◎第拾弐話


あれから一週間が経った。
名前はまだ見つからない。

「俺、今日非番だからちょっと遠くまで探しに行ってくる。」
「あの、さ、左之さん。」
「なんだ平助。」
「こんだけ探してもいねぇんだもん。
あいつもう、京にはいねぇんじゃねぇの?」
「………行ってくるわ。」
「左之さん!」

そんなことねぇ。
そんなこと………

平助の言う事だって分かる。
俺だって心のどこかでは思っている。
でも諦めきれない。

「名前………お前どこにいるんだよ。」

最初はどこか世間離れしていてほっとけなかった。
それがいつからかそれだけじゃなくなった。
あいつにそんな感情があるかは分からない。
でもこのままの状態で終わるのは嫌だったんだ。

「………………名前!」

いつの間にか河原まで来ていた。
いつかの羅刹が逃げていたあの河原に。
そこにあいつはいた。
俺の声が聞こえていないのか木の上の方の枝に座ってぼーっと空を見上げていた。
俺は木の下まで近付いてもう一度名前を呼ぶ。

「名前!」

その声に漸く我に帰ったらしく肩を揺らして下を見た。
そして俺の姿を見た瞬間逃げようと慌てて立ち上がった。

「逃げるな!そこを動くんじゃねぇぞ!」

逃がすもんかと少し強めに怒鳴ると名前は怯えた顔をした。
その表情に違和感を覚える。
こいつ、こんなに表情豊かだったか?

「………私を、捕まえに来たんですか?」

久しぶりに聞いた名前は小さくて弱々しかった。

「何言ってんだよ。お前は何もしてないだろ?
迎えに来たんだ。
さっさと降りてきて帰るぞ。」
「帰る………?どこへ………?
私の居場所なんて、ありません。」

名前はフラフラしていた言葉も眼も虚ろだった。
ヤバい、こいつ一週間何も食べてないから体力が限界なんだ。

「鬼の私に帰る場所なんて、」

そう言った瞬間名前の身体がぐらりと揺れた。

「っと、危ねぇ…。
それにしてもこいつ軽すぎるな…。」

なんとなく落ちるんじゃないかと予想していた為、難なく名前を受け止める。
確かに細身ではあるし、一週間何も食べてない。
でもそれを考えても軽すぎる。
こいつは月ヶ峰でどうやって育ってきたんだ?
「………………ない、ん、です…。」

名前そう呟いて一筋の涙を流し、意識を手放した。
その声があまりにも痛々しくて思わず折れそうな名前身体を抱き締める。

「そんなことねぇよ……。」



「左之さんお帰りー………って名前どうしたんだよ!?」

急いで屯所に帰るとたまたま通りかかった平助がぐったりとした名前を見て驚く。

「話は後だ。
俺はこいつは俺の部屋に運ぶから千鶴呼んできてくれ!」
「わ、分かった!」

ドタバタと平助は屯所の奥に走っていった。
とりあえず命に別状は無いはずだ。
こいつが起きたら話聞かないとな…。

「原田さん!」

部屋の布団に寝かせたところで千鶴が泣きそうな顔で入ってきた。

「大丈夫だ。
怪我とかしてないか見てやってくれ。」
「はい!」

これでなんとかなるだろ。
俺は名前を千鶴に任せて部屋を出る。
そして障子を背にしてズルズルと座りこんだ。

「よかった………!」

部屋出た途端に緊張の糸がとけ、疲労感と安心感で力が抜けた。


少ししたら千鶴が部屋から出てきた。

「何も食べてなくて痩せてしまっているのが気になりますがちゃんと休めば大丈夫そうです。
後は原田さんが付いていてあげてください。」
「いや、俺より千鶴がいた方がいいんじゃねぇか?」

千鶴は涙の滲んだ顔でフフっと笑った。

「名前ちゃんを一番心配していたのは原田さんですから。」

それでは、と千鶴はお辞儀をして仕事へと戻っていった。
部屋に入るとさっきよりはいくらか穏やかな表情になった名前が寝ていた。
ちゃんとここにいることを確かめるようにそっと頭を撫でる。

「早く目を覚ませよ、名前………。」



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