「おい」
「はっ!え!何時?!遅刻!」
低い声が聞こえ、窓から降る明るい光に寝過ぎたと飛び起きる。
……あ、今日土曜日か。
寝起きから物凄く焦って、休みだったと思い出せば深いため息を吐く。
昨日ビール飲みながら我愛羅君と喋っててそのまま寝ちゃったんだ。
そういえば昨夜、突然我愛羅君が現れて、なんやかんや一緒に住む事になった事を、まだ覚醒しきっていない頭で思い出す。
私をジッと見つめる無表情は、相変わらず濃い隈を携えていて。守鶴のせいでやはり眠れなかったのかと思った。
というか、私が寝ている間外になんて出てないよね?
「外には出ていない」
「……」
そ、そうですか。
え、今心読んだの?そんな事もできたっけ?
何はともあれ、ちゃんと大人しくしていてくれて助かった。
今日からは一緒に寝よう。ちゃんとベッドで。
嫌だと言われても引きずり込もう。ベッドへ。
「改めて、おはよう。今日からよろしくね」
返事が無いのは分かっているが今はそれでいい。いい事にしておく。
軽い挨拶を済ませ、今日は我愛羅君の生活必需品やらを買いに行かなければと説明をし、昨日入りそびれたお風呂に入ってくるからと部屋を出る。
そういえば我愛羅君はお風呂とかって、入ってるよね?漫画にはそういう描写は無かったけど、木の葉には温泉とかあったみたいだし。砂はどうなのか知らないけど。
なんにせよあまり待たせる訳にはいかないのでシャワーのみで済ますが、早々と浴室から出てから脱衣所にて、私は重大な事に気付いた。
着替え、ここまで持ってくるの忘れた……。
一人暮らしだし今までは風呂場から裸のまま部屋へ行き服を着るスタイルだった私はいつも通りに来てしまった。
どうするか、先程脱いだ服は脱衣所であるここにあるが、スーツだし、下着だって一度履いた物を一瞬でも履くのは気が引ける。うーん。
こうなったら気にしないという事でバスタオルを巻いて出ていこう。悩んでも仕方がない。
十ほど歳下の子だ。私が気にする事も無いだろう。
気にしない気にしないと、バスタオルを巻き、濡れた髪もそのままに部屋へと戻る。
出たよ〜の声と共に突然バスタオル姿で現れた私に一瞬驚いた様な表情を見せた気がしたが気にしない。なんかごめんよ我愛羅君。
パンツはバスタオル巻いたまま履けるが流石にブラジャーは無理なので先に我愛羅君を部屋から追い出したいと思い「お風呂入っておいでよ、シャワーだけだけど」と声をかけると、私の気持ちも汲み取ってくれたのかは分からないが素直にお風呂場へと向かっていった。
十歳下と言っても一応男の子だ。私も流石に男の子の前で裸をおっ広げる訳にはいかないから助かった。
まあ、今更な感じもするけど。
「……あ」
って、我愛羅君も着替え持って行ってないじゃん。
下着も持って行ってない……てかそもそも新しい下着とかなく無い?!どうしよう!
今から買いに、ああでも一人にするの不安!
えー!どうしたらいいのー!
「と、とりあえず私が服着なきゃ」
バスタオル姿のまま悩んで我愛羅君が戻ってきたら意味がない。
一先ず、と服を着て、髪を乾かす前に脱衣所まで入り、浴室の扉を叩き我愛羅君を呼んだ。
「が、我愛羅君、あの、着替え、下着の事なんだけど」
「今のままでいい」
即答なんだ、ない事分かってくれてるからかな。
扉越しなので表情は伺えないが、変わらず低い声で今のままでいいと言われ、それをダメだよと言える状況じゃないので助かった。
今は申し訳ないが同じものを身につけてもらおうと、Tシャツだけ新しいやつ、ズボンはこのまま履いてね、ごめんね。と言い脱衣所を後にする。
しばらくして我愛羅君が上がってきたところで、私も出かける準備が出来た。
「髪、乾かしてあげるよ」
お風呂上がりで少し火照っている様子の我愛羅君にドライヤーを向けながら、部屋の隅にあるベッドに座ってと促すと素直に座る。
お風呂上がりで砂の鎧は無いのかな、火照ってるせいなのか顔もちょっと赤いし。
短髪なのですぐ、乾き終わったよと声をかけると、すまない。と。
……ん?すまない?すまないって言った?
え、ありがとうって事だよね?ね?!そうだよね?!
「…は、はっはっはっ。こ、これくらい構わんよ」
だめだ明らかに動揺した。
可愛いすぎて萌えすぎて。今なら目にねじ込んでも痛くない可愛いすぎて。
そんなに可愛いお礼を言うなら毎日髪乾かしてやんよ。
よし、この調子で顔に化粧水でも塗ってやろう。と我愛羅君をこちらに向けさせ化粧水を手に少量とり彼の顔につけようとすると拒否された。
化粧水だよ?乾燥するでしょ?と言ってみるとそんなの塗っても意味ないと。彼の事を知らない人ならなんで意味ないの?となるだろうが、そこは聞かないでおいて行き場の無くなった手のひらの化粧水を自分の顔に叩き込んだ。
いつ砂の鎧したんだろう。早技なんだなあ。
よし、じゃあ出かけようか。と意気込んで言おうと思ったが、その前にと脱衣所まで行き洗面台の下にある棚から買い置きしておいた歯ブラシを取り出し後ろを付いてきた我愛羅君に渡す。
「これ渡すの忘れてた。歯磨いてから出発ね」
終わったら浴室にある私の歯ブラシが入ってるコップに刺しといてねーと言い脱衣所から出た。
◇◇
マンションを出て、とりあえずご飯食べようよと出かける直前に昨日と同じ帽子を被せた我愛羅君に言いながら最寄りの駅まで向かう。
家の近所にはコンビニやスーパーくらいしか無いので、今日は服も売っているショッピングモールに行く予定だ。
「靴も買わなきゃね」
今はまだ暑いくらいの気温だが、学生は夏休みも終わり所謂二学期が始まってしばらく経つ。
もうすぐ涼しい秋がやってくるのだ。
いつまでここにいるのかは分からないがスニーカーくらいは買っておいてもいいだろう。
ん〜っと伸びをしながら「今日天気いいね」と声を掛けようとすぐ横にいる我愛羅君に顔を向けた、が、いない。
……いない!?
「って、おぃいいい!」
慌てて辺りを見回し見つけたと思ったらなんと人の家の屋根。
やめてよ!そんなとこ登らないで!と大きめの声で呼びかけると、小さく印を結ぶのが見え、
と思ったらザア、と言う音と共に我愛羅君の姿が消え、一瞬で私の横にこれまたザア、といいながら現れた。
これが瞬身の術……!ナマ瞬身の術!
いやいやいや、関心してる場合じゃない。
「我愛羅君!一瞬でそんな移動するとかやめてよね!びっくりしたし!そんな事する人この世にいないから!もうだめ!絶対!」
「……そうか」
我愛羅君が普通だと思ってた事でもこっちの世界だと普通じゃない事もあるだろうから、私に、歩いて、付いてきてね!と念押しておいた。
仕方ないか。と呟く我愛羅君を無視し、たどり着いた駅で切符を二人分買い一枚を渡すが電車の乗り方なんて知らないだろう。
電車とか知らないよね?と一応聞くと頷いたので改札をくぐる際私が先導し手本を見せる。
同じように改札をくぐってきた我愛羅君に覚えておいてねと言いながらホームまで向かい、すぐに来た電車に乗り込んだ。
「私親子丼で。我愛羅君は?」
「同じものを」
ショッピングモールがある街の最寄り駅まで来た私たちは駅からすぐの定食屋さんに入り、朝食を食べそびれた為本日最初の食事になる昼食をいただく。
「我愛羅君、親子丼好きなの?」
「……」
テーブルを挟んだ向かい側、運ばれてきた親子丼を食べながら我愛羅君に話しかけるが返事は無い。
ちょっとくらい話てくれてもいいじゃんと内心愚痴を言いつつ、静かに、美しい所作で親子丼を食べる我愛羅君に釘付けになるが、あんまり見ていても嫌われそうだと自分の親子丼を掻き込んだ。
「この先さあ、お買い物する場所だから人が結構多いと思うんだよね、だからほんとに逸れないようにしようね」
定食屋を後にしショッピングモールまで辿り着いた私達は割と多い人の波を避けながら先ずは忘れちゃいけない下着を買わなければと足を進め向かったのはこういう大きなショッピングモールには必ずと言っていい程あるお店。
レディース、メンズ、キッズの洋服は勿論、下着も揃う赤いブランドロゴが有名のお店だ。
ここで全部揃うんじゃないかな、シンプルな物なら我愛羅君が帰ってしまった後で私もTシャツとかなら着れるし。
「我愛羅君ほっそいからなあ、」
とはいってもキッズって感じでも無いだろうし。私からしたらキッズだけど。
下着はボクサーパンツの一番小さいサイズとかでいっか。あとTシャツとかパーカーとか上に着る系はメンズで良いな。ラフな物で充分だろう。
うーんと唸りつつ、我愛羅君の様子も見つつ、目ぼしい物をポンポンとカゴに入れて行き、後はズボンだけ。レディースの小さいサイズとか履かせてみるかと店内をウロウロし三着程持って試着させる。
大人しく試着してくれたおかげでサイズもすんなり決まった。
結局、数着の洋服を買う事に決め、重くなったカゴをレジに持っていき支払いを済ませ、店を後にした。
服以外の生活用品は特に要らないな。
あ、でも帽子は一つ買って今度からはそっちをかぶって貰おうかな。
「我愛羅君、あと帽子屋さんだけ行って帰ろう」
隣にいる私の帽子を被った少年に、お古だと嫌でしょ?と笑いかけると、ふと我愛羅君は足を止め、手のひらサイズのぬいぐるみをジっと見つめていた。
あ、クマのぬいぐるみ。
小さい頃持ってたよね確か。懐かしいのかな。
「それ、欲しいの?」
「……」
我愛羅君が見つめている横から手を伸ばしそのクマを持ち上げマジマジと見てみると、原作に出てきた幼少期の我愛羅が持っていた物によく似ていて、大きく違うのはサイズ感。
キーホルダーの金具が付いていて、これだと持ち運びも便利だろう。
「ちょっとまっててね」
本当はお父さんにもお母さんにも愛されていた我愛羅君だけど、それに気づくのはもっと先、風影になった時。
それまでは捻くれた少年として育っているけど、私の部屋に来たのも何かの縁だ。
帰るまでの間私が目一杯愛してあげようではないか。
このクマをプレゼントするのはそれの第一歩。
早々に会計を済ませ、包みも断りそのまま我愛羅君に手渡す。
少しだけこちらを向き、驚いた表情を見せたが直ぐに手渡されたクマを見つめて
「……ありがとう」
そう言った。
クマをプレゼントしてから、帽子と靴を買いに行き、ついでに小さめのショルダーバッグを購入して家路につく。
手ぶらの我愛羅君がクマをずっと手に持っていたので買ったばかりのショルダーバッグを袋から取り出し、それにクマを付けた。
「外に出かける時はそのカバンを持って行けばいいからね」
「……」
……ああ可愛い。
ずっと居てくれたらいいと思ってしまいそうになるがそれではダメだ。彼には彼の世界があって、交わることなんてない。
大人になった我愛羅君も見てみたいけど、そうなる前には帰ってしまうだろう。
帰る方法もなにも分からないが、それでもいつかは帰る日が来るんだ、という寂しさが溢れてきたのでそれを消すように今日の晩御飯はなににしようかと声に出した。
◇◇
それから家の近くのスーパーに立ち寄り食材を買ってから帰宅。
どっさりと購入した品々を部屋に置いて、ご飯作るからと、食材の入った袋を台所まで持って行けば付いてくる少年。
「なに?手伝ってくれるの?」
そう声を掛けても無言のまま私の後ろに立っているので、ああ監視の意味かなと勝手に解釈をし料理の作業に取り掛かる。
ずっと立ちっぱなしでこっち見てるけど、疲れないのかな彼は。
そういえば昨日の夜もこうやってカップラーメン作ってる最中も私の事見てたっけ。
食事ってのは無防備になりやすいのだろう、毒を入れられて里の脅威を排除しようなんて事が日常茶飯事だったのか、作り手を監視して下手な行動に出ないようにと、それが癖にでもなってしまっているんだろうか。
こちらとしては料理している姿を見つめられている事になんて慣れていないから恥ずかしいからやめてほしいけど。
結局、料理が出来上がるまで私の後ろにいた我愛羅君に、運ぶのを手伝ってくれと申し出るとサラサラと部屋にある瓢箪から出てきたであろう砂が近づいて来たのでやっぱりいいですと断った。
「さって、今日は疲れたでしょ」
「……」
テーブルに並べられた料理をジトリと見つめながら私の問いかけには相変わらず返事はしない。
今日はシチューだよ、季節外れだけどね。と続けた私と、私側にあるシチューを交互に見てから少しの間を置いて、お前が先に食べろと言う。
「?、言われなくても食べるけど」
突然何かな?と思いながら自分のシチューを一口食べると、まろやかさが口いっぱいに広がった。
上出来上出来、いつも適当に作るけどやっぱり料理はフィーリングだよね。今日のシチューは今まで以上に美味しくできたと自分の功績を噛みしめた。
「……交換だ」
「……は?」
もう一口、とスプーンをシチューに挿し入れようとしたら突然の謎発言。
そのまま我愛羅君の前にあるシチューと私のシチューが入れ替えられ呆気に取られる。
「……どうした、食べないのか」
「いやいや、交換する意味が分からないんですけども」
それ私が一口食べたんだよ、その分我愛羅君の分が減ってるんだよ、残念じゃないの?
なに、そういう趣味なの?私ならいっぱい食べたいからそんな事しないんだけど、なんなの?砂の里で流行ってるの?
意味が分からないと交換したシチューにさえ手を付けようとしない我愛羅君からまたもや謎に満ちたとんでも発言が飛び出す。
「やはりな、交換すると食べられないんだろう。俺の隙をついて毒でも混ぜたか」
いやいやいやいや!何言ってんのこの子ォオオ?!
毒ってなに?!青酸カリ?青酸カリとかの事?!
そんなもの手に入れられるはずないでしょ?!どこのサスペンス映画なの?!一般ピープルだよ?私!
さっきショッピングモールで見せたデレ状態はどこへやら。目の前にいるのは卑屈な笑みを浮かべたツンモードの我愛羅君。
定食屋の親子丼は普通に食べたくせに!
あのねえ、と言葉を発しようとした私に向かって、やはり信用できるのは自分だけだなと言い立ち上がろうとする。
「っだー!もう!分かった分かった!食べるよ!食べりゃいいんでしょ!じゃあスプーンも何もかも交換ね!私が使ったスプーン使えば!」
間接キスだけどね!それでいいんだよね?!
分かったから大人しく座って食べなさい!
と大きく叫び出した私に驚き、立ち上がるのをやめ我愛羅君の前に置かれたスプーンを奪い取りシチューを食べ始めた私を見た。
「ツンデレ少年!早く食べないとそれも私が食べるよ!この世界はね、毒を盛ろうなんて考えるヤツは殆どいないんだよ!平和なの!君のいた世界がどんなところか知らないけど、今は私の世界にいるんだから、ちょっとは信用、てか、甘えればいいんだよ!」
大人しく甘えとけ!そして食え!と言う私に呆気に取られた様子の我愛羅君は無言のまま私が使ったスプーンを取り食事を始めた。
「……っ」
え、ほんとに使った。死にそう。
我愛羅君と間接キスなんて、死にそう。
できればその使ったスプーンをもう一度私に回してくれと思ったのは内緒だけど、これで私が何もしない、何もできない非力な、ただただ世話をしてくれる人間だと思ってくれたらいいのにと自分もシチューへと手を付けた。
何を喋ったらいいのか分からなくて、お互い無言のまま、時折食器同士がぶつかる音だけが室内に響いた。