったよ、桃ちゃん。」
「じゃあ私みどりんに電話かけてくるね!」

そう言って秘書である桃井は部屋を出て行った。
名前を見ると彼女はナイフに付いた血を拭き取り僕を見てふわりと笑った。

「面倒臭いおっさんの相手お疲れ様。
やっぱ社長は大変だね。」

僕は大学を卒業して直ぐにIT関係の会社を立ち上げた。
一年ほどで経営が軌道に乗ったため様々な事業に手を出し、今では食品からホテルの経営、スポーツ団体のスポンサーなどありとあらゆる事業を手掛けている。

「君こそ二人殺ったんだから疲れてるだろ。」
「殺人鬼なめてもらっちゃ困るね。
この程度で疲れる私ではないよ。」
「終わったようですね、お疲れ様です零崎さん赤司くん。」
「テツヤこそ今回も潜入調査お疲れ様。
おかげで怪我もなく手間取らずに済んだよ、ありがとう。」
「いえ、役に立ててよかったです。」
「黒子くんが今回のMVPだよ。
私も無駄な殺しをしなくて済んだしね、ありがとう。」

テツヤはミスディレクションの能力を更に磨き、この会社の諜報員として働いてもらっている。
この能力は名前が考えた通り闇口の能力で本来は暗殺の為のものだが流石にそこまでは習得しなかったらしい。

「そんなことないですよ。
この会社で一番頑張ってるのは赤司くんですから。」
「だって社長様だもん、頑張ってもらわなくちゃ会社が成り立たないじゃない。」
「それもそうですね。
そういや桃井さんが緑間くんに電話かけてました。
また死体処理頼むんですか?」
「そうだな、あと大輝にも連絡を入れるよう伝えといてくれ。
あの会社は多額の借金を抱えてたからな。
返せなくなって殺されたって事で処理してもらう。」

真太郎は僕の経営する病院の委員長。
大輝は警察の幹部。
二人にはこういった時の処理に融通を利かせてもらっている。
因みにその会社が借りていた金融会社を経営していたのも僕。
表向きにはヤクザがやっているがそのヤクザをまとめているのは僕だ。

「分かりました。
それと紫原くんが明日の食事はどうするか聞いてましたよ。」

敦は食品部門を任せていて僕の専属シェフとしても働いてくれている。

「敦に任せる。敦の料理は美味しいからね、期待しているよ。」
「私も紫原くんの料理好き!
明日の赤司様聖誕祭楽しみだなー。」
「誕生記念パーティーだ。
それに目的は契約会社を増やすこと、信頼性を高める事だ。
でなければそんな面倒な事しないよ。」
「司会に黄瀬くんまで呼んでおいてよく言いますね。」
「何を言っている。涼太のマネージャー兼社長は僕だ。
どう使おうが僕の勝手だよ。」
「「職権乱用。」」
「何とでも言えばいい。」

涼太はこの会社の宣伝も兼ねてモデルを続けてもらっている。
最近ではバラエティーに出演したり俳優としても活躍していてテレビで見ない日はないというくらい人気者だ。

「火神くんはちょっとだけ顔を出すそうですよ。」

大我はアメリカでバスケの選手としてリーグに出ている。
勿論この会社の広告塔でもある。

「そうか、明日は久しぶりにみんな揃うな。」
「そうですね。
それぞれ忙しくて集まる事なんてほとんどありませんでしたからね、楽しみです。
では僕も明日の準備をしてきます。」

そう言ってテツヤは出ていき、部屋には僕と名前が残った。

「でもほんとに今日が聖誕祭じゃなくて良かったの?」
「本当の誕生日くらいゆっくりしたいよ。
それに今日はやらなきゃいけない事があるしね。」

名前は首を傾げるが何か思い出したようにごそごそとスーツの内ポケットをあさって何かを取り出した。

「はいはっぴーばーすでーせーじゅーろー!」
「……これは?」
「誕生日プレゼントー。」

渡されたのは栄養ドリンクコンビニの袋付き。
しかも一本だけ。

「征十郎最近忙しいからそれで元気出してね。」
「殺されたいのか。」

冗談だよー、ともう一つちゃんと包装された袋を取り出す。
いつも思うが彼女のポケットは四次元ポケットなのだろうか。
ナイフやその他武器があり得ないほど出てくる。

「はい、今度こそ本命。」

包装をあけると有名なブランドの万年筆。
ちゃんと名前が彫ってある。

「何がいいか迷ったんだし伶央姉にもいろいろ相談したんだけどやっぱり実用的な物がいいと思ってこれにしたの。
これから益々忙しくなるだろうけど頑張ってね。
私は影から支える事しか出来ないけど命をかけて征十郎を守るよ。」

名前には桃井と同じように秘書をしてもらっているが本業は用心棒のようなもの。

「命をかけてもらっちゃ困るな。
それより名前、僕にもう一つプレゼントをくれるか?」
「へ?ごめん、気に入らなかった?」
「いやとても気に入ったよ、ありがとう。
だがもう一つ僕はもらいたいんだ。」

頭に疑問符を浮かべる。
僕はポケットにしまっていた小さな箱を取り出す。
すると名前は目を見開く。

「征十郎、それって……。」
「あぁ、結婚指輪だよ。受け取ってくれるかな。
って言っても僕の命令は、」
「ぜったーい……じゃなくて。
本当にいいの?」
「因みに明日のパーティーは結婚会見でもある。」
「私が断ったらどうするつもりだったのよ。」
「そんなことあり得ないだろ。」

まぁそうだけど。
そう言って名前は左手を差し出す。

「不束な殺人鬼ですが、末長くよろしくお願いいたします。」

僕は薬指に指輪をはめる。

「僕が死ぬときは君を殺して連れていくよ。
死んでも離さないからな、覚悟しておくんだな。」
「……喜んで。」

笑いながら綺麗な涙を流す名前を抱き締める。

「愛してるよ、名前。」
「私もあなたを殺したいほど愛しています。」


さぁ共に狂いましょう…………どこまでも。



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