◎第玖話


確かに隊務が忙しくて疲れているのもあるかもしれない。
それでも、

「最近名前笑うようになったよな!」

何気無く呟いた平助の言葉に内心動揺する。

「確かに!
前から美人だったけど無表情で怖かったけどさ、今は表情も豊かになって更にべっぴんさんになったよな。
なぁ、左之もそう思うだろ?」

そう言って新八が肩を組んでくる。
まだ昼間だってのに酔ってんのかこいつ。

「あぁ、そうだな。」
「お?なんだなんだ?
もしかして左之は名前ちゃんに懸想か?」

そんなんじゃねぇよ。

「悪い。俺ちょっと土方さんに用があったんだ。
ちょっと行ってくる。」

絡んでいた新八の腕を払って立ち上がり、不思議そうに見ている二人に背を向けた。

「なぁ平助。
ありゃ本気か?図星ついちゃったか?」
「さぁ。 単に名前を拾って来たのは左之さんだから心配なんじゃねぇの?」
「そうなんかねぇ…。」

まぁ、土方さんに用があったのは本当だ。
市中でちょっとした諍いがあってその報告だ。

「やるねぇ名前ちゃん。」
「いえ、私はまだまだです。」

中庭の方から総司と名前の声がした。
撃ち合いでもしていたのだろう。
最近総司はよく名前の相手をしている。
なかなかの腕である名前は周りにはいない戦い方である為、試合をしていて面白いらしい。
そんな事にさえ俺の心はざわつく。
名前を見つけたのは俺なのに。
そんな子供のような思いが脳裏を掠める。

「こんにちは、原田さん。」

気付くと名前が目の前の井戸まで来てた。

「あ、あぁ。精が出るな名前ってお前なにしてんだ!!」

名前は井戸の前で袴の上だけを脱ぎ、下着姿で頭の上で桶を抱えていた。

「何って汗をかいたので水浴びしようとしてます。」
「お前女だろ!
他の奴が見てたらどうすんだよ!」

最近分かった事がある。
こいつは女としての自覚が無い。
それどころか常識についても危うい。

「大丈夫です。
さらし巻いてますからばれませんよ。」
「そういう問題じゃねぇだろ…。」

こっちが大丈夫じゃねぇんだよ。
溜め息を吐くときょとんと首を傾げる。

「とりあえず外見張っててやるから風呂入ってこい。」
「いえ、原田さんに手間をかけさせる訳にはいきません。
私はこれで十分です。」
「俺が十分じゃねぇんだよ。
ほら、手間じゃねぇから用意持ってこい。」

そう言うと名前は渋々自分の部屋にぱたぱたと走って行った。
あいつがどんな家に生まれたかは知らねぇが普通の女の子として育てられていないだろう。
ここにくる前、あいつはどんな生活をしていたのだろう。

「お待たせしました!」
「よし、行くぞ。
それとこれ以降あんな事すんじゃねぇぞ、いいな。」
「………??はい。」

ーーーーーーーーーーー

「わざわざすいませんでした。」
「なんだよ、もっとゆっくり入ればいいのに。」
「いえ、十分ゆっくりさせていただきました。」

髪の濡れた名前は艶やかだった。
うわ、これ女にしか見えねぇじゃねぇか。

「ほら頭濡れたままだと風邪ひくぞ。」

そんな姿他の奴には見せらんねぇよ。
肩に掛かっていた手拭いを取って名前の髪を少し強めにわしゃわしゃと拭く。

「わっ、ちょ、原田さん!
自分で出来ますから離してください!」
「いいから大人しくしとけって。」

最初は抵抗していたがやがて下を向いて大人しくなった。

「ほら、出来たぞ。」
「あ、ありがとうございます…。」

名前は下を向いたままぼそりと呟いた。
そんなに嫌だったのか?
下から顔を覗き込むと

「ち、千鶴の手伝いしてきます!」

一目散に走って行ってしまった。

「………ははっ。」

表情の乏しかったあいつが顔を真っ赤にしていた。
これは自惚れてもいいんだろうか。
俺しか知らない名前の表情。

「可愛いとこあんじゃねぇか。」

さっきまでの苛つきはいつの間にか消えていた。


「名前ちゃんどうしたの?
顔赤いよ?」
「なんでもない!」



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