◎第拾肆話


「おかあさん!おかあさん!!」

「名前、強く、生きなさい。
何があっても生き抜くのよ……。」

「やだ!名前をひとりにしないで!!」


五歳の時に母が死んだ。


「久しぶりだな、名前。」

身寄りの無い私を引き取ったのは死んだと聞かされていた父だった。
その日から私の人生は奈落の底へと堕ちていった。
母は羅刹だった。
当時の私は羅刹が何なのかはよく分からずに聞いていたがお金の為に身体を売って実験台になったらしい。
しかもそれは成功したらしく、血に狂う事もなく生活していた。
そこへやって来たのが鬼の一族である月ヶ峰次期当主、私の父だった。
珍しいと母を無理矢理買い、娯楽と見世物にする為に側室として置いていた。

数年後母は私を身籠った。
母はこのままではいけないと夜に命かながら逃げ出し、誰も知らない小さな村で独り私を産んだのだった。

五年間、私達は平和に苦しくとも幸せに暮らしていた。
しかし私が五歳になった頃突然母が体調を崩し、あっという間に死んでしまった。
ただ一言、「生き抜け」と私に言い残して。


村の人達は母を葬ってくれたが自分達でいっぱいいっぱいのの生活の家ばかりで私を引き取れる家は無かった。
どうすることも出来ずにただ呆然としていた私のもとにある日父と名乗る人物が現れた。

「久しぶりだな、名前。
と言っても会ったことは一度も無いがな。」
「…………だれ?」
「お前の父親だ。
…………名前、お前は生きたいか?」

父は私を蔑むような眼をしていたのをよく覚えている。
しかし私は、

「…………それが、おかあさんとのやくそくだから。」


その日から私は実子とは明かされず月ヶ峰の家に入り、用心棒となるべくあらゆる稽古に明け暮れた。

「泣くな!!泣いたって強くなれんぞ!!
弱い奴はいらんのだぞ!!」

泣いたら余計に殴られる。
暴力を受けながら厳しい特訓に必死で耐える中で私の感情はだんだん消えていった。


鬼と羅刹の血が混じった私の身体能力はとても高く、十歳になった頃には他の大人に遅れをとらないぐらいに強くなっていた。
その頃丁度、当主が死に父が当主となった。

「名前。」
「……何でしょう当主様。」
「お前には次期当主である私の息子である十六夜の専属になってもらおうと思っている。」
「ありがたき幸せにございます。
この苗字名前、命に代えても十六夜様をお守りいたします。」

そして私は兄様と出会った。

「今日から十六夜様に遣えさせて頂きます苗字名前にございます。
どうぞこの命、十六夜様のお好きなようにお使い下さい。」
十六夜様は当時十八歳。
白銀の髪と金色の眼を持つとても美しい鬼だった。

「そんなに畏まらないでいいって。
あ、なんなら僕のことお兄ちゃんって呼んでくれたっていいんだよ。
寧ろそっち推奨。」
「主である十六夜様をそんな呼び方できません。」
「えーいいじゃん!
二人の時だけでいいからさ!」
「しかし、」

十六夜様は私に近づき、肩にそっと手を置いて微笑んだ。

「じゃあこれは命令だ。
名前、僕を兄と呼びなさい。」
「…………では、「兄様」とお呼びさせていただきます。
しかし他の者がいない時ですよ。」

すると兄様はありがとう、と笑った。
こうして私と兄様のおかしな主従関係が始まったのだ。
今思えばきっと兄様はご存知だったのだろう。
私が兄様と腹違いの兄妹だと。
それで可愛がってくれたのだ。

兄様に遣えて五年が経った頃。
私は兄様を守りながら暗殺者としても働いていた。

「名前、今日の任務はこの者を暗殺することだ。
失敗は許されぬ、よいな。」
「御意。」

一族の邪魔になるものはたとえ女子供であろうと殺す。
それが当主様の方針だった。
私は与えられた任務を淡々とこなす。
ただそれだけだった。

「名前。」
「何でしょう兄様。」
「お前はこの仕事が嫌ではないのか?」

ある日兄様が尋ねてきた。

「嫌も何もありません。
これが私に与えられた任務ですから。
私はそれをこなすだけです。
そこに感情はありません。」

そう言うと兄様は悲しそうな顔をした。

「僕は父さんのやり方は間違っていると思う。
人間は儚い、故に懸命に生きている。
その命を簡単に奪っていいはずないんだ、絶対に……。」
「兄様……。」

その時の兄様の顔は影になって見えなかったがこの時すでに歯車は狂いだしていたのだ。

私が夜、任務から帰ってくると屋敷は静まりかえっていた。
確かに今は夜中。
みんな寝静まっているのかもしれない。
だけどこれは……。

屋敷に入るとそこは

「血の臭い…………。」

血の臭いが充満していた。
それも一人や二人の量ではない。

「……兄様!」

私は屋敷中を探し回った。
そこらじゅうに死体、死体。
しかも屋敷の者ばかり。
いったい何があったんだ……。

「十六夜様、十六夜様!
どこにいらっしゃるのですか十六夜様!」

その時、微かに悲鳴が聞こえた。
当主様の部屋からだ!
急いで向かうとそこにいたのは、

「おかえり、名前。」
「兄、様……?」

血塗れの刀を持った兄様と既に事切れた父がいた。



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