◎第拾話


少し前に名前ちゃんは教えてくれた。
月の光を浴びると鬼の姿になってしまうこと。
私と同じ鬼。
初めて見たその姿は息を飲むほどに美しかった。

「暴露たらここにはいられない。」

この事は二人だけの秘密…。

「名前ちゃんお疲れ様!」
「ありがと千鶴。」

鍛錬が終わった名前に千鶴が手拭いを渡す。
それを名前は小さく笑って受け取る。

「いやー、やっぱ屯所に華があるっていいなぁ。」

それを見ていた新八が顎に手を当てながらにやにやと呟いた。
横で平助もうんうんと頷く。

「明るくなるっつーかさ、雰囲気良くなるよな!」
「………確かに明るくはなったかもしれないが。」
「新八さんも平助も下心見え過ぎだよ。」

総司が呆れた顔で溜め息を吐く。

「お前ら千鶴の時も名前の時も気付かなかったくせに現金は奴だな。」

確かに腕の立つ名前が来た事で隊士の士気も上がったし(不純な動機の奴等が大勢いることも確かだが)、最初はピリピリしていた空気もいつの間にか穏やかになった。
それに最近市中でも大きな事件も起こっていない。
そう、俺達は油断していたのかもしれない。
俺達にはもう一つ敵がいた事を。
その夜遅く奴等はやって来た。

「久しぶりだな、人間共。
いい加減我が妻を渡して貰おうか。」
「風間………。
生憎だが俺達には千鶴をお前に渡さなきゃならねぇ理由がないからな。」

そう言って土方さんは刀を構えた。
互いに睨み合い、踏み出そうとした時、

「風間、目的は果たしました。
長居は無用です。」

二人の間に天霧が現れた。
暴れる千鶴を抱えて。

「千鶴!!」
「行かせる訳がなかろう。」
「土方さん!!」

天霧に飛びかかろうとした土方さんを風間が刀で止める。

「おい原田!
余所見してんじゃねぇよ!」
「………チッ。こなくそ!」

千鶴が風間に渡され、土方さんを天霧が抑える。
俺は不知火相手で手が離せない。
新八と平助はやられた隊士の手当て。
このままじゃ千鶴が連れて行かれる!!

「名前ちゃんだめ!!」

その時俺の横を白い何かがすごい速さで駆け抜けた。
不知火は手を止めて白い何かが行った方向を見て驚いていた。
俺も振り返ってみるとそこに居たのは刀を持ち寝間着を着た真っ白髪の女。

「千鶴を返せ。」

その女の声は聞き慣れ始めた声だった。

「名前………?」

確かに声は紛れもなく名前だが髪はどうなっている?
あいつの髪は漆塗りのように黒かったじゃねぇか。

「ほう、お前は月ヶ峰の鬼ではないか。
月ヶ峰はついこの間火事で滅んだと聞いていたがまさかお前だけ生きてのか。」

月ヶ峰?
それって有名な商人じゃねぇか。
でもその屋敷がこの前火事で全焼して一族も全員焼け死んだって聞いてたが…。
それにあいつの苗字は苗字だ。
一体どうなってるんだ…。
後ろからは名前の顔が見えない為あいつがどんな表情をしてるのかは分からない。


「もう一度言う。千鶴を返せ。」
「嫌だと言ったら?」

だがその声には明らかに怒りが感じとれた。

「奪い返す!」

言うが早いか手で持っていた刀を抜き鞘を捨て、風間に飛び掛かっていった。
その跳躍は普段のあいつよりも高く、速い。

「女の割になかなかやるではないか。
だがこの程度では俺には勝てんぞ。」

全力の名前を風間は千鶴を左に抱えたまま易安と受け止める。

「知ってる。」

そう言うと対峙したまま器用に身体を捻り、左側に蹴りを入れた。

「なっ!」

風間は防ぐ為に腕を挙げると千鶴の拘束が緩んだ。
その隙に名前が千鶴の腕を引き寄せる。

「名前ちゃん!」
「大丈夫?怪我してない?」
「私は大丈夫。でも名前その姿…!」

千鶴はぽろぽろと泣き出した。

「そんな事より……友達の方が大事。」

名前はフッと小さく笑って風間を睨んだ。

「貴様よくも邪魔してくれたな…。」
「大事な物を取り返しただけ。
奪ったのはあんただ。」
「貴様っ!」

風間が名前に斬りかかろうとした時、土方さんと対峙していた筈の天霧が間にわって入った。

「風間、ここは引きましょう。
長引くのはあまり良くありません。」

天霧がそう言うと風間は舌打ちをして刀を鞘に戻して踵を返した。

「覚悟しておけ月ヶ峰の鬼。
次に会った時は必ず殺してやる。」
「それはどうも。」

二人は少しの間睨み合い、やがて風間と天霧は姿を消した。

「で、お前は行かないのかよ。」
「いやー、優しい俺様がちょっとばかし忠告してやろうと思ってな。」

にやにやと笑っていた不知火の顔が真面目になった。

「あの二人、特に月ヶ峰の鬼の方は新選組には荷が重過ぎるぜ。
雪村の方は知らねぇが月ヶ峰の鬼はやばい。」
「どういう事だ。」
「あいつを殺そうとする人間は山程いるんだよ。
同時に欲しがる人間もな。」

意味が分からなかった。
月ヶ峰の人間だからなのか?

「あいつは鬼としては中途半端だが、殺し屋としてあいつの上をいくやつなんか滅多にいないだろうよ。」
「!!!
おい、それどういう事だよ!」
「俺様が言えるのはここまでだ。
後は本人に聞きな。」

そう言うと不知火は風の様に姿を消した。
くそ、肝心な所を言わずに逃げやがった。

「おい!待て!」
「名前ちゃん!!」

土方さんと千鶴の叫び声が聞こえて振り向くと二人は屋根の上に向かって叫んでいた。
俺もその方向を見ると月に照らされた名前が立っていた。

「名前お前そんな所で何してんだ!
早く降りて来い!」表情は逆光で見えない。
しかし唯ならない雰囲気が漂っている。
ここでこいつを止めないとやばい。
感覚がそう言っていた。
何度か呼び掛けると名前はゆっくり口を開いた。

「私は鬼。鬼と人間は相入れない存在。」
「そんなことないよ!!」

千鶴は泣きながら叫ぶが名前はゆるゆると首を振った。

「暴露てしまったからにはもうここには居られない。」

そう言うと踵を返した。

「今までお世話になりました。
少しだけだけでしたが楽しかったです。」

さようなら。

それだけ言うと名前は一瞬のうちに月夜の闇に消えてしまった。



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