05

不安だ、とっても。

今日から仕事なんです。新入社員の不安なんて比じゃないくらい今私にのしかかってくる不安の原因。
そう、それは三日前。
金曜の晩に突然現れた、私が読んでいる漫画に出てくるキャラクター我愛羅君。しかも一番厄介な年頃の。

一人家に置いて仕事に行くのが不安すぎる。
寂しいかな?とかではく、何かやらかさないかな?の不安である。


「我愛羅君、私はこれから仕事へ行くんだ」
「出かけるのか」
「ま、まあそんな感じ」

スーツへと着替えながらあまり寝ていないんであろう我愛羅君に言うと、何日程かかるんだと聞いてくる。

「え?」

いやいや、え?何日?何言ってんの?
もしかして仕事とは忍者の任務みたいなものだと思ってる?
違うよ?違うからね?


「あの、今日の夜には帰ってくるよ?」
「……そうか」

家の物はなんでも好きに使ってくれていい、ただ今日は家でおとなしくしといて欲しいと願い出るとそこは快諾してくれた。
鍵も一つしかないし、オートロックの説明とかも全くしていない。
ドアが開かない!って壊されても困る。
我愛羅君が持ち歩く用にお金も用意してないし。

ただ何時間も一人にするのは初めてで不安なので、私はサブとして使っている携帯を渡し、電話の使い方のみだが軽く教え、困った事があったら電話するように!私からも電話するから出るように!と叩き込んでおく。


「じゃあ行ってくるからね」

スーツに身を包み、玄関で我愛羅君を振り返るが特に返事は無く、一人「行ってきます」と口にしてからヒールを鳴らし私は仕事へ向かった。

まじで大丈夫かな。
多分、言うことは聞いてくれるし、一応この世界にとって異分子であるということは分かっているみたいだから、無闇に外へ出てなにかしでかすなんてことは無いだろうけど。

私が不安なのはそんな事よりもアレの事だ。

部屋の中を弄りまくって、ナルトの漫画が見つかったりしないかと言うこと。
我愛羅君が来たのも突然だし、彼が寝ている隙に取り出して、袋に入れて出掛けた際にでも友人の家に置かせてもらったりするかとも考えたが、思えば彼はなかなか眠れない子だった。
本を取り出し持ち出すタイミングが全くない。

最初出会った時に言いづらいと思いナルトの事は伏せてたけど、これが今になって、って言ってもまだ三日程しか経ってないけど、足枷になっている。

裏切られるのが非常に嫌なのであろう我愛羅君にどんな理由があろうと嘘付いてたってバレてしまったら……。
信用してくれてるのかはまだ分からないけど、でも……。

考えただけでも人生に幕を閉じそうだ。

「それだけは絶対嫌なんですけど」

ま、まあナルトの漫画は扉付きの本棚の中だし。
よっぽどの事がない限り、人の部屋に興味も無さそうな我愛羅君が開ける事は無いだろう。


「お昼休みにでも一回電話してみるか」


◇◇

「おい名字、お前は何ボーッとしてんの」
「は、え!?」

自分のデスク、パソコンを開いたまま心ここにあらずでエンターキーをひたすらパチパチと押していると部長から注意を受ける。

「お前ねえ、ダメでしょ仕事中なんだからボーっとしてちゃ。頼んでた仕事終わったの?」
「は、い。すみません部長。すぐやります」

だめだ、我愛羅君の事が気になりすぎてボーっとしちゃった。
それにしてもこの部長は喋り方があのはたけカカシに似ていて怒られても密かにニヤニヤしてしまう。顔は似てないけど。
って、今は目の前で呆れた顔をしている部長の喋り方云々を言っている場合じゃない。
我愛羅君の事も一旦忘れなきゃと目の前のパソコンに集中し物凄い速さで頼まれた仕事を片付けていった。


暫く、時計を見るのも忘れて集中していればあっという間に正午。
我ながら素早く終わらせる事ができたと感心したところで、お昼ついでに我愛羅君に電話を入れようと部長にお昼へ行くことを伝える。

「部長、終わりました。私お昼行きます」
「ん。ボーっとしてた割に早く終わらせたな。じゃ、行こうか」
「はい。て、え?行く?何処へ?」
「飯。俺もまだなんだよね、奢ってやるから付き合ってよ」


いや、奢ってくれるのはマジで嬉しい助かる。けど我愛羅君に電話……したいんだけど。
でも部長の誘いを断るのは気が引ける。

部長は私の返事を待つ気は無いようで、いそいそとお昼へ行く準備をし行くぞーっと間延びした声で私に言う。
ああもう、部下に有無を言わさずついて来させようとする感じもはたけカカシに似てる。いい意味でも。悪い意味でも。


「もう、ちょっと待ってくださいよ部長」

もうトイレに行った一瞬にでも電話してみるしかなさそうだ。
ああ、普段なら部長と二人でお昼なんて、しかも奢って貰えるなんて凄い嬉しい事なのに。

部長とお昼ご飯を食べに会社の外にあるカフェに来て、テラスでの昼食。
部長は食事をしながら仕事の話だったり他愛もない話をしているが、私は今か今かと席を立つタイミングを見計らっているんだけどなかなか話が止まる気配がなく、右から左の状態で話を流してしまっている。ごめん部長。


「おーい、名字、聞いてる?」
「あ、はい、えと、何でした?」

もう一回言う。ごめん部長。
全然聞いてなかった。
もうだめだ。もー、と年甲斐も無く項垂れるというか呆れている部長を流し見したところで一度席を立つ。
我愛羅君に電話して、家で大人しくしてくれている事さえ分かればこの後の仕事も頑張れる。

「ごめんなさい、ちょっとお手洗い行ってきます」
「ん?うん、行ってらっしゃい」


ほんとに、優しい部長で良かった。
話もろくに聞いてないし突然席を立つなんて、頑固オヤジなら怒ってただろう。

お手洗いで電話しようと、テラス席から店内に入り少し店の奥にあるお手洗いへ直行し、ポケットに潜ませていた携帯で我愛羅君に持たせたサブ携帯に電話を掛ける。
頼む大人しくしておいてくれ。


「あ、我愛羅君?」
(……)


呼び出し音が途切れ電話に出てくれたと思ったが呼びかけても返事が無い。
あれ、教えたよね?返事して?
おーい、おーいと何回も呼びかけるが返事が無い。只の屍のようだ。
……とか言ってる場合じゃない。
なんで返事してくれないのよー!

こっちの声聞こえてないのかな?とかなんとか思いながらフと目の前の鏡を見ると、私の上斜め後ろにとんでもない物が浮いている事に気付いた。


「げ!!第三の……!」


第三の目じゃん!と思わず言いそうになってしまったが電話は切っていない為、すんでのところで留まるも、私の視線は完全に、鏡越しにフワフワしている砂で出来た目ん玉に注がれる。

なんでだああああああ!!
近くに居る?!そんなのあり?!
てかずっと見てたの?!!


「我愛羅君!なんか砂で出来た目が私を見てるんだけど絶対我愛羅君の仕業だよね?!」
(……気づいたのか)
「鏡みたらビックリしたよ!!てか今ちゃんと家に居るよね?!」


第三の目がどのくらいの距離まで飛ばせるのかは分からないが家から会社までは電車で三駅程。そんなに遠くまで飛ばせ……ないよね?
漫画ではいつも近くで出してた。
という事はやっぱり外に出てきてるってこと?

家だよね?!の問いに返事をしてくれないし、そして何より電話に耳を澄ませてみるとガヤガヤと明らかに家では無い雑音が聞こえて、私はとてつもない焦りと動揺に、一気に眩暈に襲われた。

電話を勢いよく切り、とにかく落ち着けと自分へ言い聞かしてからお手洗いを出れば、部長の顔のドアップとご対面して隠してた動揺が一気に漏れ出しそうになった。

「!、大丈夫か?お前顔色悪いけど、どうかした?」
「え、あ、部長こそどうしたんですか」
「いや遅いなと思って、お前今日ちょっと様子おかしいと思ったし」

咄嗟に俯いて、動揺に染まり切った顔をなるべく見られない様にするものの、なんかあった?と心配そうな顔をして覗き込んで来る部長に視線を逸らす。
そして一呼吸置いてから顔を上げた瞬間、チラリと自分達が座っていたテラス席の方をなんとなく見た。時だった。


「!!!」

あんのやろう!!なんでこんなとこに!!ああもう額の愛が丸見えじゃんか!帽子かぶってよおおおおお!!

「名字、名字?」
「す、すみませんちょっと、」


体調悪くなりました。たった今。
……とは言えないから、体調が少し朝から悪くてと部長に伝えるとやっぱりそうかと思いもよらない返事が返ってきて、そのまま「今日はもう帰れ」と言われた。


「あ、でも」
「いいからいいから。俺が許可するから」

ほら早く、会社戻って荷物持って帰れ。
言いながら私の背中を押す部長に礼を言い今回は甘える事にした。

会計してくるからと言う部長にもう一度礼を言うとそこで別れそそくさと会社に戻り、帰り支度をする。
お大事に〜と言ってくれる同僚達にごめんと言いながら、先程テラス席の近くで見た赤髪の元へ早く早くと急ぐ。
あんまり走ると元気なのがばれてしまうので、早歩き程度のスピードしか出せないのが悔しいが。

まだ居るのかな、第三の目はもう近くに無いみたいだけど、ていうか鍵も無いのに玄関開けっぱなしで出てきたとかほんとにもう……!


「いた……!」

走り寄りたい気持ちを抑えて、如何にも私冷静ですよ?感を漂わせ赤髪に近づく。
何をしてるのかな?こんなとこで?と小さい声で問いながら少年の手を引き人目の付かないビル同士の間まで連れていく。

「我愛羅君、今日の朝私が言った事覚えてるかな?君は今、ここで何をしているのかな?」
「なんだ、」
「なんだ、じゃない!覚えてるか!って!聞いてる!の!」
「お前がなにか妙な動きをしないか見張っていただけだ」

私より少し背の低い少年を詰めるように壁際へ追い込み大きな声をぶつけるが、やっぱり我愛羅君は流石忍というか。
私が怒号に似た声をぶつけてもビクともしなくて、その無表情と妙に落ち着いた声に、怒っていた感情が徐々に萎れていく。


もういいから、とにかく今日は帰ろうと我愛羅君の手を引き帰路を辿る。
じっと黙って手を引かれついてくる我愛羅君はまだ異世界にいるという事を分かっていないんだろうか、まあ私がもしあちらの世界に行ったとしたら理解するのに時間はかかるだろうけど、自分がその世界でどうあるべきかというのは直ぐに理解できる、でもそれは私がナルトの世界の事を知っているから。

言った方がいいのかな、貴方は漫画の中の人なんだよって。
いやいや、未来の事を教えていいものなんだろうか。
ああもう、分かんないよ。


結局家に着くまでの間一言も交わさなかった。
ここへ来たのがナルト君だったら、カカシ先生だったら、もっと私の生活は楽だったかもしれない。
サスケは……、一番遠慮したい。


そんな事、今となっては考えても無駄なんだ。来たのは我愛羅君。
我愛羅君が帰るまで世話をするって決めたのは私なんだから。
とはいっても、私の世界だと我愛羅君は一部の人にとっちゃアイドルみたいなもんだから。
そんな人たちに見つかったりでもしたら
上出来なコスプレと勘違いされてもてはやされるか、逆トリだーー!!と騒がれるかのどちらかであって、やっぱりもう少し自分の状況を理解していただいて大人しく粛々と生きてもらうしかない。

それをどうやって理解してもらうか。
そんな手段、思いつかない。
もう強制に強制を重ねるしか……。


「我愛羅君。私の世界は金がモノを言うんだ。生きていくにはお金が必要。お金を稼ぐには仕事しないといけない。仕事とは様々なものがあって、でもどれも我愛羅君にとって脅威になるようなものなんて無いの。今日みたいに見張らなくても大丈夫。何もしないから」
「……」
「我愛羅君はこの世界の人間じゃないって言ったよね?それは多分私じゃなくても分かると思うんだ。だから無闇に外に出ないで欲しい。」
「それは、皆俺の事を知っているという風に聞こえるが?」

う、うん知ってるけどね、知ってるからそんなキュートな顔を外に晒さないで欲しいんだけどね?


「そんな赤ーい髪しておデコに愛って書いた奴この世には居ないんだよ!異世界から来たとは分からなくてもアイツ様子おかしくね?!てなるからね?!しかも砂操ったりピョンピョン屋根伝いに飛ばれたりしたらもうお伽話の世界だと誰でも思うからね?!それを言ってんの!私は!」


だから外では普通にして、なるべく人目につかないようにして欲しい、外へ出るにしても帽子は必ずかぶって。


「お願いだから!」


パン!と両手を顔の前に合わせ頭をさげながら懇願の態度を取る。
なんでここまでするのかと問われればそれは分からないけど、我愛羅君が可愛いからということにしておこう。
独り占めしたい訳では決してない。いや、したいけど。


「……お前の言う事はよく分かった。俺もただお前を見張りに行った訳じゃない、俺を見る周りの好奇の目、元いた里から受ける目とはまた違った雰囲気だった。町の様子もやはり違う。再確認した」

「お、おお」


分かってもらえ、た?