◎第拾参話


名前、名前……!


私を呼ぶのは誰?
兄様?
いや、似てるけど違う……
あぁ、そっか。

この声は……


気が付くとそれはもう見慣れた天井が目に入った。
私は見慣れたと思うくらいここに馴染んでしまったのか……

「っ!?」

ここ屯所だ。
私はいつ来たんだ?!
気を失う前の記憶を一生懸命手繰り寄せる。

「お、気が付いたか。体調どうだ?大丈夫か?」
「…………原田さん。」

あぁ、思い出した。
河原に逃げた私を原田さんが見つけて、それから私は倒れて……

「迷惑かけて、すいません。
直ぐに、出て行きますから……。」

起き上がろうとしたが身体が重くて動かない。

「そんな事言うな。
迷惑なんかじゃねぇからまだ寝とけ。
千鶴に何か作ってもらってくるからそこを動くなよ。」

原田さんはビシッと私を指差してから部屋を出て行った。
動くなって言われても動こうにも動けないんだからどうしようもないじゃないか……。
本当は逃げたかったけど、大人しく待つことにする。
数分後、原田さんは温かいお粥を持って再び現れた。
起こしてもらい座るが身体が支えられない。
後ろに座布団を丸めて置いてもらうとやっとしっかり座れた。

「ほら、食べろ。」
「……食欲無いです。」

れんげで掬ったお粥を目の前に差し出されるが食べる気がしない。
一週間飲まず食わずの生活は前なら耐えられたはずなのに。
その前に鬼の力を使った事は大きいが、ここでは毎日食べられたからその生活に慣れてしまったのだろう。

「ほら、せっかく千鶴がお前の為に作ってくれたんだ。
ちょっとでもいいから食べろよ、な?」
「…………。」

千鶴……。
別れる前の千鶴の泣き顔が浮かんだ。
きっと私がこれを食べないと千鶴はまた悲しい顔をするんだろうな……。
私は恐る恐るれんげに口を付けた。
お粥を飲み込むと身体がじんわりと温かくなっていくのがわかる。
あぁ、私まだ生きてるんだ……。

「よしよし、もっと食え。」

原田さんは嬉しそうにれんげでお粥を掬っては私の口に運ぶ。
半分食べ終わったところで首を振ると器を横に置きにこりと笑った。

「じゃあもう寝とけ。
早く元気になってしっかり働いてもらわないとな。」
「…………私切腹じゃないんですか。」

原田さんはきょとんとしているので局中法度、と呟く。

「それなら問題ねぇよ。
まぁ、元気になったらいろいろ聞かれるだろうけど。
まぁ多分きつーい説教だけだと思うぜ。」
「…………。」

そんなものでいいのだろうか。

「私、殺されるんじゃないんですか。」

ぽつりと言うと笑っていた原田さんが急に真面目な顔になった。

「なぁ名前。
お前ここに来る前どこにいたんだよ。
何があったんだ?
それに月ヶ峰の鬼って……。」

あぁ、とうとう話さなければならないのか。
いつかこうなる事は分かっていたけど、でももう少し知らないままでいてほしかった。

ただ少し強いだけの人間でいたかった。

「その通りです。
私は……苗字名前は鬼と羅刹の間に産まれし異形の鬼。
そして月ヶ峰に遣える用心棒兼暗殺者。
通り名は月ヶ峰の鬼。
それが私の正体です。」



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