◎第陸話


「そうだ名前。」
「何でしょう?」

原田さんの部屋から出るとき呼び止められた。

「年も近いみたいだし、千鶴と仲良くやれよ。」
「千鶴?
………あぁ、あの可愛らしい女の子ですか。」
「あいつはきっとお前と仲良くやれるよ。」

仲良く、ねぇ。
失礼しました、と部屋を出る。

「私は仲良くする方法が分かんないんだけどな…。」



「えっと、名前さんでいいですか?」

噂をすればなんとやら。
部屋に帰ると千鶴さんが部屋の準備をしてくれていた。

「いえ、さん付けも敬語も結構です。
私はそんな身分の高い人間ではありませんから。」

千鶴さんは戸惑ったようにあたふたと周りを見回してから、不安そうに私を見た。

「じ、じゃあ名前ちゃんでもいいかな?」
「はい。これからよろしくお願いします、千鶴さん。」
「私もさん付けや敬語いらないよ。
年も変わらないみたいだし。」

そんな事を言われたのは初めてだった。
しかし私は今までどんな相手にも敬語で話してきた。

「私はお世話になる身です。敬語で話さないわけにはいきません。」
「そんなの気にしなくていいよ。
私は名前ちゃんとお友達になりたいな。」

そう言って千鶴さんはにっこりと笑い、私の手を握った。
今度は私が戸惑う番だ。

「し、しかし…。」

『友達』
そんなもの私には無縁の言葉だと思っていた。
心の中にしまいこんだ儚い夢だった。

「本当にいい、の…?」
「うん!私は名前ちゃんと仲良くなれたら嬉しいな。」

兄様、私は一人だけこんな幸せを許しますか?
もし少しだけ、少しだけ望んでもいいのなら、

「ありがとう、千鶴。」

少しだけ夢を見させてください。
恥ずかしくて小さく呟くと千鶴が抱きついてきた。

「よろしくね、名前ちゃん!」

嬉しかった。
でも私はどうやって返せばいいかわからない。

「私は人と仲良くする方法なんて知らない。
だから貴方を傷つけしまうかもしれない。」
「そんなの少しずつ知っていけばいいよ。」

そう言って千鶴はまた笑った。
私は笑えているだろうか?
いや、それも少しずつ分かっていけばいいんだろう。
ここはもうあの家とは違うんだ。


兄様、私に初めて友達が出来ました。



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