◎第拾伍話


「兄様、何していらっしゃるのですか……?」

兄様は返り血の付いた顔でいつものように美しく笑った。

「名前。僕はね、もううんざりなんだ。」

「こんな家無くなってしまえばいい。」

「どういう、ことですか……?」

兄様は私に近づいてくる。

「こんな血で汚れた家を僕は継ぎたくない。
今まで汚い仕事ばっかりさせてごめんね名前。
でもそれも今日で終わりだから。」

そしてそっと私を抱き締めた。

「兄様……?」
「名前、僕の妹になってくれてありがとう……。」

そう言うと兄様は私の右肩辺りを突き刺した。

「兄様!?」

それは兄様の心臓の位置。

「これで、名前は………一度死んだ。
これからは……普通の、女の子と、して…生きるんだよ……。」

兄様は血を吐くと、刀を抜きずるずると床に倒れこむ。
私の右肩は直ぐに元通りになる。

「兄様!兄様!」
「逃げ、なさい。
この屋敷は、やがて火の海に…なる……。」
「主を置いて逃げることなんてできません!!」
「名前!!」

兄様に怒鳴られたのは初めてだった。
その剣幕に思わず動きを止めた。

「これは最後の命令だ。
名前ここから逃げろ。そして生き延びるんだ。」
「兄、様……?」

いつの間にか辺りは火に囲まれていた。

「早く!」
「生き抜け、我が妹よ。」
「!!」

それは忘れていた母の最後の言葉。


それからの記憶は曖昧で気が付いたら知らない場所をふらふらと歩いていた。

生き抜けと言われたがもう、生きる意味を失ってしまった。
そんなときに出会ったのが新選組だった。

「私は再び新選組の為に戦うという生きる意味をもらいました。
ここでの生活は今までと全く違っていて戸惑いましたが仲間ができました。
友達もできました。
昔の私には考えられない幸せでした。」

でも、それは人間であったから。

「鬼なんて訳の分からないものを抱えてくれるわけがありません。
もともと人と鬼は相容れない存在なんです。」
「…………。」
「ご迷惑をかけてすみません。
歩けるようになれば直ぐに出ていきますから。
だから……」
「名前。」
それまで黙って聞いていた原田さんが口を開いた。

「誰がそんなこと決めたんだ?」
「誰って、そんなこと当たり前じゃないですか。」

こんな気味の悪い存在と一緒にいたいはずがない。
誰だってそうだ。

「じゃあお前はどうしたいんだ?」

その言葉に固まってしまった。
私?私はどうしたい?

「他人の事は関係ない。
お前はどうしたい?
お前はここにいたいか?」

意思のないままに生きてきた。
私自身が人生の選択をしたのはたった二回だけ。
それ以外はただ与えられた路を歩いていた。

「なぁ、名前。
そろそろ自分のしたいようにしたっていいんじゃないか?
自分で行きたい路を選べよ。」

その言葉に渇れてしまったはずの涙がまた溢れてきた。
私は……

「私は、皆さんと、一緒にいたい!」

原田さんは優しくでも強く私を抱き締めた。

「鬼としてじゃない、苗字名前という存在を見てほしい!
私という存在を必要としてほしい!」

嗚咽の止まらない私に原田さんは耳元で優しく囁いた。

「新選組にはお前が必要不可欠だ。
お前は強いから今じゃ新選組の大きな戦力になってる。
それに千鶴なんかはお前がいなくなってから夜ずっと泣いてたんだぞ?
みんな鬼としてじゃない、名前が必要なんだよ。
だから新選組に戻ってこい。」
「…………はい。」

それから私は泣き続け、記憶がないからきっと寝てしまったんだろう。
意識が途絶える前、原田さんが何か言った気がする。
明日、お礼言わなきゃな。
それに新選組の皆さんにも……。


「俺には他の誰でもない、お前が必要なんだよ。
お前じゃなきゃ駄目なんだ……。」



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